第7話 巻き戻った時間(2)


 このあとすぐに帰りの馬車まで運ばれて、案の定、家に着いた途端に高熱を出して寝込んでしまった。



 でも……。


 なんでだろう。



 頭の片隅で、チクチクと記憶を刺激するものがある。



 目の前の景色を見ていると、なにかを思い出しそうな、なのに喉元にひっかかって思い出せないでいるような、もやもやとした不快感がある。



 王家の庭園。


 夏の日。


 真星歴1602年、青葉の月、21日……。



 なにかこの日の前後に、とても重大な出来事があったような気がする。


 わたしはもう一度、自分のもっている記憶の海に集中した。

 遠い日の思い出。


 この年の夏の後半は、エドワードと多くの時間を過ごした季節でもある――。



 とくに1602年の夏の終わりから秋にかけては、お父さまに連れられて、よく王太子夫婦とエドワードを訪ねていた。



 王太子ーーつまり国王の息子であり、エドワードの父君だ。



 もともと公爵として、血縁でもある王太子との関わりは多かったけれど……。

 それにしても連日の訪問は、今思い出すとかなりの頻度だったように思う。


 でも、この年には大きな事件もなく、翌年の飢饉まで不作もなかった。


 一体、大人達はなんのために会っていたのだろう?




 親たちが会っている間、手持ち無沙汰なわたしはエドワードとふたりで過ごした。


 彼はいつも皇太子夫妻とお揃いの黒い装いをしていて、わたしとともに図書室で過ごすことが多かった。



 それまではたまに顔を合わせることしか出来なかったのに。



 頻繁に会うなかで、わたしはあらためて彼の誠実さや、王位をいずれ継ぐ者としての責任感、そして一人の人間としての心に触れた。



 図書室に差し込む淡い木漏れ日のなかで、彼が感じている悲しみも耳にしてーー。




 あら……?




 そう、なにか、彼は悲しんでいたんだ……。

 泣きそうな表情で、彼は何かを語っていた。


 ーー今、大切なことを思い出しかけている。


 子どもだったわたしにとっても、何か大きな出来事があった。


 思い出しかけた、その時だった。




 ……パシャ……。




 ちいさな悲鳴と水音が聞こえた気がした。


 けれど、それは向こう岸で騒ぐ少年たちの声に紛れて、かき消されてしまうほど小さな音……。


 かくれんぼからかけっこに遊びが移行して、騒いでいる少年達も、彼らを見守る従者たちも、誰一人として反応しない。




 だれも気づかずにーー。




 その気づきをきっかけに、わたしの頭の中でひらりひらりと記憶の断片が舞った。


 フラッシュバックする場面場面の画像。


 白百合と黒服。


 震える女性の背中。


 金髪の小さな男の子の顔の周りを、百合が囲んでいく……。


 刹那、衝撃とともに記憶が駆け巡り、わたしは弾かれたように動き出した。


 わたしの記憶は教えてくれた。





 ーーこの日ここで、エドワードの弟が死の淵に落ちる!




   ⌘ ⌘ ⌘

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