第2話

 不意に、一瞬だけ意識が混濁する。が、すぐに目が覚めた。


 電車が駅に停まり、数人が車輌に乗り込んできたのだ。アナウンスが無かった気がしたが、きっとわたしが聞き逃しただけだろう。


 近くでとことこと可愛い足音がした。


 大人数では無いので席を譲ったりする必要もないだろう。そう思って、わたしは顔も上げずにそのままやり過ごした。

 するとわたしの横に、二人組の乗客が座ったようだった。突っ伏しているので見えないけれど、会話が聞こえてくる。


「ねえねえ、次はあの駅ですってよ」

「まあまあ、恐いわあ」


 芝居がかった、変な声だった。

 二人とも、男とも女ともつかない、少し高めの声だ。


「えとえと、願い事を叶えてくれるんですよねえ」

「そうそう。けれど、代償を支払う羽目になる」


「いやいや、恐い恐い。去年ねえ、三軒隣の奥さんが旦那の浮気癖を治してもらったらしいけれど、その代償が本人の心の臓ときたもんだ」

「あらあら、それは災難だあ。何を持ってかれるか分からないですもんねえ」


 わたしは、いつの間にか二人の会話に聞き入っていた。


 痛みも紛れるし、何だか面白い。芝居の練習なのだろうか。いったいどんな人なのか気になるけれど、顔を上げて確認するのも失礼だと思って、わたしは突っ伏したまま耳を澄ませた。


「そうそう、次の駅で願いを叶えて、次の次で代償を支払う。途中でうまく降りられればいいらしいが、何せここらは険しいですからなあ」

「こんなところで落ちたら、奪われるよりも酷い目に遭いかねませんな」


 険しい。不思議な単語が出てきた。


 この路線は延々と田園地帯を走るはずだ。今は稲の緑色が一番鮮やかで、遠くから見る限りはとてもいい気分になれる季節だ。

 流石に気になったわたしは少しだけ腕を動かし、隙間を空けた。そして横目で隣の乗客を確認する。


「!?」


 わたしは目を疑う。


 そこに居るはずの人は、居なかった。


 声は確かにそこから聞こえてくるし、二人が座ったときにはシートが少し揺れたのも感じた。


 それなのに、そこには空の座席があり、隅まで見渡すことができた。


 わたしは思わず息を呑み、そして頭痛がよりいっそう酷くなる。ごわんごわんと耳鳴りが聞こえてきて、全身から冷や汗が噴き出した。

 脳を何者かに力一杯捻られているような感覚だった。


 一体隣で何が起きているのか。顔を上げて確認したいのに、あまりの痛みでわたしは身動きが取れなくなっていた。


「さてさて、どうしますかな。そろそろ駅に着いてしまいますな」

「ふんふん、あちらの車輌でやり過ごしましょう。移動専用車輌ができて本当に助かりますな」

「そうそう、前まではどの車輌で遭遇するか分からなかったですからなあ」


 見えない二人はそこまで会話した後、立ち上がった。もちろんそれが見えたわけではない、立ち上がる音と、シートの加重が無くなり張りが戻ったのを感じただけだ。


 とことこという、まるで木靴でも履いているかのような足音は、わたしの前を通り、やがて聞こえなくなった。


 わたしはいつの間にか扇風ファンの風が無くなっていたことに、ようやく気付いた。

 異変をはっきりと認識したのは、そのときだった。

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