第8話 ウィリアム(1)


 エドワードの弟・ウィリアムはこの夏の日に、6つで亡くなった。

 溺れたのが原因の死だった。



 侍女たちの目が離れた隙だったそうだ。




 安全に守られたこの庭園の中で、まさかそんなことが起こるとは誰も思わなかった。




 少年達は何人もいて激しく走り回っていたし、かくれんぼをしていたので侍女もひとりひとり付き添っていなかったそうだ。


 事後になってみれば、子どもから目を離したことを浅はかと批判する人もいた。

 けれど、子守りに慣れた侍女たちにとっても思いがけない、あっという間の出来事だったのだ。




 11歳のわたしも、ちょうどそのタイミングに庭園にいたにも関わらず、全く気づくことができなかった……。




 ウィリアムが溺れている間、わたしはぐったりと木陰に倒れ込んでいて、なんの力にもなれなかったのだ。

 「ウィリアム様の姿が見えない」と侍女たちが探し出した時には、彼は池に落ちてしばらく経っていた。


 さらに彼らは運がなかった。


 少年とはいえ、濡れた衣服につつまれてずっしりと重たくなってしまった人体は、水から引っ張り上げようとしても、非力な侍女やメイド達には重過ぎたのだ。




 結局、護衛兵が駆けつけて、青ざめて血の気のなくなった王子が引き上げらるまで、かなりの時間がかかってしまったのも、残念ながら事故が死に繋がった要因だと報道された。




 もちろんその場でできるかぎりの蘇生術も施されたけれど、死線を彷徨ったまま意識は戻らず……。




 その日のうちに彼の祖父である王まで駆けつけて、そばを離れなかったという。

 けれど願いも虚しく、その夜には、冷たくなった姿で聖堂に横えられたとーー。




 わたしが王子が亡くなったという事実を知ったのは、数日後の新聞での報道からだった。

 熱が下がったわたしも、王家に近しい公爵家の一人娘として、葬列に少しだけ参加した。


 ただ、途中でまた熱がぶり返してしまったので、早々にその場を失礼することになり、記憶は朧げだ。




 けれど、それがわたしにとって第二王子・ウィリアムの顔を知った最初の日であり、最後の日にもなった。


 葬儀の日は、夏にしては冷え込む雨がしとしとと大地を濡らしていた。


 黒装の大人たちが列をなして、手に手に白百合を携えていた。




 ーーあの白と黒のコントラストがやけに目についた。




 王太子妃の手には花ではなく、亡くなったときに王子が履いていたという小さな靴があった。彼女の微かに震える背中に、王太子がそっと手を添えていた。



 ひどく落ち込んだ王太子夫妻にかわって、父は一部の公務を担うことになりーーだからこそ、慰問とはいえ、あれほど頻繁に王家を訪ねることになったのだ。




   ⌘ ⌘ ⌘

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る