第二話 初めての学校

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「ジャピニオン国立魔導師基礎学舎」

 魔導師Sorcerer小学校primary schoolの正式名称らしい。


 千年前までは一般的だったという、ジャピニオン伝統様式で建造された木造二階建ての建物には12室程の教室があり、各教室には10~15名ほどの子供達がいた。


 この学校には、年齢の違う1~6学年に分けられ、各々の学年が男女別に2クラスずつ設置されていた。そのも、近年古い地層から発掘された千年以上前の古文書を参考に制度が整えられたらしい。

 そして、1階の一番端にある教室がダイム達のクラスであった。


(なぁ、トト。あいつ、見ろよ。)

 窓際の一番後ろに座る一人の生徒に目配せを送り、ダイムが送念する。


 トトはダイムの目線の先にいた男の子へと目を向ける。

(彼がどうかしたのかい?)


(あいつ、確か---ディン・クロノスだったかな。父さんに一度連れられて家に行ったことがある。確か、国の偉い人の子供だとか言っていた気がする。)


(偉い人?それじゃあ、君のお父さんの上司ってこと?)

(かもね。父さんが首都に向かう何日か前に一度--ね。なんか、彼の父さんに挨拶をしに来てたんだ。その時、僕は時間をもてあそんでいたから、彼と一緒に遊んでいた記憶がある。)

(へぇ。早速知り合いが居たなんて、君は運がいいね!)

(あぁ、後で彼に父さんの事を聞いてみるよ。)


 ダイムの父、オルテガ・リンデンは国境警備局所属の第五部隊長であった。

 2年前の春、彼は突然上司であるクロノス長官に呼び出され首都『イムニア』への配属を言い渡された。それは栄転でもあった。


 オルテガは(極秘任務だから)と詳しいことは話さず、数日後にはイムニアへと旅立っていた。

 それから連絡もなく1年が過ぎた頃、突然帰って来たかと思うと、トトを連れ帰って来た。トトをベッドに寝かし付けると、父は多くは伝えずに、そのまま家を後にしていた。


 その時、父から託された約束---。

 何があっても

 ダイムは、あの誇り高い父から託された約束を今でも胸に留めていた。


 出会ったばかりの頃のトトは、自分の名前や過去の記憶を全て失っていた。青い瞳が語る彼の過去は、と想像させられた。

 父から伝えられていた「トト・ロムルス」という名前も、彼本人は覚えてはいなかった。


 母メイも不憫に思ったのか、トトに対してもダイム同様に愛情深く接していた。


 物思いにふけっていると、授業開始を報せる赤色灯が点滅している事に気付き、生徒達が一斉に起立する。


 すると、背が高く華奢で知性的な雰囲気を持つ男性が教室に入って来る。ダイムは他の皆よりワンテンポ遅れて起立をする。そして、入って来た男性の顔を見るなり驚きを隠せなかった。


(--皆さん、おはよう。では、着席を。)

 男性は生徒達に着席を促すと、笑顔で生徒達一人一人の顔を一瞥いちべつする。


 --この人、確か、、、。「ティム・クロノス長官」---。


 そう。ディンの父でもあり、自身の父オルテガの上官でもあった男性であった。


 ティムの自己紹介によると、彼は国防庁直下組織の長官の座を捨ててまで新設の教育庁に入官し、今年の春よりこの学校の教員として赴任したとのこと。


(ティム先生--。)

 不意にトトが手を挙げる。

(君は--トト・ロムルス君か。そうか、君が---。)

 ティムはトトの顔を見るなり、を得心したようだったが、そのまま続けた。

(--それで、トト君。何か質問でしょうか?)


(--えっと、先生は首都に行ったことはありますか?)


(えぇ。--ディンが産まれるまでは十数年間首都イムニアに住んでおりました。最終的に国防庁直下の首都圏近衛警備局長官として務めておりましたが---。ただ、息子の事は、私の産まれ故郷のこの街で育てたいとずっと考えていてね---。)

 ティムは優しく微笑み、ディンに視線を向ける。


 内気なのか、そこに居た全員の視線を受けたディンは顔を赤らめ俯いていた。


(さて、それではお喋りはここまで--。授業を始めますよ。)


 ----・・・

 一時間目の授業は「ジャピニオンの歴史と古の魔法について」だった。

 何故、ジャピニオンの民は古来よりを使えていたのか。

 だが、大戦以後は魔導具を使わずしてを具現化出来た者は一人としていない。

 その謎は未だに研究中であり、現段階では仮説程度の結論しか出ていないということであった。


 放課後、ダイムは父の事を訊ねるべくティム先生を訪ねていた。


(あぁ、ダイム君---。そろそろ来る頃だろうと思っていました。)

 ティムは柔らかな笑みを浮かべ、ダイムを向かいの席へと座るよう、掌で誘導した。


(---オルテガの事だね?)

 ダイムの考えている事がまるで分かっているかのように、ティムの方から切り出していた。


(--2年前、確かに彼を首都近衛警備局、第二部隊長に推薦したのは私です。首都で何があったのかは私も聞いてはいないのですが---。1年前彼は一度、意識の無いトト君を抱え私の家を訪れたことがありました。彼は何があったかのかは深くは語らなかった---ただ『自分の息子と、このを守って欲しい』とだけ---。彼は私にとっても大切なだった。だから私はこうして教師として君たちの傍にいようと赴任して来たのです。)


(それじゃあ、先生も今、父さんが何処で何をしているのかは---?)

 ダイムはすがるような上目でティムの顔を見上げる。


(えぇ。残念ながら--。首都に居る同期にも連絡をしてみましたが、君のお父さんはの実行メンバーに抜擢されたとかで、詳しい情報は得られなかったのです。)


(--そうですか。でも、何も連絡が無いって事は---。)

 ダイムはティムの目を見た。すると、彼の目には柔らかな笑みが浮かべられていた。


(えぇ。何かあれば私の元にも通達があるはずです。何も無い、という事はどこかでその任務を遂行している最中であると考えて良いでしょう。)


 そう伝えられると、ダイムは安心とも不安とも取れる気持ちになっていた。


(--心配することはありません。ダイム。オルテガは私の知る限り、最も屈強で勇敢な男です。信じて帰りを待ちましょう。--ほら、早く帰らないと暗くなりますよ。)


 ティムに促され、窓の外を見る。

 空にはオレンジ色に染まる雲が浮かび、東の山には白い月が登り始めていた。


 校門前で待っていたトトと合流すると、急ぎ足で帰っていく。


 その様子を、ティムは教員室の窓辺からそっと見送っていた。


(オルテガ--。私に託したんだい?オルテガ、生きているのなら報せを寄越してください---。)


 薄く藍色に染まった南東の空には、春の巨星「タイタン」が強く光を放っていた---。


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