2-107. ダンジョンキーパー、レイフィアス・ケラー「クソ雑魚ナメクジ弱いです」


 

 ハローハローCQCQ、こちら本部、こちら本部。低層階拠点のレイッピさん、状況はいかがですか? ドーゾ。

 

 こちら低層階拠点のレイッピです。既に三箇所の洞窟、小さな遺跡、小さな裂け目を制圧。インプ部隊による魔力中継点マナ・ポータルの建設も終了し、支配領域を拡大。原住生物の数頭が従属化しています、ドーゾ。

 

 ───なんてなやりとりは別にしていない、というかどちらも僕なので文字通りに一人芝居の夢芝居であるわけだけども。

 

 上に行くか下に行くか?

 ひとまず僕が選択したのは下の階層の攻略だ。

 裂け目の内側の岩壁には相変わらず蜘蛛の袋状にした通路を這わせて、数ヶ所定間隔に穴を掘り魔力中継点マナ・ポータルを置き巡回する大蜘蛛たちの避難所にする。まあ闇の森の隠れ道と同じような感じだ。

 それとは別に、今居る階層から下へ向けて何段階かの階層を降りて地下道を伸ばし、程良き辺りに“第二のダンジョンハート”を作った。

 第二のダンジョンハート、と言っても、要はバージョンアップされた大型の魔力中継点マナ・ポータルを設置してるというだけ。そしてそこの暫定管理人として「水の迷宮」での敵キーパーであり、今は僕の使い魔(仮)でもあるケルッピさんを配属したのだ。

 つまり……子会社の社長、だ。

 

 本部拠点であるこちらは完全な守り体制で情報収集を主な業務として、ケルッピさんの子会社が低層部分の探索と攻略をしていく……という感じ。

 普通にやるとこれ、僕一人でマルチタスク的にやらなきゃならなくなるのでえらいしんどいのだけど、子会社社長のケルッピCEOには大型魔力中継点マナ・ポータルの管理権の一部を解放している。なのでそこからケルッピさん自身が魔力を引き出して魔獣の召喚や使役、環境の調整などを行い、こちらからの大まかな方針に対してケルッピさん自身の意志、考えで行動を出来る。

 ただ、ケルッピさんはダンジョン造りそのものはものすごく下手くそなので、そこだけはやらせないように設定した。

 

 大まかな配置と構造作りまではこちらでやって、後の細かいところはケルッピさんにおおむねお任せにしておいたのだけど、後日確認したらまあ見事に最初の「水の迷宮」の再現をしてくれていた。

 大型魔力中継点マナ・ポータルのホールを完全に地底湖状態に環境を変えて、水の迷宮に居た水棲魔獣達をポンコロ召喚してる。

 良いのかこれ、生態系とか破壊しちゃわない?

 とかも思ったけど、終わったら元の場所へ送り返そうか。

 

 とは言え懐かしの触手獣テンタクルさんなんかは基本的には水の中でしか活動出来ない。なので外への探索には使えない。使えないのに何故呼んだ? とも言いたいが、子会社の防衛要員として好き勝手泳いでてもらうしかない。

 ある程度体制が整ったら、ケルッピさんは岩蟹部隊と双頭オオサンショウウオ部隊をドヤ顔で引き連れて自ら周囲を探索、制圧に向かい、現時点での成果は新たに三拠点を支配下にして魔力中継点マナ・ポータルを建設したところ。

 既にある場所を拠点化しつつも、あまり新たに穴を掘らないのは、この周辺の地盤がけっこう固いから。

 いやまあ、固いんだこれが。当然だけどさ。岩ばかりだもの。

 上の層も掘るのに結構一苦労。インプ達が、ね。

 

 低層階、つまり巨大な裂け目の底の方には僕らの居る中層より草木も多く生き物も居る。

 例えば鹿。まあ、ふつうに鹿だ。背中に黒い紋様のある種や、赤茶色の毛並みの鹿など数種類。角の形も小さいものやややねじれたものと様々。

 普通の黒毛の熊や大型の雪豹なんかも居る。

 聖獣となったタカギさんが居ないことで、そういう魔獣ではない一般の生物の反応も変わるかな? とも思ったけども、それほどでもなかった。

 聖獣ほどではなくともやはり精霊獣のケルッピさんに対しては、例え凶暴な野獣でも無闇に敵対するような真似はしないらしい。

 

 なので雰囲気としては、子会社というよりは……アレだ。

「新たに進出してきた暴力団の組長」みたいな腫れ物扱いで遠巻きにされてる感じ?

