第3話 新しい関係

 治療を受けてから被害者――いつもと逆だ――としていろいろと訊き取りされたあと、連絡を受けてやってきた母さんにきっつい平手打ちを喰らった。

 叩かれたことより、そのあと抱きしめられものすごく泣かれたことの方が堪えた。

 いつも心配かけてたけど、今回は貞操がヤバかったこともあって、涙ながらの小言が刺さる。

 ごめんなさいを何度も繰り返しながらアタシも泣いた。

 女手ひとつで育ててくれてる母さん、苦労を知っているのにその手を煩わせてしまうアタシ、ホント親不幸者。

 ……ケンカして怪我したりするのは怖くなかった。血を流すようなことがあっても毎月のアレで見慣れてる分、男連中みたいにビビったりすることはなかったし。

 けど、今回犯さやられると思ったとき身体がすくんで何もできなくて、自分が "女" なんだってことを改めて思い知らされた。

 ――なんだろ? 自分の底が見えてしまった。を身体が覚えてる、忘れられない。

 たぶん、もう前みたいに暴れることは出来なくなってると、なんとなく感じてる自分がいる。

 潮時、なんだろうな。 

「――あ~、親子水入らずのところ失礼します」

 泣きやんだ母さんにこれからのことを話そうとした矢先、会釈しながら声をかけて来たのは何度かお世話になったことのある少年課の刑事さん。当然母さんとも顔見知りだ。

 なんだろ? 調書とるときはいなかったけど、まだ何かあるのかな? 

 あぁ、ちょうどいいや、刑事さんに不良を止める気だってことを言っておこう。前に一度しくじっているから本気にしてくれるかどうかは怪しいけど、聞いてもらっといて損はないだろうし。

 どういう訳か難しい顔してる刑事さんに話しかけようとしたとき、

「怪我の具合はどうです? お姉さん」

 聞き覚えのあるこましゃくれた声。

「どうも、事件の第一発見者で通報者です」

 苦虫を噛み潰したような顔をする大柄な刑事さんの死角から、ひょこッと現れたのはあの小柄な小学生。

「……不肖のせがれでして……」

「良く出来た息子です、よろしく」

 仕方なさげに紹介する刑事さんの横に立ち、一礼してから明るい笑顔で少年が言う。

 なんという奇縁。

「まぁ立ちっぱなしもなんですから、あちらに腰かけて積もる話をしようじゃないですか」

 アタシと母さんににこやかに笑いながら、ロビーのソファーを進めるのは小学生くん。刑事さんは……何かあきらめた顔してた。

 ソファに腰かけてから小学生くん――四年生だそうな――言うところの積もる話をいろいろとした。

 刑事さんのとこも父子家庭で、境遇的にアタシを気にかけていたこと。

 それをうっかり家で口にしてしまいアタシのことを知った彼が、今日三バカと追いかけっこしてるを見かけて、なんとなく追うとあんなことになっていたとか。

「怪我したまま袋小路の方入ってくの見て、こりゃ拙いかもって父さんに連絡しといたんですよ」

 ドヤ顔で言い放つ小学生。恩人なんだけど、なんだろう無性に腹が立つ。

「だいたい、今時不良やってるなんて人生の無駄でしかないでしょうに。裏の世界で上目指すならともかく、底辺で殴りあいとか愚の骨頂ですよ愚の骨頂」

 得意げにしゃべり続ける小学生。言ってることは正論でアタシがバカな遠回りをしていたのも事実。

 けど、けどさぁ……。

「止めるって一度失敗してんでしょ? また道外さない保証はないし、少なくとも裏切られた周りの信用を取り戻すのは大変ですよ、お姉さん耐えられます? 一度逃げた者に世間の目は冷たいですよぉ」

 なんで六つも下の男の子ガキにここまで言われにゃならん?

「――ねぇ」

 引きつる顔を無理やり笑顔にして呼びかける。

「はい?」

 気分良くまくし立てていたのを中断された彼が何用かと応じた瞬間、平手で頭を思い切りはたいてやった。

 いい音を響かせて彼がソファから転げ落ちる。

いったいなぁっ、何してくれやがるんですか? これだから不良は度し難い、すぐに暴力に訴えてくる」

「――うるさいうるさい、うるさぁいっ」

 床に座り込んだまま叩かれたところを押さえて抗議の声を上げる彼に対し、感情的に単語を並べるアタシ。

 突然年相応子どものケンカを始めたアタシたちに驚きながらも諫めようとする刑事さんと母さん。

 この日このときからアタシたちの家族ぐるみの付き合いが始まった。


     

             最終話へ続く。



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