その男、障害につき

浅賀ソルト

その男、障害につき

子供が暴れたりじっとしたり、なんか関係ない話をしたりと、野生児というよりもっと違う駄目な感じになってしまった。定期検診では問題ありませんということは言われず、もっとはっきりしてからでないと診断は下せませんと言われた。それでもちょっと普通の子とは違うなと、普通の個性の範囲に収まる感じだよなと、そんな不安定な気持ちをいったり来たりしながら数年を過ごし、4歳から5歳になるころに、自分の息子が障害児であることが確定した。

そして虐待を疑われた。

「いや、そんなことはありません」もちろん心当たりがなかった私は支援施設の職員にそう言った。「叩いたりしたこともありません」

「いやいやいや。すいません。いまの質問でそういう風に受け取られる方もいますが、そういう意味ではないんです」面接の相手は穏やかにそう言った。

質問は、叩いたり怒鳴ったりといったことはしましたかというもので、虐待してましたかと聞いたようなものだろう。私は納得せずに返事をしなかった。

「子供だから言うことを聞かないときは普通にあります。そして常に聖母マリアでいられる人はいません」

私は頷いた。

次の言葉が来るまでにかなり計算された間があった。演技くさくて私は逆に鼻についた。

息を吸って、吐いて。また吸って、また吐いて。

常に聖母マリアでいられる人はいません。

「支援施設でも、まったく怒鳴らないというわけにはいきません。そして、もちろん、我々職員が虐待しているわけでもありません」

そうかな? そこはプロなんだから怒鳴らずにうまく支援して欲しいけど。

「心当たりがあれば、教えて欲しいんです。お子さんの情報はあればあるほど助かりますから」

私は思い出しながら言った。そうはいってもなんでも話せるというわけでもないから——どうしてもカッとなることはある。誰でもあると思っているけど、かといって人に話せるようなことでもない。こういうのは子育てしている人間同士の暗黙の了解というものだ——なんとなく言葉を選びながら、「そうですねえ」と話してみた。

「怒鳴るとか叱るとかはやっぱり毎日です。暴れたときに押さえつけることもあります。最近は力が強くなって痣になります」

「分かります。子供は手加減しませんからね」

「ええ」

「あとは、子供の前で夫婦喧嘩とかはありますか?」

乳幼児にとって、目の前での両親の喧嘩は成長を阻害させるとかいう説だっけか? そんなのありましたね。夫婦喧嘩をしない夫婦がいるとは思えないけど、「ないですね」と答えた。

「夫婦喧嘩はないですか。それとも、一応、子供が寝てから喧嘩しますか?」

初対面なのに、親身な聞き方だった。プロだなと思った。「喧嘩はないです」

「子供が障害児だと気づいたときの話し合いはどうでした?」

「どうって……」

息子の義人よしとが、何か集中力が続かないというのは気になっていた。また、体のコントロールというか制御が下手で、家のなかであちこちにぶつかったりこぼしたりしていた。

夫がちょっと声のトーンを変えて、「義人だけど、『テーブルのリモコン取って』って言ったんだよ。で手に取って、そこで俺に渡すのを忘れて、なんだこれって顔でまたテーブルに置いたんだよ。さすがにおかしくない?」と言った。

こういう違和感をお互いに相談することは頻繁になっていた。「まあ、子供だからね。私もそういうことあったよ」

この流し方もいつもだった。私が違和感を口にして、夫が子供だからと流すこともあった。

その日も夫はそれ以上追求しなかった。

うちの子はおかしいと確信したのはそのときだった。

認めると全身から力が抜けた。立っていられなくなった。

「おい、どうした? 大丈夫か?」夫は言った。

義人はリビングにいてぼーっとしていた。こっちをちらっと見た。しかし、すぐに興味をなくした。お母さんどうしたの?の言葉もなかった。

私は一気に自分の息子に駆け寄り、その横顔を思い切り張り叩いた。義人の体はぶっとんだ。

床に倒れて義人は泣き出したが、私はその姿を見下ろすだけだった。

夫が近付いてきて、泣いている義人をもう一発叩き、ますます泣いたのでもう一度叩いた。

それで子供が泣きやむということはない。

うえーんと泣くのを夫婦で時計を見ながら10分計り、それからやっとどっこいせという感じで、「おー、よしよし」と慰めた。義人は鼻水まみれでとても汚い生き物だった。

こんなに汚かったっけ?と私は思った。

思い出してみても、やっぱり普通だと思う。

「特にはありません。しょうがないから、夫婦で力を合わせようということになって……」

「なるほど。分かりました」職員はそれ以上追求しなかった。

やっぱりこの程度のことは普通だと思うし、それをわざわざ言わないのは暗黙の了解だと思う。これを読んで引いた人もいると思うが、もっとひどいことを親は必ずやる。こういうことを何回か繰り返して、やっと今の私のように落ち着いていられるのだ。

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