 まあこの地域に本来居ないような半水棲魔獣を引き連れた精霊獣なんて、野生動物が警戒しないわけがない。

 

 必然、敵対するのは野生動物よりも「イケイケでガラの悪い」連中、つまり魔獣達になる。

 

 最初に遭遇したのは既にお馴染み岩鱗熊……と思いきや、やや違っていた。

 毛が灰色がかった白。灰色岩鱗熊、とでも言うか、シンプルに闇の森にも居る茶色の岩鱗熊の上位互換。体格も一回り大きく、魔力も多いし鱗もより固い。

 それに対して新興暴力団ケルッピ組は、最初は脳筋ごり押しで完敗。いやそりゃそうですがな、ケルッピさん。

 次は僕が【憑依】をして灰色岩鱗熊を拠点内にまでおびき寄せて、地盤の固い通路の落とし穴へとはめて【水の奔流】を浴びせて弱らせる。

 その落とし穴は水路で繋がっていて、ケルッピさんの召喚した魔獣の中では最強ながらも陸上では再弱になる触手獣テンタクルさんが待ちかまえており、熱い包容で歓迎した。

 そこでとどめか……というとそうではなく、弱らせつつも殺しはせずに別の区画、牢獄へと収容する。

 これはここに来てから新しく使えるようになった区画で、そのまま文字通りに敵を捕らえておく為の牢獄だ。

 

 捕まえ閉じこめることで、例の魔力中継点マナ・ポータルによる従属化効果を高める。

 まあわかりやすく言えば「洗脳して手下にする為の区画」。

 なんともえげつないけども、土の迷宮から岩鱗熊を再召喚するよりコストもかからずしかも強いので、新たな陸上のエースとして是非スカウトしたい。

 一日そこに閉じこめ、ついでに魔造チキンをたらふく食わせていたら従属化に成功した。現地採用第一号である。

 勿論忠誠度は最低ラインなので、たっぷりの食事や福利厚生も重要です、ええ、ええ。

 

 次に遭遇したのは金色まだらのトカゲみたいな奴ら。大きさは人間大から犬くらいで、結構デカい。

 “生ける石イアン”曰わく、金色オオヤモリというクロオオヤモリの変種で、成長過程で特性の変化するタイプの魔獣だとかで、金色の奴は周りに呪いを撒き散らす。

 けどこれ、属性が闇属性で闇の森の“呪い”と同じ。なのでダークエルフの僕にはそんなに効かないやつだ。アデリアやジャンヌだとかなりキツいだろうけど。ジャンヌは比較的マシかな?

 

 で、コイツ等はだいたい数頭から十数頭の群れを作り集団で狩りをするらしい。

 ただしその狩りの仕方は至って単純。猛スピードで近寄り、“呪い”の力で獲物を弱らせて馬鹿でかい口で頭からかぶりつく。

 高い機動性に速度、呪い、マルカジリ。このスリーステップ。

 ただしこれは双頭オオサンショウウオや岩蟹には実に相性が悪い。両者とも金色オオヤモリよりも巨体な上、魔獣なので人間や他の野生動物よりも“呪い”への耐性がある。普通の人間や毒蛇犬のような小型の魔獣、野生動物には最悪の狩猟者だけれども、対大型魔獣という点では結構弱い。

 一応、役に立たないことは無いだろうということでケルッピさん部隊で囲んで弱らせた数頭をまたもや牢獄入りさせて従属化。戦いで死んだ数頭は加工用素材叉は食料として保管したけど、魔獣肉としても各段に濁った魔力が多いのでそのままだと僕でもお腹壊しそう。丁寧な魔力抜き作業が必要だなあ。

 

 

 そんなこんなで谷底近辺の低層階にケルッピ組を進出させ領域を拡張する路線にしたのには理由がある。

 この谷の外への安全な出口を作る、または見つける為だ。

 

