第11話 安堵と希望(1)


 助け出したウィリアムは、多少水を飲んでいたものの、自力で歩けるくらいに元気だった。


 それを見て、どんなにホッとしたか。


 わたしの冷えた手足にも、じんわりと血が通いだしたようだった。




「生きてる……」




 無我夢中だった瞬間が過ぎ去ると、かえって体が震え出した。




「わたし、役に立てたのね……」




 いまになって恐怖を感じるだなんて。

 もし、あのとき気づかなければ、わたしが思い出すのが遅れていたら、この少年の命は失われていたかも知れないのだ。




(でも助けることができた。ウィリアムを救えた)




 それはわたしにとって素晴らしい福音だった。


 目の前の命を救えたことはもちろん嬉しい。

 でも、それだけではない意味がある。

 そして、ほっとした体に、どっと疲れが襲った。


 そこからはうろ覚えだけれど、半泣きのジェーンによって大人しく毛布にくるまれたあと、わたしは屋敷に運ばれたらしい。




 毛布の温かさは覚えているけれど、緊張の糸が切れて、いつの間にか意識を失っていた。



   ⌘ ⌘ ⌘




 翌朝、公爵家別邸の自分のベットで目覚めてから、自分の11歳の体とウィリアムの無事を確かめたとき、ほっとするとともにひとつの確信を得た。




(やはり、この記憶はただの白昼夢ではないんだわーー)



 これが時を遡ったものなのか、予知夢なのかは分からない。

 けれどいずれにしても、自分のもつ「未来の記憶」が無視できないのは確かだった。記憶通りにウィルの事故は起こったのだから。



 またこれからも1度目と同じ未来が生じる可能性を否定できない。

 と、同時に、今のわたしはひとつの希望も得ていた。ウィリアムが生きているのならば、行動しだいでは未来を変えられるのだ。




(ここにわたしが舞い戻った意味があるのかもしれない)




 それは、わたしが生きていくうえで嬉しい光になった。

 気が急いた。

 本当は今すぐになにをすべきか考え、できる準備を始め、なぜ時が巻き戻ったかの謎を模索したい。





 けれどーー。





 わたしは高熱をだして寝込んだ。





「お嬢さま、額の布を取り替えますね」


 粗い呼吸を繰り返しながら、なんとか頷く。


「あぁ、こんなに顔も真っ赤になって……おつらいでしょう」




 昨日の池での無茶の反動だった。手足は鉛になったように重く、体の内側が沸騰したように熱くて呼吸がくるしい。

 ただ、このくらいの発熱など慣れたものでもある。


 11歳になるころなら、経験上あと3日ほどで良くなってくると予想がついた。

 とはいえ、ため息をつきたい気持ちだった。この病弱な身体も、少しずつ成長していき、ある人のおかげで、16になる頃には多少は丈夫になっていたのに。


 


「アイリーンさま、どうかご無理なさらず。公爵さまもおっしゃっていたでしょう」




 そう。今朝は多忙な公務を調整してまで、お父さまが顔を出していた。

 本当は気苦労をかけたくないのだけれど……。

 今回はこうなることがなんとなく分かっていての行動だったので、甘んじて寝込むほか仕方がなかった。




「お前の行いは素晴らしかった。公女として恥じぬ振る舞いだった」




 親子の対面は今回も短い時間だったけれど、お父さまはそっと頭を撫でてくれた。

 お父さまは言葉を選んで口にした。

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