第14話 記憶~夕暮れ~(1)


 それは夕暮れの公爵邸。

 この夏より少し前の、わたしがもっとも病弱だった頃。


 そして、わたしの人生に、エドワードが光をもたらしてくれた日……。





   ⌘ ⌘ ⌘





 窓から差し込む夕日がまぶしかった。




 あぁ、夢を見ているのだと、わたしは自覚した。

 それも、ちょうど眠る前に思い出していた、あの日の出来事を夢で見ている。



 ……その日、侍医の診察が終わり、ベットでうとうとしていたわたしは、ふと目を覚ました。



 自分の手は、11歳のわたしより少し小さい。

 9歳くらいのときだろうか。




 何気なく庭を見下ろすと、揺れるレースの隙間から、見慣れない小さな人影が静かに佇んでいるのが見えた。


 それは頭までローブを被った男の子だった。

 年齢はわたしより2つ3つくらい上だろうか?

 フードのすきまから、整った鼻筋と少し日に焼けた肌が見えた。すると、





「……君は妖精? それとも天使?」




 急に謎かけのような質問を投げかけられて、

「えっ?」

 わたしはびっくりして目をパチパチさせた。



「それとも噂のとおり、本当に幽霊なのか……?」




 ぼうっとこちらを眺めている少年が呟いた。




 病弱でめったに人前に出ないのは確かだけれど、さすがに【幽霊】なのかと直接訊かれたのは初めてだった。

 この子はその噂を確かめに公爵邸に入り込んだのかもしれない。




 思わずわたしは、

「勇気があるなら確かめてみたらどう?」

 少しいじわるな答えを返していた。




ーーでも青白い顔や、この色素の薄い髪を見たら、幽霊だと思うのも仕方ないかも。




 同年代の子女と交流する機会は乏しかったけれど、稀に王宮に顔を出した時にも遠巻きにされていたのは、もしかして幽霊みたいな外見で怖がられていたのかしら。


 この男の子も怖くなって立ち去るかと思ったけれど、彼は堂々とわたしを見上げていた。




「……そっちに行く」


「えっ」




 わたしは慌てた。


 きっとお父さまが入れてくれないわーーと口にする前に、男の子は辺りを見回し、庭木伝いにするりと2階のバルコニーまで辿りいてしまった。


 窓辺に立つと彼のローブがはためいて、その下に王国の騎士見習いの制服を身につけていた。

 質素ながら清潔で動きやすい格好だ。




「すごいわ……! 身軽なのね」


「なんてことないよ」


「とてもわたしにはできないもの。やっぱりすごい」




 わたしは思わずはしゃいでいた。


 彼がお茶目に舞台役者のようにお辞儀して見せたので、思わず熱心にパチパチと拍手する。

 彼の身のこなしは、まるでお気に入りの本に登場する主人公のようだった。


 猫みたいなしなやかで俊敏な動き。


 少年は褒められたのが恥ずかしかったようで、照れた頬は赤く染まり、はにかんだ口元からは白い歯が見えた。

 ローブの影になっていたけれど、黒っぽい瞳が微笑むのがわかった。

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