 最初の「水の迷宮」や次の「火の迷宮」では、そもそもの開始位置、つまりダンジョンハートが地下深くにあった。

 なので地表までの距離や、そこに至るまでの安全性が全く予測できず、直接外部へ向かうという選択肢を断念せざるを得なかった。

 しかし前回の「土の迷宮」からは、開始位置は地表に近く、“生ける石イアン”曰わくそのままあの盆地の外部へと向かうことも可能だった。

 そして今回。

 

 今回は逆に、かなりの標高の山の上だ。

 しかも、巨大な山脈の裂け目、谷間ではあるが、既に外部への道は通じているらしい。

 なので後は安全な道を確保さえすれば、ジャンヌとアデリアの二人を仲間の元に返してあげることは十分に可能なのだ。

 可能な……ハズなのだ。うん。

 

 つまり現在の指針として、まず第一は拠点の安全の確保。第二は外部への安全な道のりの確保。そして第三が、敵キーパーの打破、叉は敵キーパーの保有する魔力溜まりマナプール、ダンジョンハートの確保、という優先順位。

 敵キーパーの打破とジャンヌ、アデリア達の安全を確保することを同時にやろうとするよりは、よっぽどやりやすい。

 

 そしてそれらの内第二の指針は基本的に下位団体である任侠団体ケルッピ組に基本丸投げして、その間にジャンヌとアデリアが仲間の元へ帰還する為の準備をする。

 今まで以上に長期計画なプランにはなるけど、そこンところは仕方ない。

 うーむ。手札が微妙だ。灰色岩鱗熊のみならず、もう一枚くらいパワーファイターが欲しい。

 

 ◇ ◆ ◇

 

「あひぃ、うぎぎぃ、みぴぃっ……ぐぼぁぁっっ……ギィぴっ!!」

 

 とても乙女とは言えない呻き声を上げているのは勿論アデリア。

 既に日課の朝のストレッチである。ストレッチというのは普段以上に筋肉を伸ばし、その後回復することで今まで以上の柔軟性を得る訓練なので、身体の固い者が「痛くない程度」にやってたらいつまでも柔軟性は高まらない。

 とは言えもちろん、「痛すぎる」ほどやってもダメで、その辺の加減はなかなか難しい。

 

「あと、また、20、数えます」

 床へ尻をついて開脚し伸ばした脚の間へと前屈するアデリアの背に体重をかけながら、そう宣言。

「みきゅぴィ~~~……あかんて~~、背中折れるゥ~~」

 

「折れねーよ。てか、お前その声、どこから出てきてんだよ……」

 呆れたようにそう言うジャンヌは、既にアデリアよりも高い柔軟性を見せており、同じ体勢でありつつ上体をぺったりと地面へとつけている。うーむ、スゴい。

 

 柔軟性は魔力循環にも関係してはいるが、実質的な意味での魔力循環に絶対に必要なわけでもない。身体の固い魔術師なんて山ほど居る。

 あくまで循環のイメージを作るための下準備。ただそれとは無関係に、やはり安全に仲間の元へと戻る為にはこういう基礎訓練は必要になる。

 戦士ではないからと言って、筋肉が固くて得をする事など何一つないのだ……!

 

 実際、ジャンヌの動きは各段に良くなってきている。しなやかさに速度、反射もそうだし、白骨兵相手の模擬戦でも勝率がグングン上がってる。

 ジャンヌの場合あとは持久力、スタミナ作りだが、ストレッチで柔軟性を高めれば疲れやすさも変わるので、その辺も少しは向上するだろう。

 勿論有酸素運動による訓練も忘れない。

 

 その有酸素運動の為に、訓練室はかなり広めで、ちょっとしたトラックもつけている。延々とぐるぐるぐるぐる周回出来るのだ。

 ストレッチに手間取っているアデリアを尻目に、早めにジョギングを始めるジャンヌ。うーむ、なんというかフォームもまあ美しいなあ。

 

 尚、僕は運動音痴即ちウンチ仲間としてアデリアとペアを組んで運動をしている。

 なのでアデリアに乗る係をした後は、アデリアに乗られる番になる。

 

「にゅへへへ~~……。レイちゃ~ん、覚悟はええかァ~~」

 嬉しそうにニマニマしつつ聞いてくるが、答えはイエェェェェェッッス! だ。

「……問題、ありません」

「ほな、行くかんねえ~~……」

 むぎぎぎぎぎぎぃぃぃッッッ!!!

