8
白瀬薺は真っ暗な世界の中を走り続けていた。
その世界には静かな雨が降り続いていた。
その雨の中を、薺ははぁ、はぁ、と息を切らせながら、その小さな口から白い息を吐き出して、雨が降っていることなんか気にしないで、傘もささずに、両手と両足を全力で動かして、高校の制服姿のまま、懸命に、どこかに向かって走り続けていた。
私、どうしてこんなに一生懸命なんだろう?
私は、どこに向かって走っているんだろう?
……いつもみたいに、なにかから逃げるために、私はこんなに一生懸命走っているの? ……ううん。違う。
私は逃げているんじゃない。
なにかに向かって全力で走っているんだ。
雨の中を薺は走り続けいる。
どこに向かって?
あなたに会うために?
あなたに、会うために、私はこんなに一生懸命になって走っているの? でも、あなたって誰?
はぁ、はぁ、と薺は息を切らせながら走り続ける。
雨で視界が悪い。
服が濡れて気持ちが悪い。
でも、そんなこと全然気にならない。
だって、この闇の向こうには、……この雨の先には、『あなた』が私のことを、ずっと、ずっと待っていてくれているんだから。
……薺。
……白瀬、薺。
そんな声が聞こえていた。
あの、夢の中で私に度々話しかけてきてくれた不思議な声だ。
白瀬薺は、その『声』の聞こえてくる方向に向かって、闇の中を全力で走り続ける。
すると、少し先に、闇の中で、白く光る、淡いぼんやりとした光のようなものが見え始めた。
薺はその白い光に向かって走る続ける。
すると、その光の中に薺に向かって手を差し伸べている、一人の少年の姿が見えるようになった。
その白い光の中に立っていた人物。
それは、……(やっぱり)森野芹くんだった。
森野くんは、あのときのように、私に向かって、……雨の中で、にっこりと笑って、私に手を差し伸べてくれていた。(そう。思い出した。私は、森野くんに、こうして傘を差し出してもらったことがあった。手を差し伸べてもらったことがあった。……『私は、森野くんのことが、森野芹くんのことが大好き』なんだ)
「森野くん!」
薺はそう叫びながら、その森野芹の差し出してくれる手を、確かに『つかんだ』。
届いた。
確かに薺の手は、芹の手をつかんでいた。
森野くんは薺を見てにっこりと笑っている。……薺は、その目からいつの間にか透明な涙を流していた。
「森野くん。私、あなたに伝えたいことがあるの」薺は言った。
「僕も、白瀬さんに伝えたいことがあるんだ」と夢の中の芹は言った。
「私は……、あなたのことを」
「僕は……、君のことを」
でも、次の瞬間、白瀬薺は自分のベットの中で、ひとりぼっちで目を覚ました。目を覚ました薺はしばらくの間、そのままベットの中で横になったままで、ぼんやりと真っ白な天井を眺めていた。
……今の夢は、幻?
それとも、どこかで本当にあったことなのかな?
……ううん。
きっと、夢じゃない。(幻でもない)
あれは『本当に私たちの間であった出来事』なんだ。
白瀬薺は勉強机の引き出しを開けて、そこにしまっていた『森野芹くんからもらった手紙』を手にとった。
それから「……ふー」と息をはいて、勇気を持って、その手紙をゆっくりと、白瀬薺は、開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます