10
白瀬薺は森野芹くんの家に向かって、町の中を一人で走り続けた。
その途中で、いろんなことを白瀬薺は考えた。
もしかしたら、あったかもしれない自分(私)。
もしかしたら、あったかもしれないあなた(森野くん)。
もしかしたら、あったかもしれない私たちの関係。
そんなものを白瀬薺は走りながら空想した。
ねえ、森野くん。
森野くんはどう思う?
私たちはさ、もっと早くに出会えていたのかな?
私たちは、もっと早くに幸せになれていたのかな?
私たちはさ、もっと前から、今よりもずっと、……近い場所にいられたのかな?
……寄り添うように、いつも、ずっと一緒に入られたのかな?
ねえ、どう思う、森野くん。
薺は走る。
自分の世界で一番、愛している人の元に向かって。
でも、そんな薺の思いとは違って、世界のどこにも森野くんの姿は見つからなかった。
森野くんの家は大きなアパートの一室にあった。
その少し離れた場所にある、小さな公園のところから、……薺は、教えてもらった森野くんの電話番号に「はぁー」と深呼吸を一度してから、一度、電話をかけてみた。
ぷるるるー。ぷるるるー。と電子音がした。
……でも、いくら待っても、森野くんは電話に出てはくれなかった。
うん。まあ、いいや。本人に、森野くんにこれから直接会えばいい。私も自分の言葉で、森野くんの顔を見て、自分の思いを伝えたい。そう薺は前向きに思った。
薺はそのままアパートの敷地内に足を踏み入れて、階段を上がって、四階まで移動をして、『森野』の名札のある一室のドアをとんとん、とノックした。
薺の心臓はすごくどきどきしていた。
でも、薺の期待と緊張とは裏腹に、そのドアは決して開くことはなかった。それだけではなくて、なんの返事も部屋の中からは帰ってはこなかった。
……留守、なのかな?
薺はしょんぼりして、森野くんの家の前で、少しの間、時間を潰していた。その部屋に誰かが帰ってくる様子はない。数人の知らない大人の人が、薺のことを遠くからちらちらと移動しながら見たりしていた。
薺は諦めて、もう一度近くの小さな公園に戻った。
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