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その声は当時の、あの薺をいじめていた悪魔のような女の子の声、そのものだった。(薺はあの子の声を一生忘れることはないと思っていたし、実際に忘れていはいなかった)
絶対にありえない声。現象。
薺は思わず全速力で駆け出した。
買ったばかりのビニールの傘を手放して、……真っ暗な夜の中を、……強い雨の中を、雨に濡れることも構わずに、白いサンダルのままで、駆け出していた。
はぁ、はぁ、と息を吐きながら、薺は全速力で逃げ出した。
闇の中を、土の道の上を、とにかく全速力で駆け出していった。
でも、どれだけ全速力で走っても、その背後の気配は薺のあとにぴったりとくっついて離れることは絶対になかった。
……殺される。
そう、薺は思った。
パニック状態の薺は白いサンダルを脱いで、(それを急いで手に持って)裸足で道の上を走り始めた。足の裏がすごく痛かった。でも、そんなこと、もう気にしていはいられなかった。
薺の耳には、思考には、……白瀬さん。と自分の名前を呼んだあの子の声が、まるで呪いのようにへばりついて離れなかった。
「……白瀬さん。待って。どこに行くの?」
背後で、女の子が楽しそうな声で言った。
「……こっちへ来て。白瀬さん。そして、またあのころみたいに、一緒に遊びましょう。ね?」と女の子が薺に言った。
薺は走った。
全速力で走った。
でも、どこまで走っても、闇は永遠と続いていて、光はどこにも見えなかった。
……助けて。
やがて、薺は心の中で言った。
助けて。森野くん。
私を、……私を、この闇の中から連れ出して。
あのときにのように。
白瀬薺は闇の中で一つの光を見た。それは、森野芹という名前の光だった。
「森野くん!!」
薺は叫んだ。
すると、急に世界が明るくなった。
はっとした薺が明かりに目を向けると、ぶぶー、ととても大きな警戒音がした。それは、道路を走っている大型のトラックのクラクションの音だった。
その突然現れた巨大な眩しい光は、トラックの正面ライトの光だった。
あ、と薺が思ったときには遅かった。
がしゃん、と大きな音がした。
そこで、薺の意識は、途絶えた。
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