第43話 別大陸の花
春になって、わたしは意外な知らせを受け取ることになった。
あの紫の花を見つけてくれたディランからだ。
「港で不思議な人物と出逢ったので、ぜひ紹介したい」という知らせだった。
彼とはあれ以来会ってはいないけれど、植物にまつわる考察について文を交わす仲になっていた。
ディランはこれまで入手してきた植物の観察記録をまとめ、いつか出版したいと考えているそうだった。
わたしはそれをとても楽しみにしていて、1冊を購入させてほしいとお願いするとともに、公爵家が関わる商会に仲介した。
その商会は活版印刷の施設をもっていて、彼に紹介してもいた。
もし金銭的な支援が必要なら、わたしに与えられている予算を使って、年単位で支えるつもりもあったのだけれど。恐らく彼は喜ばないだろうと察して控えていた。
ディランは自由を好む人だ。対価は受け取るけれど、縛られるようなことは嫌うから。
でも、それでも支援したいと考えてしまうほど、彼の知見が世に広がるのは意味あることだった。
彼が著すのは、植物の見た目だけの情報ではない。
育ちやすい土壌と気温、産地の原住民文化における立ち位置、植えた場所による変化、毒性と治療法、活用法の提案……。
たとえば触れるとかぶれてしまう植物を見つけた初めての渡航では、当初は「呪いだ」とすら言われたそうだ。だから、呪われてしまった船員に適切な治療もなく、放置されてしまったと……。
けれど、ディランの書籍を読んでいたとしたら、対応はまったく違ったものになっただろう。
適切に洗い流し、苦しみを取り除けていた。
それだけではなく、危険な植物には近寄らずに済む。
彼の手紙でとても興味深く感じたのは、毒でしかないと思われていた花の薬効を、彼が船乗りたちに知らしめたことだった。
その花も別大陸を原産とするもの。東洋のアサガオによく似た、ラッパ型の優美な花だ。
ただ、その毒性は恐ろしい。口に入れると嘔吐やけいれんの症状を引き起こすという。ときにはそのまま呼吸すら難しくなり……。
かつて、その花を試しにかじってみた船の料理人がいて、その激しい症状を見て、彼はもう死んでしまうとばかり思ったそうだ。
なのき数日後、ディランは同じ花を原産地の住民が少量だけ口に含ませているのを見た。大けがをした男に与えていたという。
ディランは慌てた。
身振り手振りとつたない現地の言葉で、
「彼を殺すつもりか?」
と訊ねた。そして、
「安楽死させる必要など無い。彼の命はまだ助かる程度のケガだ。今、停泊している船の医療施設に運んで、せめて包帯だけでも巻こう」
と提案したという。
けれど住民達は「心配要らない」と答えた。
男をそのまま寝かせると、そのまま傷口をざっくりと縫い始めてしまった。
そのときディランは男が痛みで暴れ出すと思って慌てたそうだ。
けが人を押さえつけながらでなければ、治療する側がけがをする可能性もある。
けが人に殴られるだけならまだしも、治療のためにもっていた針が衝撃で目にはいってしまったりしたら……。
けれど、そうならなかった。
男はぼんやりした様子で大人しく治療をうけて、翌朝になると、寝床から体を起こして食事を取っていたという。
「痛み、なくなる」
興味を隠そうとしないディランに、現地の民はそう教えてくれたのだそうだ。
そのとき彼らと親しくなったディランは、花を何株かわけてもらったのだという。
好事家には「猛毒なので取り扱いに気をつけるように」と注意した上で、高額で売りつけたという。
一方で、残りは彼自身が栽培し、ときには船員に手頃な価格で譲っているという。
船旅ではいつどんなケガをするか分からない。
けれど、医療用の麻酔を船に常備することも難しい。
そんななかで、命のためには何針も縫ったり、時にはケガが原因で四肢が腐って体に毒が回る前に切り落としたりするのだ。痛みで亡くなるものもいたという。
だから、船員たちがその苦痛に耐えられないときにと……。
わたしはディランを尊敬した。
そして、そんな彼がこれまで観察し、試行錯誤してきた知見を、ついに1冊にまとめるというのなら、どれだけ面白くて貴重な内容だろうとワクワクしてしまうのだ。
――ぜひその書籍には、例の紫の花についての研究も載せてね。きっとあなたの実績のなかでも、意義深い植物だと思うから。
――もちろんだ。お嬢さまの予想なら、本当にあの花は後世に名を残すものかもしれないな。そのためにも、アイリーンお嬢様によるこの春からの栽培観察報告を楽しみにしているぜ。
そんなやりとりも手紙で交わしていた。
こうやってディランとやりとり出来るのも、実は幸運が重なった結果だ。
ディランはこの春、すぐに次の旅へと出航しようか迷っていたらしい。
けれど、公爵家から例の植物で充分な謝礼が入ったこともあり、長めに一箇所に滞在すると決めた。
それに加えて、わたしが紹介した商会の重鎮と意気投合して、これまでの記録を一冊にまとめる目処がたった。
このことから、あと1~2年は公爵家の領地に住まいを固定すると連絡が来たのだ。
気ままな彼は、ときどき国内各地に脚を伸ばしているようだけれど。
そんなディランから、
――もしかすると、お嬢さまがずっと求めたいたものかもしれない。
とまで書かれていたから、嫌が応にも興味をそそられた。
――ありがとう、ぜひお会いしてみたいわ。
実はわたしは、ディランとの手紙の中で、もう一つの捜しものを明かしていた。
それは、別大陸の希少な植物よりも、さらに出会うのが難しいかもしれない相手。
わたしの一度目の人生では、ひとりしか知る者がいない……限りなく希少なものだった。
あの人が見つかったとしたら……!
もしかして……という予感が膨らむ。
それは、11歳の体に戻ってから、わたしがずっと探していた人でもある。
また奇跡のように出会えるかは分からなかった。
でも、希望があった。
一度目の人生で、あの人が話してくれたことが事実なら、もうこの春には我が国を訪れているはずなのだから。
⌘ ⌘ ⌘
そして、いよいよディランが紹介してくれた相手との約束の日。
わたしは港町にやってきていた。
最初、父やジェーンは難色を示していたけれど、なんのために行くかを熱心に説明したら後押しをしてくれた。
本来なら2〜3日程度の旅程を、倍以上の時間をかけてゆっくり馬車でやってきたおかげで、わたしはそこそこの体調を保っていた。
とはいえ、実は体の節々がだるくて、微熱がある。
この街に着いたばかりの日には、食事もとれずに眠ってしまった。
当然のようについてきてくれたジェーンにはひどく心配をかけたけれど、それでも来るだけの意味があるはず。
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