第47話 図書室で



 その後の夏の間、わたしたちは当然のように3人での時間を過ごした。


 今日は図書室でお互いに好きな本を勧め合うことにした。けれど、途中からただのおしゃべりになっていたかもしれない。


「この本に登場する、剣術を全部習得したいんだ!」


「ウィリアム様は剣術が好きなのかしら?」


「うん! 体を動かすのは好き。いつか兄上の右腕、戦将軍になるだ!」


 ウィリアムは語る。


「それから失われた古代魔法だって身につけて、領地をどんどん広げる!」


 彼が兄を慕う純粋さを微笑ましく感じる。


 と同時に、エドワードがこのくらいの年の頃のときは、こんな子だったのかしらと想像してしまう。きっと可愛らしいだろう。彼らは髪の色こそ銀と金で違うけれど、鼻筋や意思の強そうな眉など、兄弟としてよく似ていた。


 けれど内面は少々ちがうようだ。


「頼もしいな」


 それを嬉しそうに見守るエドワードは、すでに立派な為政者の卵。


「僕も剣術は好きだが、今は国のあり方を話したり、視察で知るほうがより面白いんだ。現地を見ていると、学ぶことは多いよ。たとえば、いまは武力だけでなく、増えた領地の統治に力を入れるべきということがわかる」


「ええ~! そういうの、僕は難しくてすきじゃない……」


 対して、ウィリアムは王族とは言え、まだ子どもらしい勉強嫌いを発揮している。それもまた可愛らしいけれど。わたしは思わずくすくす笑った。


「ウィルには武術の本よりこっちの方が必要じゃないか?」


 エドワードによって、手元に小難しい本を差し込まれて、ウィリアムは舌を出して見せた。妙味のない本を読まされるよりはと、もともと手にしていた本を読むことで会話からは離脱するようだ。


 かわりに私が話をひきとった。


「さっきの話、わたしは興味深かったわ」


「ふふっ、君は探究心が豊富だから」


「もう少し詳しく聞かせてくれる?」


「もちろん! 最近考えているのは、栄えた国家や都市の共通点ーー交易について。このまえ、君が話してくれただろう?」


「絹の道のこと? 大陸を横断する絹の道と、その中継地点としてさかえた年の変遷という…」


「そう。あのとき言っていたよね。ときには戦争で交易路がかわって、それによって栄える都市国家の命運が決まった。……それから、いくつかの都市を見て回って考えていたんだ。いまは水の道による貿易が活発になりつつある。どの国の港も競って商品を扱いたがっている。そのなかで優位に立つために、安全な航海の保証と、港の整備、それから商いを後押しするために税を下げたらどうだろう?」


「素晴らしい考えね!」


 わたしたちは、近年の貿易についての考察を話し合った。


 いつの間にかウィリアムはうたた寝をしていたけれど、そんなことにも気づかないほど熱中していた。


 一度目の人生でも、わたしはこうしてエドワードと話し合うのが大好きだった。


 彼はわたしの話にきちんと耳を傾けてくれて、適切な意見を歓迎してくれた。一方で、生々しい時代の流れに触れている彼の考えにおいて行かれないよう、様々な文献に目を通したり、自分なりに考えるのにも熱が入った。


「ほかにも、例えば農作物や羊毛の生産量についてーー」


 ひとしきり意見を交わしおえると、わたしたちの話は少し枝道にそれていった。


「ーーそういえば、君が進めてくれたこの本の記述は興味深かった。半分は伝説のような、半信半疑の内容だけど」


「伝説といえば、王国の秘宝を思い出すわ。王家の成人の儀に使われる、あの……」


「星座を見上げながら話した、あの秘宝か」


 エドワードとうなずき合って、あの夜を思い出す。


 なんだかこそばゆい気持ちだった。


「えぇ、不思議よね。儀式の時だけあの虹色に光り輝く美しさ。他にもいろんな世界を知りたいわ。あなたの知識はきっと国のためになると思う」


 うっとりした気持ちで言うと、なぜかエドワードはまじまじとこちらを見つめた。そして、何かを言いかけたけれどーー。


「うーん……」


 ウィリアムが寝ぼけ眼にぎゅっとわたしに抱きついてきたので、聞き逃してしまった。


「お目覚めですか?」


「うん……」


 ウィリアムは可愛らしい丸い瞳をこすって、ハッとしたように言った。


「僕が寝ている間に、仲間はずれでふたりでおしゃべりしてたの?」


 そうです、とも言えずに苦笑していると、「ずるいや」とむくれたウィリアムが良いことを思いついた!という顔で笑った。


「……ねえ、アイリーン!」


「なんですか? ウィリアムさま?」


「ぼくのこと、ウィルって呼んで! 兄様をエドワードって呼んで仲良しのしゃべり方をするんだから、ぼくにもかしこまった話し方をしないでよ!」


 思わずわたしは固まった。


 ぎこちなくエドワードを仰ぎ見る。


「…………」


 これも、二度の人生を通じて初めてウィリアムからねだられたことで、わたしはとっさにどうすればいいか判断できなくなってしまった。


 エドワード以外の貴族の子どもと関わった経験が少なすぎて。


 どうしたらいいのかしら?


 この国の貴族どうしは、ごく親しい間柄でだけ愛称で呼び合う。家族とか、恋人とか。


 ウィリアムはいずれ義弟になる。


 けれど、今のわたしにとって仕えるべき王家の血筋でもある。


 親しみを込めて呼び合うのは構わない?


 子ども同士だから許される?


「ウィル、わがままを言ってアイリーンを困らせてはいけないよ」


「わがままじゃないよ!」



「……わかりました。殿下ーーウィル。ただ、この三人でいるときだけにさせてね。でなければわたしが叱られるかもしれないもの」


 少し涙目になったウィリアムがかわいそうで、エドワードをこれ以上困らせたくもなくて、わたしはそんな提案をした。


「お許し頂けるかしら、わたしの名無しの見習いさま?」


「仕方がないな。我が愛しの窓辺の君に言われたら」


 エドワードは眉を下げて、小さなわがままを許してくれた。


 実際、大人のいる場で気をつけていれば、問題ないだろう。


「ただ、ひとつ条件がある」


「え?」


 まさかエドワードがそんなことを言い出すなんて思いもしなかったから、わたしはパチパチと目を瞬いた。


「何かしら……」


 彼の望むことなら、なるべく叶えたい。でも、わたしにできることかしら?


「わたしのことも愛称で呼んでくれないか? ウィルだけなんてずるいだろう」


 コテンと首を傾げて、甘えるように言う彼に、誰が否と言えるだろう。


 わたしはもちろん了承した。


「では、あなたのことをエドと呼ばせて」


 この胸がたまらなく懐かしい気持ちになったことを、もちろんわたし以外の誰も気づいていないだろう。こうして彼のことをエドと呼ぶのは、この二度目の11歳が始まってから初めてだった。時が巻き戻る前、一度目の人生では、もう何年かしてから呼び合うようになったのだった。きっかけは些細なことだったようで、どちらが言い出したのか思い出せないけれど。


「光栄です、姫君」


 彼はふざけてわたしの手にキスまでしたので、恥ずかしさを飛び越えて思わず笑ってしまった。


 その日はそのままゆっくりした時間を過ごして終わっていった。


 だから、わたしは気づかなかった。


 図書室で本のページを捲る間、ふと彼がわたしを見つめて何かを考え込んでいたことに……。




   ⌘ ⌘ ⌘




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