「ほらほら、レイちゃ~ん、もっと優しゥして欲しかったら、可愛くおねだりしてくれればええねんでー」

「大、丈夫、ですっ……!」

「やぁ~ん、たまらんわー! 苦しげな顔も、めっちゃそそるゥ~~~♪」

 ……楽しそうで、何よりです、ええ。

 あ、ちょっとジャンヌさん、その「可哀想な子を見る目」の向け先、僕まで含めてませんよね!? 

 

 その後にアデリアもジャンヌと一緒にジョギングを始めると、僕は猫熊インプに補助をさせつつ歩行訓練。

 杖を使ってある程度は歩けるものの、決してうまくスムーズに歩けているとは言い難い。

 母ナナイの作ったこのミスリル銀製の義足は、付呪も含めた様々な工夫が凝らされていて普通の義足よりはかなり使いやすい。……はず。

 それでもこちらに来てから例のエアチェアーに座りっぱなしでリハビリを怠っていたので、さらにぎこちなくなっている。

 

 

 歩行訓練を終えたら僕は一旦ダンジョンハートでケルッピ組の他諸々の状況確認とダンジョンの整備、メンテナンスに指示だし。

 それから昼ご飯の準備。と言っても基本シンプルなものばかり。だいたいはこちらに来てから大蜘蛛達が狩った獣の肉を、野草や香草、粗塩と共に蒸したり鍋にしたりするだけ。タンパク質過多ではあるけど、身体作りしているときにはちょうど良いのだ。

 ジャンヌとアデリアは食事休憩を多めにとる。アデリアはたいてい疲れて昼寝。ジャンヌはまた柔軟を始めたりする。

 んで、その後二人で、または召喚した白骨兵などを交えての模擬戦での訓練。

 ここでは結局ジャンヌがアデリアを指導する、という形になってるが……まあ、うん。

 

「何でおまえそこで右手と右足一緒に動かすんだよ?」

「は? へ? 何? や、これ、早ッ……!」

 いやー、僕も相当運動神経は鈍いけど、アデリアはそれを余裕で超えてくれる。

 前世も含めた実感として、また知識として分かっていることだけど、基本この運動神経と言われるものは完全に先天的なもので、後天的修練や学習では絶対に覆らない。

 なので僕もアデリアも死ぬまで運動オンチなのは間違いないけど、それでも「体を動かす癖」だけはつけておいた方が良いのだ。

 良いのだ!

 ……うん、分かってるのよ、理屈では。

 

 

 

 ジャンヌ達が模擬訓練をしている間は、再びダンジョンハートにてキーパー活動。

 

 低階層とここ中階層の間は岩盤がかなり堅いのもあり、コスト的時間的にあまり掘っていないし開発もしてない。

 間に二カ所ほど魔力中継点マナ・ポータルと餌場を作ってはおいたけど、基本は比較的固くない地層を選んで行った、ゆるやかな螺旋状の階段に斜面の通路があるくらいで、大蜘蛛の糸で落下防止のネットやロープを要所に張りつつ、あまり使うことは無さそうだけど荷物運搬用の滑車付きのトロッコとレールも設置した。

 実際の荷物運びはインプや大蜘蛛さんにやってもらう。

 けどここ、ダンジョンハートのデスクにあるパネルによると、この階層から下の低階層のケルッピ組本部とだと、高さにして約500メートル近く差があるっぽい。ましてゆるやかな螺旋状の通路ってなると、移動距離どんだけー!? ってくらいある。

 インプも大蜘蛛もそれぞれに疲れ知らずなところがあるからなんとかなるけど、実際これえらい距離だよ。僕らじゃ無理無理。

 

 ケルッピ組からの上納品は低階層での様々な収集物に倒した魔獣や野生動物の肉や皮。

 肉も全てこちらに持ってきても処理しきれないので、多くは低階層に残して保管してある。

 魔獣達は家畜小屋区画の魔造チキンでも賄えはするんだけど、彼等にもそれぞれ好みがある。

 精霊獣のケルッピさんは特に肉などの食料は必要としない。岩蟹は魔造チキンでも魔獣肉でも、叉は水藻でも食べる。双頭オオサンショウウオはここで穫れる獣肉よりは魔造チキンの方が好みらしいが、逆に新メンの灰色岩鱗熊メンバーは獣肉の方が好み。その上大食漢なので低層階で保管してある獣肉の多くを一頭の灰色岩鱗熊が食う。食いしん坊クマさんか。というかこの新メン、この時期にこの寒さの地域で外をうろついていたってことは、いわゆる“穴持たず”という冬眠し損ねた凶暴な熊なんじゃないか? 

