第33話 記憶~成人の儀式~
穏やかな時間を過ごす一方で、わたしが時を巻き戻った謎はまだ原因が掴めず、ヒントさえ得られていなかった。
この11歳の体では、行動できる範囲も自由も限られているのだから仕方がなかったけれど……。
わたしには、心に決めたことがある。
ーーエドワードに殺される未来を変える。
なぜ結婚式の前日に彼が豹変したのか、なにも分かっていない。
それでもあの未来は受け入れられない悲劇だった。
いっそ彼とは距離を置いてしまえばいいのかも知れなかった。
婚約も破棄してしまえば、分かりやすく未来を変えられるだろう。
でも、その選択はできなかった。
彼とこれから過ごすだろう日々を知っているから。
目を閉じれば、簡単にいくつもの思い出が溢れる。
花冠を被せたときの照れた表情。
子守唄のプレゼント。
いっしょに調べ物をした図書館の静寂。
幼い喧嘩と仲直りの紅茶。
そしてーー何度も苦難に見舞われて、肩を震わせていたエドワード。
なのに、逆に強がってわたしの涙を拭った少年。
抱きしめた温度。
それらもなくなるの?
彼は一人きりであれらの苦しみを乗り越えるということ?
温かい思い出を失うこと以上に、彼ひとりをあんな冷たい時間に置き去りにすることができない。
自分の死の運命から逃れるためだとしても、見捨てられなかった。
愚かかもしれない。
でも次々と思い出してしまうエドワードとの記憶が、強くわたしを揺さぶった。
わたしには、彼を突き放したり、ましてや憎んだりできない。
そしてーーだからこそ思い出してしまう死の間際。
あんな表情をするような人生を、彼に歩ませたくない!
今はやはり、エドワードが冷徹な目をしたあの夜の青年となるのが信じられない。
わたしはそっと目を閉じて回想した。
ーーそう、あの結婚式の夜の彼は、冷え切った紫の瞳をしていた。まるで祖父王のような……。
⌘ ⌘ ⌘
あの日、結婚式と同時に行われた「王族の成人の儀式」を思い出す。
あの儀式で、虹色に光り輝くはずだった秘宝は、静かに沈黙していた。
王家のマントを深く被り、顔を隠した『儀式を司る者』はわたしたちをののしった。
「お前たちが本当に王家の血筋を引いているというのなら、この宝玉は光り輝くはずだった。にも関わらず、触れても反応がないとは何事か!? お前たちが、紛いものの存在だとを示しているのだろう!」
通常、王が務めるはずのこの役割を、王の体調が悪いために、王家の遠い血筋だという若者が担っていた。
遠いとはいえ、血のつながりのためか、『司る者』はエドワードによく似た声で、まるで彼に責め立てられているようで居心地が悪かった。
「よくも……っ! よくも儀式を汚おって……!」
けれど、そのとき私たちは悟った。
こうなっても仕方がないと。
なぜなら、本当に初めて触れた時(・・・・・・・・・・)には、宝玉は光り輝いていたからーー。
……秘宝が輝かなかった原因は、分かっている。
幼い頃のあの日のせい。
式よりもずっと前に、すでに幼いときに二人で秘宝に触れていたから。
すでに一度願い終わった今、秘宝が輝かないのも当然なのだ。
ーーなのにその夜。
紫の瞳をした殺人者……エドワードは冷たい憎しみをたぎらせていた。
「嘘よ。エド……ありえない」
とっさに否定したわたしに怒りを向けた。
まるで彼に昼間の『司る者』が乗り移ったように罵った。
「秘宝が光らなかった……お前は……王家の血を引いていない! 売女の娘め!」
彼の口からそんな言葉が出てくるなんて思いもしなかった。
剣を振りかぶり、
「他人の空似だったのだ。もうお前など要らぬ」
もうわたしになど興味を失ったように、そう言った。
わたしは改めて謎にぶちあたる。
なぜ彼はあんなことを言ったの?
なぜわたしを殺したのーー?
なのにーー。
あの最期の表情を思い出す。
途切れ途切れの意識の中で、最期に覚えているのは、エドワードの泣き顔。
わたしを殺した彼の方こそ、痛みと絶望に苦しむ顔をして、死にゆくわたしに必死に呼びかけていた……。
声を聞き取ることはできなかった。
あれはわたしの脳が見せた、幻だったのだろうか。
自分の願望が見せた幻なのかもしれない。
でもーー実は、未練がましいけれど、いまもあの夜にわたしを殺すのがエドワードとはどうしても思えない。
残酷な死をもたらされても、わたしは彼を放って置けなかった。
そして、その未来を変えるために考えを巡らせる。
……幸か不幸か、今のわたしには16歳までに学んだ知識や記憶が備わっている。
この二度目のチャンスは、望む未来のために賭けたい。
自分の死以上に、誰かを殺したいと憎む人生を、エドワードに歩ませたくないという思いが、わたしの心を強くしていた。
⌘ ⌘ ⌘
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