第6話 巻き戻った時間(1)


 ーー考えるのよ! いったいわたしに何が起こったのか。そして、これから何が起こるのか。




 必死で思い出そうと呟く。




「真星歴1602年、青葉の月、21日……。本当に? 記憶が妄想ではないと、そして今日が本当に過去のその日だと確かめる術はあるかしら? なにか象徴的な出来事とか……」




 わたしは小さく呟いた。


 11歳のころはまだ体が弱く、ほとんど外出せず過ごした。

 だからこそ、こうして外出した日は珍しく、記憶に残りやすいはず。




 焦らずに落ち着いて。




 わたしは自分に言い聞かせた。


 しだいに記憶が蘇ってくる。


 頭のなかに映像として浮かんできたのは、11歳のこの日の朝だった。





   ⌘ ⌘ ⌘





 11歳の今日。


 朝から体調が良かったわたしは、王家の庭園に行くのを楽しみにしていた。



 貴族の子供たちに向けて解放される、この庭園を訪れるのは初めてだった。


 普段は多くの時間をベットの上で読書をして過ごすか、ほどほどに体調がすぐれていたら庭先を小一時間ほど散歩するかして一日を送っている。



 けれど、公爵である父は「ときには外出することも健康には必要」と考えていて、こういった王家の招待には参加させてくれることがある。


 もちろん、熱を出していないことが最低条件だけれど。




 わざわざ馬車まで使ってのおでかけに、ワクワクせずにはいられなかった。


 しかし、いつもは着ない外出用の服を身につけ、馬車に揺られるうちに、だんだん自分の体がずっしりと重くなってきた。だるさを感じ始めていく。




(……これはいつもの高熱を出してしまう感覚だわ)




 しかも四、五日ほど寝込んでしまうくらいの熱の予兆。


 でも、11歳の子どもだったわたしは、せっかくの外出のチャンスを逃したくなくて、ジェーンの



「お加減はいかがですか?」


 という問いに



「とても元気。今日は調子がいいみたい」


 と答えていた。




 顔が赤らんでいる様子を見て、ジェーンはわたしの言葉をいぶかしんでいたけれど。

 期待から頬を上気させていると考えてくれたようだ。




 そして、やっと庭園にたどりついて、一時間も経たないうちに……わたしはめまいを起こして足元はふらついた。その様子をしっかりジェーンにみつかって、こうして木陰で休むはめになった。



「ごめんなさい……」



「ふふっ、ご無理なさらないでくださいね。でも。珍しいお嬢様のわがままだったので、わたくしも嬉しく思っていたんですよ。それに夏の爽やかな、こんな良い天気ですもの! 今日くらいは女神さまだって、お嬢様のお気持ちに応えて、元気に過ごさせてくださるだろうと思いました……なのに、いじわるですね」




 ジェーンはわたしを責めずに、女神さまのせいにすることにしたようだ。


 わたしはぐったりした体でも、思わずクスッと笑った。 


 



   ⌘ ⌘ ⌘





 覚えている記憶はこれだけだった。

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