第27話 記憶~一度目の人生で~
予期しない王という来客はあったものの、秋から冬のはじめにかけての季節は、平穏そのものだった。
金の麦の穂が揺れて、山々は鮮やかな色を帯びた。
わたしの一番好きな時期でもあった。
エドワードとウィリアムは、わたしを気遣って穏やかな遊びを中心にしてくれた。
何度か彼らが庭先で剣の稽古をすることもあって、その真剣さに息を呑んで見入ってしまった。
以前のエドワードの身のこなしを知っていたから、運動神経がいいのは分かっていたけれど……。
彼の剣術は目を引く鮮やかさがあって、いくらでも見ていられた。
木登りや本気のかけっこで、ちょっとした傷を多数こさえる彼らに「自分にはできないから少し羨ましい」とかなり本気で口にしたら、「アイリーンはやっぱり珍しい」とくすくすと笑われてしまった。
ただ、そんな穏やかな日々の中でも、ふとした瞬間にエドワードが考え込む姿をしばしば見かけるようになった。
彼らしい、のびやかに人を惹きつける気質が損なわれたわけではなかったけれど、その太陽のような光を隠す雲が邪魔をしたように、顔を翳らせる瞬間が増えた。
そんな夏の日の終わりだったと思う。
わたしはふと、一度目の人生であった出来事のいくつかがなくなっていることに気づいた。
特に印象深かった、あるはずのない宝玉をエドワードと見た思い出も……。
二人でまぼろしを見たのかもしれないと言っていたあの日のこと。
それは、この二度目の夏には起こらなかった記憶――。
⌘ ⌘ ⌘
あれは、一度目の人生でのこと。
ウィリアムの葬儀が終わってそう時間が経っていない、夏の終わりの時期だった。
まさしく二度目の今は、何事もなく通り過ぎてしまった日。
けれど、あの人生では……。
エドワードとふたりで、王家の屋敷で過ごしていた日のことだった。
その日もお父さまは王太子夫妻の慰問と、引き取れる政務を調整するためにここを訪れ、わたしも共にやってきていた。
公爵家と王家の屋敷が近くて良かった。
そうでなければ、わたしの体調が優れている日だけとはいえ、こうも何度も連れてきてはくれなかっただろうから。
ウィリアムの死も、このときお父さまがなるべく一緒に過ごそうとしてくれた理由だった。
同年代の血縁の子どもが、知らず知らずとはいえわたしのすぐ側で亡くなった。
お父さまだけでなく、この年頃の子どもをもつ親たちは、なるべく子どもを屋外で一人にしないよう、自分の目の届くところに置くように神経質になっていたと思う。
だからその日も、親たちが話し合いをしている間、従者とメイドのジェーンを従えて、わたしとエドワードは屋敷の中を歩き回って過ごしていた。
なんだかじっとして居られなかったのだ。
「アイリーン、もうすぐ僕らは王都にもどるんだ」
「そう……」
「…………」
「王太子妃さまも、ここに居続けるのはお辛いでしょうしね」
「…………」
「自分を責めたりはしないでね」
わたしは心配になった。責任感の強いエドワードのことだ。
あの日、弟と同じ庭園に自分がいなかったことで、彼は自分を責めているかもしれない。
「ありがとう。大丈夫ーーとも言い切れないけれど、せめて同じ悲劇を起こさないようにするのが、ウィルのためだと思っている」
「……あなたは素晴らしいわ」
本心からの言葉だった。
一度目のあの日に、なにもできなかったのはわたしの方だった。
しかも、ウィルの死を知ったのさえ数日経ってから……。
お父さまの心配したとおり、確かにわたしもどこかでショックを受けていたのだと思う。
だから、あんな幻を見たのかも――。
「あれは、なんだ?」
「え……?」
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