 

 灰色岩鱗熊に限らず、召喚獣や従属魔獣は好みの食料が少ないとか娯楽がないとか寝床の居心地が悪いとか仲の悪い魔獣が近くに居るとかの不満ストレスがあると、不機嫌になり離反にも繋がる。労働者たるものかくあるべきではあるが、その辺の細かい調整は一苦労。

 岩鱗熊や大蜘蛛なんかは、仕事の指示をしていないときは勝手に狩りに出たりもする。それはそれで助かるのだけど、場合によっては別の召喚獣や従属魔獣を食い始めたりもするのでまあ厄介。特に灰色岩鱗熊はあまり数を増やしたくないなあ。賄いきれん。

 

 谷底の探索、制圧は基本的にケルッピ組に任せて居るけど、大蜘蛛部隊による全体の探索も続けている。先行して広く探索をして、その中からケルッピ組の向かう先を指示もしたりする。

 支配領域化して魔力中継点マナ・ポータルを建設すると、その周辺の魔獣を従属化させることがあり、そこもまたケルッピ組の下部組織のようになる。理想を言えば全ての場所を支配領域化したいところだけど、何せここは広すぎる。「土の迷宮」の盆地も広かったけど、ここはより入り組んで複雑だ。

 

 今分かってる範囲でも全体は東西に長く、さらに南北にも大きく伸び細かく分岐している。

 恐らく今居る所は南側の真ん中辺りからやや東寄り。

 そして北側の西よりの方角が、この一帯で最も標高の高い峰があるようだ。

 つまりその辺りにこそ、嵐の霊鳥ルフが居て、敵キーパーの魔力溜まりマナプールがある……可能性も高い。

 なので現時点ではその方面へは監視所を中心とした魔力中継点マナ・ポータルを定間隔に建てつつ、ケルッピ組には反対側を中心に見てもらう。

 

 そして夕方前にはまた食事の支度。

 ガンボンが居た頃に比べると実に味も素っ気もないけど、別に僕が料理が苦手、というわけではない。作ろうと思えばそれなりには作れる。

 ただ、その手間暇が惜しい。料理にかける時間は、ダンジョンキーパーの業務に使いたいのだ。

 決して、断じて料理が出来ない訳ではない。

 

「レイちゃん忙しいんやったら、食事の支度くらい変わろかー?」

 なんてなことを言ってくれたアデリアさん達に一度お任せしてみたところ、アデリアさんのは……うん。生焼けと黒こげのアンサンブルで、ジャンヌさんのは「不味くはない」けど、僕の間に合わせ料理より工夫のないただの塩焼き。

「飯なんてこんなもんだろ?」

 と言う長年のワイルドライフで培われた価値観の中では、やはり「生きるための食」の比重が「楽しみのための食」よりはるかに大きいようでそれもやむなし、とは思う。

 

 なので結局その辺は僕の仕事。平行して翌朝の分も含めてのちょっとした保存食作りもしておく。

 気温も低く、魔導具も使えれば、ここでの食料保存にはほとんど問題はない。だけどもこの後どうなるか分からないし、何よりアデリア達がここを立ち去り仲間の元へと戻る際の携帯食が必要だ。

 基本的にはそれほど多くは採れないベリー系の小さな木の実等をドライフルーツにしたり、肉を薫製にしたりというもので、実作業はインプ達に任せてる。

 

