第39話 ディラン
「もちろんです。これこそが我が望み」
こうして彼がわざわざ公爵家を訪れて植物を納品することこそ、彼の希望だった。
予定通りの謝礼を受け取った彼は、さらに成功報酬として他に欲しいものがないかと尋ねられて、「この依頼をしたご本人に直接会いたい」と申し出たのだという。
彼はさらに言った。
「貴女にお会いして、聞きたいことがあったのです。ーーとはいえ、まさか本当のご依頼主がこれほどキュートなお嬢様だったとは、思いもしませんでしたが」
「左様ですか」
わたしはにっこりと笑って見せた。
「いかがです? ご納得いただけたかしら?」
「そうですね……」
彼は日に焼けた手で顎を撫でた。
「ひとつだけご質問しても?」
「わたしに答えられることであれば」
わたしは慎重に返事をする。
ディランは紳士的ではあったけれど、その目は決して油断ならない光を湛えていた。
例えるなら、高額な商材を買い入れるかどうか品定めする商人……だろうか。
けれど気圧されてはいけない。
交渉事において、弱者と気取られてしまっては、実際の価値は違ったとしても買いたたかれてしまうのだから。
「お嬢様が求めていらっしゃった花について、お尋ねしたいのです。これは俺が初めてこの国に持ち込んだもの……少なくとも今日までこの公爵家の領地にはなかった花です」
予想していた質問が来る。わたしは腹に力を込めた。
「ーーなぜそれを『まるで事前に知っていたかのように詳細に特徴を記し』て、探すよう指示することができたのですか?」
わたしは余裕をもっているかのように微笑んだ。
真実は言えない。
言ってもごまかしているようにしか感じられないだろう。
なぜなら、本来ならまだこの時のわたしは知らないはずの植物なのだから。
「不躾なご質問を失礼いたしました。
なにせ、このように地味な植物。
何軒か売り込んでみたものの、なかなか買い手がつかなかったので。
そんななか、この植物の姿形そのままを言い当て、
探し求めていらしたのが公爵令嬢です。その女神がどのように天啓を得たのか気になった次第でした」
ディランが重ねて質問してくるけれど、この植物のことは、一度目の人生でわたしが16になったときーーつまり結婚の直前に、たまたま手に入れた書物と現物で知ったもの。
数年後に海を挟んだ帝国が植え始め、当初はあの可愛らしい薄紫の花を愛でるために栽培されていたと聞く。
とはいえ、決して華やかな見た目ではない。
大輪のバラや牡丹に比べてしまうと見劣りする。どちらかと言うと野に咲く花のような、素朴な可愛らしさを感じさせるのだ。
だから余計に彼が疑問に思うのも理解できた。
わざわざこの植物を、まるで見てきたかのように探し求めているなんて。
それほど価値があるのかーー?
普通に考えて、プラント・ハンターとして金銭的な利益を求めるなら、わたしがこの植物を知っていた理由や隠された価値がないか知りたいだろう。
理由次第では、価格をつり上げることだってできる。
もし何らかの手段で事前に有益な植物を知ることができたら、彼は次の渡航でより価値の高い植物を手に入れることだってできるかもしれない。
でも、ディランに本当のことは言えない。
それに、恐らく彼はーー。
かすかに嘘をつく葛藤を感じつつも、顔には出さずにディランに向かって微笑む。
「実は、わたしもただ夢で見ただけでしかないのです。
その夢に現れたような、こんな可憐な花があったらいいと思って、別大陸にならあるのではないかとお願いしましたの」
ディランには申し訳ないけれど、公爵令嬢という立場と無言の笑顔で、それ以上の追求を封じる。
これで納得してもらうしかない。
「ただ、わたしがそのような夢を見るのも、まったくの不思議ともいえないのです。
わたしは軟弱な体ゆえに、この家からほとんど出ないで過ごしています。
その代わりに、父はあらゆる書物や新聞を取り寄せてくれるのです。
もちろん、そのなかには別大陸の情報も多く記載されていました。
個人的にも興味深く、新たな動植物や、見知らぬ文化を拝見しています。
すると、面白いことに『今そのようにある』ものごとや傾向ーーものによっては、法則性が少しずつ想像がつくことがあるのです」
もっともらしい言い訳を添えてみる。
「といいますと?」
「たとえば、温暖な南国の鳥は、雪国の鳥とくらべて色彩豊かだそうですね。
現地をご覧になっているディランさまの前で述べるのもお恥ずかしいですが……。
それは寒冷な国では冬になると雪に覆われ、色彩が失われてしまうから。
鳥も天敵に見つからないよう、白と黒の世界に身を隠しやすい色彩を身にまとった種が生き残っていると考えられます。一方で、南国の鳥たちにはその必要はありません。
個々の種がどうしてあれほど華やかな羽をもつのかは分かりませんが、地域や条件によって、ある程度の『在り方』の傾向を想像することは出来ます」
ディランは片方の眉をあげて、無言で「その先をどうぞ」とうながした。
わたしはふうっと呼吸をした。
今は、自信を持って語っているように、それらしく見せなければいけない。
「最近、挿し絵の豊富な植物図鑑を手に入れまして……。
書物で得た知識ではございますが、砂漠のサボテンが肉厚の葉をもつ一方で、我が国の樹木は違います。葉は薄く、ものによっては冬になると葉を落とし枝だけになる。
湿度、温度、気象ーーさまざまな条件が絡み合うものの、植物も合理的な意識もっているかのように違いがあることに面白さを感じます」
「そうか」
ディランの目が一瞬少年のように輝いた。
どの言葉が響いたのだろう。
わたしは慎重に話を進める。
「そういったーー妄想なのです。
この紫の花をつける植物についても、別大陸の資料を見ているうちに、ある気候の地域であれば、このような植物があるのではないか?と空想の羽を羽ばたかせていました。
そのうちに、空想が無意識の夢に現れたといえるでしょう。
その植物が現実に存在したとしたらーー?
ごく狭い世界しか見たことがないわたしだからこそ、知識だけでこれほど想像通りのものにたどり着けた喜びが大きいとお分かり頂けますでしょうか?」
これはただの嘘だ。
でも、ディランが途中で口を差し挟まず、わたしに一通り語らせてくれたということは、話を止めたくなるほど無様な言い訳にはなっていないはず。
あとは、わたしがそれらしく確信をもった演技をできていたかだけだ。
ただ……わたしはディランに尊敬すら覚えている。
だから、理由については嘘しか言えないけれど、せめて理由以外のことで、彼の求める一端を示せないか、と思った。
彼に誠意で答えたい。
それに、彼が思うとおりの人ならーー。
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