公爵令嬢アイリーン 〜1度殺された妃は、それでも愛する人のために過去を変える〜
宵形りて
第1話 婚礼の夜(1)
殺されるーー!
わたしは暗闇を必死で逃げていた。
今日は王子エドワードとの結婚式だった。
同時に、彼は18歳、わたしは16歳の成人の儀が行われたところだ。
国中が祝福と喜びで湧き上がっていた。
なのに……!
エドワードに嫁いだわたしーーアイリーンは、いま薄暗い建物の中を逃げている。
王家の秘宝を守るように抱えて、背中から血を流しながら。ときに蹴躓いて。
激しく打ち鳴らす心臓が、わたしの体の限界を訴えていた。
ごほっと音を立てて口から血の塊がこぼれる。
それでも足は止められない。
後ろからゆったりした男の足音が迫ってくる。
恐怖だった。
男がマントを引きずる衣擦れも。
血を滴らせた剣が、時折目の端に映り込むのも。
痛い。
熱い。
苦しい。
自分の鼓動とともに、切られた背中が脈を打つように痛む。
けれど、手負いの女と殺意溢れる男では、追跡劇の結末は決まっていた。
ついに突きあたりに追い詰められたそのとき、
「……誰、なの?」
ゼィゼィと息をつぎながら壁にもたれ、わたしは逃げるのを観念して振り返った。
それでも、まだ諦めてはいなかった。まだ何かできることがないか必死で考えを巡らせていた。
自分が助かるためじゃない。
死ぬとしても、せめてエドワードにこの敵の正体を知らせたかったからーー。
……結婚式のその日にわたしを殺そうとするなら、彼を脅かす者に違いないから。
エドワードはこの国を導くにふさわしい人。
わたしの全てを賭けて、彼のために命を尽くしたい。
それがわたしの最期の誇り。
そのときだった。
カッと雷が光り、剣をもった相手の顔が浮かび上がる。
少し長めの黒髪に、鼻筋の通った麗しい顔。間違えるはずもない。
それはーー
「そんな!?」
息を呑むわたしに、冷酷にくつくつと笑う青年。その顔は……。
「エドワードだ。我こそが、本物の」
そう。男は夫になったエドワードの顔をしていた。
降り出した雷雨が激しく音を立てる。
「嘘よ。エド……ありえない」
とっさに否定したその態度に苛立ったように、男はいくつか暴言を吐いた。エドワードなら口にするはずもない言葉を。
わたしはただ茫然としていた。
これが……あなたの本心だったの?
わたしにとっては、エドワードは単なる政略結婚の相手ではなく、大切な同志だった。
彼も同じように考えているとばかり思い込んでいたーー。
わたしは体の弱さゆえに、彼の子を産むことは期待されていなかったけれど、それ以外の全てでエドワードを支えたいと願っていた。
そのための知識、立場、人生だと思っていた……。
でも、違ったの?
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