 インプ達、と言えば、工房区画での製作作業もそこそこ順調で、例の金色オオヤモリの皮などを使った防具やバッグなんかも作られてる。

 金、白、黒のまだら模様という毒々しい色合いがすげえ「趣味の悪い成金」感ハンパねぇのだけど、なかなか丈夫な上に魔法への抵抗力もややあるので、これはこれで重宝だ。

 母ナナイと違い鍛冶や皮細工、それに付呪なんかはさほど得意ではないけど、工房区画の補正で元から細かい作業に向いているインプ達の手に掛かるとそれなりの出来になり、一応僕が最後に申し訳程度に効果を高めて壊れにくくする付呪をかけることで、なかなかの仕上がりに。

 

 ジャンヌの基本装備はドワーフ合金製の胸当てにオープンフェイスの兜。武器はダガーにハンマー。大きさは小さめだが、結構取り回しがしやすいものを選んでるようだ。

 篭手とブーツが普通の革製だったので、その分を金色オオヤモリの皮のものに代えると、今までより軽く動きやすいとのこと。

 最初は受け取りを渋り、やいのやいのと押し問答もあったが、アデリアの脳天気な「えー? いらんのー? せやたらアタシにちょうだいー!」の言葉で諦めて受け取った。

「……この分は身体で返す」

 とかなんとか言うけど……言い方! この場合「働いて返す」でないの!? クトリア的な言い回し? 分かんないけど!

 

 アデリアにも同様に一式揃えて渡す。体力的な理由でか重めのドワーフ合金装備をせず革の胸当てまでだったアデリアには全身金色オオヤモリの革鎧となるが……いやーーーー、目に痛い! うーん、もう少しこう……光沢を減らすマットな処理は出来なかったのかしらん?

 まあ二人とも最終的にはその上から大蜘蛛アラリン制作の魔布のフード付きトーガを羽織るから、遠目にはそんなに目立たないかなあ、と思いはするが……。

「うわー、これめっちゃ派手でカッコエエー! アリガトー、ほんまアリガトー!」

 テンション爆上がりでキスの嵐だ。

 センスが……センスがちょっとヤンキーっぽいですよ、アデリアさん!?

 

 アデリアの武器はというとやはりドワーフ合金製のダガーと、何故か木の棒を持っていた。

 本人曰く、「これな! “猛獣”ヴィオレトの魔獣軍団が襲ってきたときにな! とわーー! の、ちょわーーー! で、めっちゃ大活躍して、ジャンヌのことも助けたったんよ!」とのこと。

 え? 本当? と、ジャンヌに目で問いかけると、不満げな顔で小さく頷く。少なくともそういう……それに類する事実はあったようだ。

 それならば、ということで、その木の棒にさらなる効果を持たせ改良しよう、ということになり、まずはインプに形を整えさせ握りやすく振りやすい木刀に加工させ、魔法文字を刻み込んでの付呪をする。

 

 付呪の際、印や魔法文字を直接刻むと付呪の成功率や効果が上がるのだけど、それだとどんな付呪が仕掛けられてるかが解析されやすくなる。なので高位の付呪師は目に見えない術式を使い付呪をするけど、その辺はこの際手軽で簡単という実利をとる。

 基本的に付呪したのは三つで、一つはシンプルに壊れにくくする【不壊】。もう一つは【魔力通し】だ。

 これの【魔力通し】というのは、「魔法の武器へ一時的に魔力を通して性能を上げる」ということがし易くなるというもの。

 人間たちの多くは魔晶石を消費して魔法の武器を使うというやり方をするが、これはアデリアの魔力循環練習の為に付けた。

 「魔法の武器に魔力を通す」という具体的な目的がある方が、ただ漫然と「周囲の魔力を取り込み体内を通してから放出する」とするよりも分かりやすいしやりやすくなる。

 

 で、最後の一つは幻惑系統の【恐怖】効果。

 つまりアデリアがこの木刀に上手く魔力を通して循環させて攻撃を当てると、ある程度の確率で相手に恐怖心を抱かせることが出来る。

 これがちょっとした野生動物や小型の魔獣程度ならば、恐慌をきたして逃走することもある。

 ただ、そんなにたいした効果ではないので、岩鱗熊だの金色オオヤモリくらいの魔獣にはたぶん通用しない。

 あくまでお守り程度の効果だ。

 

 理想としては、アデリアが闇雲に振り回した木刀がラッキーヒットして、恐怖で動きのにぶった相手をジャンヌが仕留める……みたいな流れが出来ればめっけもの、だろう。

 

 夕飯後には食休みをして風呂に入り魔力循環訓練と疲労回復を兼ねたマッサージ。

 この辺りまではもう完全に日々のローテーションとなっている。

 ジャンヌはかなり魔力循環が上手くなってきている。このままいけば、もし再び魔力飽和状態になってもそうそう具合を悪くしたり魔力瘤が出来たり……ということは無いだろう。

 アデリアは……うん。双頭オオサンショウウオの肉くらいなら食べても大丈夫かな?

