第23話 再会
馬車から降りるなり、小さなウィリアムが駆け寄ってきた。
ウィリアムはすっかり元気だった。むしろ、元気すぎるくらいだった。
池に落ちたときは橋から小魚たちを眺めていて、思わず身を乗り出してしまったそうだ。
あの日のあとも、小さな王子はやんちゃざかりで、メイドは手を焼いているという。
でも、とてもかわいらしい。
「よかった! 元気になったんだね!」
ニコニコしてわたしの手を握る彼に、目線の高さを合わせる。
「ありがとうございます、殿下。おかげさまでこうしてお会いできました」
わたしのほうこそ発熱して寝込んでいたのだ。
お礼を言うと、ウィリアムは照れたようにいっそう笑顔になった。
そして、彼は顔を近づけて「アイリーンが早く良くなるように、おまじないもしたんだよ」と、こっそり教えてくれた。ふわふわした金髪のこの少年が愛おしくて、くすぐったくて、つられてわたしも自然と笑顔になった。
……そのときだった。
「ウィル。アイリーンにお礼は言った?」
その声に、わたしの肩はびくんと反応してしまった。
それは声変わり前の少年の、落ち着いていて、よく通る滑らかな声。懐かしい響き。
ーーエドワードの声。
わたしが11歳に戻ってから、彼と直接顔を合わせるのは初めてだ。
つまりーー覚えている最後の彼は、わたしを殺した瞬間。
呼吸を整えて、落ち着いた様子でゆっくり振り返ってお辞儀した。体が震えそうなほど緊張していることを気取られないように。
「ご無沙汰しております。アイリーンでございます」
微笑みを浮かべて、伏せていた顔をおっとり上品に見えるように上げていく……その実、内心はおそるおそるだ。
目に飛び込んできたのは、上質な外出着を品よく身につけた、13歳の少年のすっと伸びた手足。
白くなめらかな頬、
まっすぐに通った鼻筋……。
少しくせのある黒髪で飾られた顔は、まるで人形のように端正だった。
性別を超えて、少女めいた美しさすら感じた。
エドワードの顔の中でも、特に印象的な濃い紫の瞳は光の加減で黒曜石の輝きを放っていて、吸い寄せられるような引力がある。
「アイリーン、久しぶりだね。そんなにかしこまらないで」
無表情だと冷たくさえ感じる美しい顔は、口元をほころばせただけで、一気に花開いたように親しげになる。
とたんに、さっきまで緊張していたことも忘れて、わたしは懐かしさでいっぱいになった。
というのも、目の前のエドワードは、覚えている18の彼よりもずいぶんとーー……可愛らしかった。
丸みを帯びた頬は柔らかそうで、つい赤ん坊にするように、ほっぺたをつついてみたくなる愛らしさが残っていた。
成人する直前の彼は、とうにそういった子どもらしさを脱ぎ捨てていた。
令嬢たちがうっとりとため息をつくような美青年になっていたから、余計にしみじみと比べてしまう。
18の自分と比べられているとはつゆ知らず、13歳の王子は礼儀正しくわたしの手を取った。
「弟を助けてくれてありがとう、婚約者殿」
彼の顔には、誠実な感謝と少しの照れ、そして年相応のいたずらっぽい色が見え隠れした。
わたしの記憶にある通りの彼。
その目には、憎しみや怒りなどかけらもない。
わたしの知るエドワードなのだわ……。
「どういたしまして、名無しの騎士見習いさま」
⌘ ⌘ ⌘
ホッとするも束の間、意外な来客がわたしの心に波風を立たせた。
それは3人で遊び疲れて、午後のお茶をしているときだった。
急にバタン!と乱暴に開かれた扉に、わたしたちは揃って顔を向けた。
「ーー死にかけたと聞いたが、ずいぶんと優雅だな」
それは王都からやってきた、エドワードたちの祖父ーー国王だった。
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