第40話 彼の秘密


「とはいえ、夢で見ただけといわれても、ご納得いただけないほど詳細な描写になっていたのは事実ですね」




 わたしは邪気のない顔で首をかしげてみせる。




「わたし自身、ここまで夢と細部まで合致する植物が実在しているとは、驚きを感じています」





 ある意味、一度目の人生が『ただの夢』という可能性だって残っているのだから、嘘ではない。……ということにして、わたし自身を納得させておく。





「これは想像ですが、……もしわたしがあらかじめ価値ある未知の植物を知っていたなら、プラント・ハンティングを生業となさっている方々にとっては、金脈に等しい知識かもしれませんわね。まっさきに手に入れて、好事家に売りつけられるーー」




 ディランはにやりと口元だけで笑った。




「たしかに、普通に考えれば(・・・・・・・)そうだろうな」





 けれど、その言葉と目を見て逆に確信をもった。

 彼はわたしの言葉に同意していない。



 ディランは、やはり……。




「けれどーー、ディラン様は、たとえわたしがまた『予知夢』のように見知らぬ植物の知識を得たとしても、その内容を聞くだけでは満足されないのでは? 普通の(・・・)プラント・ハンターなら利益を最優先に考える方もいるでしょう」




 わたしは確信をもって話を進める。




「わざわざ出自のお立場を隠してまで、プラント・ハンターをなさっているのですから」


「……!」




 ディランが目を見開いた。




「なぜ……おれが子爵家の出だと?」


「許可をとってからわたしの手にキスをなさったでしょう?」




 実は貴族階級かどうかまでは判断がつかなかったが、少なくとも一定以上の家柄の方というのは分かった。


 彼が我が家を訪れてから『荒れ狂う海を棲家とする船乗り』以外の面をもった人だと感じていた。

 ディランのおこなった礼儀作法も、手の甲のキスも、この国において上流階級の紳士がレディーに対して行う仕草だ。


 一般階級でも行われないことはないだろうが、あれほど自然に、公爵家を訪れていきなりできるものではないだろう。

 体に染み付いた習慣が自然と出てしまった、という雰囲気だった。




「それに、いただいたこちらのスケッチ……。素晴らしい精緻な内容と拝見しています。一般階級のなかにも素晴らしい知性を兼ね備えた方がいるのは存じております。ただ、このように植物の見た目だけでなく、植生まで書いてあるなんて……! どのような環境を好み、育ちやすいかまで考察してまとめられるほどの方は、そう多くはないかと」




 それに文字が読みやすかった。

 文字というのは癖と知性が出る。


 貴族階級のわたしたちにとって読みやすい文章や文字ということは、もしかしたら……と思ったのだ。

 さすがに子どもの頃に突発的に身分を隠してみただけのエドワードよりも、巧妙に(・・・)気をつけているようだったし、実際に彼は海を巡る人生を送っている。





 ただ出身を言わなかっただけ。




 だから、最後は確信をもちきれず、「出自に立場がある人」とだけ鎌をかけて、彼から明かしてもらう形になったのだ。

 ずるかったかも知れないけれど……。





「これは……驚いたな」





 そういいながら、ディランは満面の笑みを浮かべた。

 わたしはそっと言い添えた。




「ですので、ディラン様が求めていらっしゃるのは金銭的な価値だけではなく、『なぜなのか知りたい』という知的好奇心だとお見受けいたしました」




 ディランは頭を掻いた。





「たしかに俺は金以上に『知りたい』と思ってこの仕事を好んでいる。けれど、それは俺の心のなかだけの話だ。口にした覚えはないんですよ」


「ふふっ。そうかもしれませんが、お仕事の端々から感じられたのです」





 わたしは何枚にもわたるスケッチを指先でなでる。

 好きでなければ、たったひとつの植物をこんなに様々な角度から描くなんて、手間がかかるだけ。


 それよりも、何種類もの植物を手当たり次第入手した方が効率はいいはず。

 生えている状態のスケッチや、切り取った葉、花のつきかた、植生まで考察していることからは、手間を惜しまずこの植物そのものを知りたいという気持ちが溢れている。




 実際、素晴らしい考察だった。





「ですので、もしディラン様の『本当の追加報酬』として差し出せるものがあるとしたらーー。この植物を植えて数年にわたって観察し、考察と合致するのか、この国の気候で変化があるのか、ほかに知り得た情報をお伝えすることがふさわしいのではないかと思います」




 彼が自分で観察した情報より価値があるかわからないが、この国からまた旅立つ彼にとっては、自分ができない長期にわたる記録は興味深いだろうと思ったのだ。





「……いかが、でしょうか?」





 すこしだけ不安になって、わたしは自分の手元に目線を落とした。声が小さくなってしまった。




「ふっ、ははははは!」





 と、そのときディランが大声で笑い出したので、驚いて目線をあげる。





「これ以上ない報酬ですよ! お嬢さま」





 パチン、と片方の目を閉じて見せた。

 今度は顔全体に親しみと、ころからの笑顔をのせて。





「そう言っていただけてほっとしました」




 本当に。

 わたしは胸をなで下ろした。

 しかし、ディランが今度はわざとらしく顎をなでてにやりと笑った。





「しかし、新たな疑問はわきました」


「なんでしょう?」


「一体どうすれば、これほど聡明で美しいお嬢さまができあがるのか?とね」




 わたしは一瞬あっけに取られた。

 そして、思い切り笑ってしまう。





「どうやら俺は、植物以外にも興味の範囲があったらしい。疑問を感じるものの全てを知りたい」





 そう言って、わたしの目をのぞき込んだ。

 そんな風に大人の男の人にじっとーー観察対象としてだけどーー見つめられたことはなかったので、わたしはどきまぎしてしまった。


 少しだけ意趣返しをしてみる。





「……女性(レディー)の全てを知りたいだなんて、意中のお相手一人だけにおっしゃるべきでは?」





 彼はまたしても面白がって笑った。

 そのあと、少し悪い顔をした。





「いまの俺の興味すべてをかっさらっているのは、アイリーンお嬢様ただひとりですよ」





 そこにお父様がお戻りになったが、あまりゆっくりしないままに、ディランは公爵家を去っていった。

 一箇所にじっとしていられないんだ、と言って。





「なにかあれば、こちらへご連絡を。お嬢様からの依頼なら、なにより優先してお引き受けしますよ。船旅に出ない間はここに逗留するので……またいずれ!」





 その言葉通り、わたしはどこかでまた彼と顔を合わせるのではないかという、不思議な予感がしていた。






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