第2話 婚礼の夜(2)


 いつから彼はこうなってしまったの?




 昨日……ううん、今朝だって笑顔を向けてくれたのに……これまでは嘘だったの?


 頭の芯が痺れて、わたしは凍ったように固まった。


 そのとき、雷が先代王の肖像画を不気味に照らし出した。

 目の前の男と同じ、鮮やかな紫の瞳の肖像。王家に伝わる紫の瞳。


 その色は、目の前の男が偽りなく王族だと示す証拠でもあった。





 ーーでも、なぜ私を殺すの?





「お前はもう要らぬ。死ね」





 ーー嘘よ。





 呆然とした呟きは、重い剣の一振りにかき消された。


 灼熱の痛み。

 鉄錆のような血の匂い。

 背を向け去っていく男。


 わたしはひざから崩れ落ち、血とともに命が流れ出ていくのを感じた。霞がかっていく頭で願った。





(これは夢だと言って。もう一度貴方と笑い合いたい……)





 男の去っていった方へと手を伸ばす。

 もちろん、彼は振り返りもせずに立ち去る。


 けれど、女神の慈悲なのだろう。


 願いが叶うはずもないのに。

 死に際の妄想か夢なのか。


 途切れ途切れの意識のなかにエドワードが現れて、わたしを抱きしめた気がしたのだ。


 あの逞しい腕がわたしを抱え起こして、何かを必死に語りかけてきているような……。

 そんな幻を見れただけで、少しだけ心が凪いだ。





(エドワード……あなたが治(しろ)しめす平和な世界を見たかったわ)





 夢の中の彼すらどんどん遠く曇った思考の向こうに消えていく。


 そしてーーついに訪れる死の瞬間。

 腕の中の宝玉から強い虹色の光が放たれて、わたしは意識を失った。






   ⌘ ⌘ ⌘






   王の血を引く若者よ……


   ……褒美に宝を授けよう


   お前の望みを尋ねよう…






   ⌘ ⌘ ⌘






 気づくと、わたしは穏やかな初夏の水辺にいた。


「えっ?」


 爽やかな風がわたしの髪をくすぐる。わたしは木陰に座り込んでいた。


「……どういう、こと?」





 さっきまでの、陰鬱な雷雨は陰もない。




 サワサワと木陰が揺れた。足元にはブランケットが敷かれている。

 平和そのものの空気。

 さきほどまでの暗闇と恐怖からの落差に、わたしはポカンとした。





 このとき、自分が11歳だった夏の終わりへ時を巻き戻されたのだと、わたしは理解していなかった。

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