第50話 変化したこと
気づくと、王家の庭に居たはずのわたしは、父を待っていた待合室に戻っていて、ソファに寝かされていた。
どうやら、王家の中庭でうたた寝していたところを見つかって、ここに連れてこられたそうだ。
「衛兵が見つけてくれたから良かったものの……」
お父さまは怒るよりもわたしの体を心配していた。
「もし冷えこむ夜になっても見つけられなかったら、どれほど酷い熱を出していたか分からない」
少しだけ過保護すぎるお父さまに感謝もし、申し訳なくもなった。
このときにいかに父が焦ったかは、後になって何度か聞かされることになるのだけれど、
「お前にも子どもらしい、無謀なやんちゃさがあったのだとあの時知った」
としみじみ言われて、そのたび赤面することにもなる。
しかし実は、この小さな冒険はそれだけで終わらずに、不思議な余韻を残すことになる。
次にエドワードと会った時に、この中庭でのダンスの話を持ち出したら、きょとんとされてしまった。
「アイリーン、本当にあの日は王宮にはいなかったよ。君とダンスなんて光栄だけど、まだ二人で踊ったことはなかったんじゃないかな?」
しまいに彼はくすくす笑って、
「うたた寝でこのエドワードを想ってくださるなんて、そんなに逢いたいと思っていただけたのでしょうか?」
なんてからかってきたので、またわたしは少しだけ膨れてみせた。
ある意味、この思い出も二度目では変わってしまったことの一つ。
わたしは今回の人生でも同じ日に中庭を訪れたけれど、残念ながらやはりエドワードと会うことはできなかった。
……やっぱり、彼の言うとおり、あの中庭でのダンスは夢が幻だったのかもしれない。
⌘ ⌘ ⌘
そういえば、一度目と二度目の人生を比べたときの些細な変化があった。
王が夏を過ごすためにこの避暑地に滞在するようになったのだ。
一度目の人生の時は、ウィリアムが亡くなってから人前に姿を見せなかったし、体を壊していたというから、避暑にこれなかったのも当然だった。
一度、命を失いかけたウィリアムを心配してのことなのかしらーー?
当初はそう思ったものの、王がわざわざ避暑地でエドワードやウィリアムと戯れるかというと、そういった機会はほとんどなく、屋敷の政務室で王都にいたときと同じように政務をこなしているという話だった。
正直なところ、王が現れないでいてくれるほうが心安らかだった。
わたしは二度の人生を通じても、あまり多くの人と直接関わることなく生きてきてしまった。
にもかかわらず、王は、その少ない中でも苦手だとはっきり自覚している相手だから。
案外わたしは好き嫌いがはっきりしているらしい。
昨年の夏、ウィリアムが溺れかけたあとにやってきた王の印象は強烈だった。
あれほどまで苛烈でなければ務まらないとしたら、王という立場は只人に務まるものとは思えなかった。
そんな立場になって、この国にまつわる多くの命を背負っていくエドワードは、どれほど肩に重さを感じていることだろう。
できるなら、わたしは彼を支えたい。
この命に意味をもたらしてくれた彼のために、わたしの命を燃やすなら本望なのだから。
⌘ ⌘ ⌘
心地よい季節ほどあっという間に過ぎていく。
気づくと、もう目の前に秋が迫っていた。
それは同時に、わたしの社交界デビューが近づいていることも意味している。
「アイリーン、本当にエドワード殿下でなくていいのか?」
「ふふっ。お父さま、言ったではありませんか。お父さまがエスコートしてくださるって」
「……そうか」
心なしかお父さまがうきうきしているように感じられる。
「衣装はお前が用意してくれると言っていたな」
「はい。お任せください」
「こんなときが来るとはな」
「え?」
「いや……」
お父さまは優しい目をした。
「言うのもなんだが、お前がドレスを着て、舞踏会に参加できるようになるとは、夢にも思っていなかったのだ。それ以前に、成人まで生きてくれるのか、明日は熱を出さずいられるかという心配ばかりしていた」
「お父さま……」
「そんな娘が、これほど立派に成長して。父の世話までーー」
「…………」
わたしは無言で父の胸に飛び込んだ。
「心配しないで、お父さま。これからもっと元気に生きていくし、何度だってお父さまと舞踏会に参加するわーーダンスは踊らないかもしれないけれど」
くくっという笑い声が、耳をつけたお父さまの胸から聞こえた。
「ダンスはエドワード殿下に踊っていただきなさい。父はもうだいぶ足を踏まれたから、充分だよ」
「あら、ひどいわ!……でも、殿方の足のためにもあまり踊らないつもり」
苦労した甲斐もあって、だいぶわたしのダンスは向上していた。
ーー足を踏まないで一曲踊れることもあるくらいには。
「そういえば、お父さまにお願いごとがあったのです」
「なんだね」
「少々お待ちを」
わたしはジェーンに例のものを持ってきてくれるよう頼んだ。
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