第17話 記憶~エドワード~(1)

 彼の隠していた名前を言い当ててしまったから、もう来てくれないんじゃないかと気落ちしたものの、それは要らない心配だった。




 むしろ、なぜ王子だと気づいたのか、後日あらためて顔を合わせたとき、彼が納得するまで説明することになった。

 彼が初めてわたしの部屋へ、ちゃんとドアから正式に入ってきた時に。



 本来なら、唯一エドワードだけは、家族ではなくてもわたしに気軽に会いに来れる立場なのに。

 生まれたときからの正式な婚約者として。

 わたしの体の弱さもあって、このときまで実現しなかったのだけれど。




「どうして僕がエドワードだと分かったの?」




 あの日は所用で公爵邸に訪れた帰り際で、わざわざ目立たないように装っていたそうだ。


 変装は上手くいき過ぎて、事情を知らない騎士から「馬の世話をしておけ」と言われてしまう程だったという。あれは焦ったと、おどけて肩をすくめた彼に、わたしは思わずクスクス笑った。




 そしてふと用事を終えてから、「幽霊かもしれない婚約者」が気になったそうだ。

 従者が馬の手配をしている間に、わたしの部屋とおぼしき窓を見上げていたという。




 すると、噂の令嬢が銀の髪をなびかせて窓辺のベットから起き上がった。

 彼が言うには、そのほっそりと美しい姿につい見とれて声をかけてしまったそうだ。





 ーーエドワードはお世辞にも慣れているのだろうけれど、わたしは言われ慣れていないから恥ずかしかった。





 彼は王子として洗練された所作と美しさを備えながら、同時に面白がって身分を隠してみたり、令嬢の部屋に忍び込んだり。

 そういうところは、少年らしいイタズラ心と不敵さを感じさせた。




「君の部屋に忍び込んだことを、他の誰にも見つからなくて良かったよ。変装もアイリーン以外には疑われなかったんだけどなぁ」




 本当に不思議そうだった。




「僕は名乗らなかったし、身分を示すようなものは何もつけていなかった……。しっかり『名無しの見習い』だったはずなのに」




 怒るどころか興味深々のエドワードは、今度はしっかりと王子としての装いをしていた。

 彼もわたしと一緒で、好奇心が旺盛な子どもだった。


 黒い髪は陽光にさらさらと輝いて、芸術家の手がけた細工物のようだった。

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