 あれは魔力そのものはそんなに多くない魔獣だしね。

 

 アデリアは魔法の木刀“オソロシ丸”(命名、アデリア)を使っての魔力循環訓練が気に入ったらしく、風呂上がりにもそれを握り締めてうんうん唸っている。

「あまり力まない。もっと身体の中の流れを感じ、ゆだねます」

 魔“力”なんて言うから、なれない人はつい身体、つまり筋肉に力を入れてしまいがちかもしれないが、それは全く逆効果。

 筋肉に力を入れると言うことはつまり身体を緊張させるということで、身体を緊張させてしまうと意識も緊張し、魔力の流れを阻害する。

 息をするように魔力循環出来るようになれば身体に力を入れつつ魔力を循環させるのも訳ないが、今のアデリアはその段階には程遠いい。

 

 その様子を見ていたジャンヌが、不意につっと立ち上がりアデリアの後ろへ。それからじっくりと上から下へと視線を這わせて、これまた不意に両手を握りつつ親指だけを突き出すようにして腰の後ろを強く押した。

「むひゃっ!?」

 またもや変な悲鳴をあげつつ驚き振り返るアデリア。そりゃ驚くだろうけど……僕も驚いた。

「ちょ、何すんのん、もぅ~~~!!」

 丸い顔をさらに膨らませるようにして怒るアデリアに、ジャンヌはしれっと、

「出来ただろ、それ」

「へ? 何が?」

 

 そう。出来たのだ。

 ジャンヌに腰の後ろを押されたときに、アデリアは一瞬だけだけれども身体の力みが抜けて、わずかながら体内の魔力を木刀“オソロシ丸”へと繋げて籠めることが出来た。

「……出来てます。少しですが。アデリア、オソロシ丸の魔力を、感じとれますか?」

「へ? え? 何? どゆこ……え? 何、何これ? 何か……何か感じる!?」

 自分の中から魔法の武器へと籠めた魔力を、うっすらとながら感じ取り、その初めての感覚に戸惑い慌てるアデリア。

 

「ジャンヌ、今のは、何故そうしたですか?」

 そう聞くとまた事も無げにジャンヌは、

「ガチガチに力んでるし、腰のあたりが重ったるそーにしてっから、ちょっとつついてやりゃ抜けるかなー、と思ってよ」

「“視”えてるのですか?」

「は?」

 

 どうやら、魔力の流れが視えている……というワケではなさそうだ。

 けれどもジャンヌの見立ては実に正確で、アデリアは力みすぎによって体内を巡らせていた少ない魔力がヘソの下、いわゆる前世で言うところの丹田の位置に変な形で滞らせ、魔力循環を停滞させていた。

 そこにジャンヌは軽く電気信号を送るかのように自分の魔力でショックを与えて滞りを解消して、その結果アデリアの魔力が魔剣“オソロシ丸”へと繋がった。

 

「……昔から、出来たの、ですか?」

「……よく分かンねーけど、アタシがまだすげーガキの頃に調子悪ィと、オフクロとかが似たよーなことしてくれてたからよ。

 なんとなく覚えてんだよ」

 

 ───そうか。彼女が莫大な魔力を持ちつつ、叉魔力瘤を患わせつつも生き延び続けていたのは、その母親からの幼い頃の教えがあったからか。

 体外へと繋げて循環させる方法は知らないけど、一時的に滞りを解すやり方を、そうやって自然に覚え、行ってたからなのかもしれない。

「貴女の、母は、魔術師だったのですか?」

「さあ、違うんじゃねーの? 強かったけどな、べらぼうによ」

 そう言うとやや目を細めて、何かを思い出すような遠い目をしつつ、

「───妃だってよ」

「え?」

「いや……何だかな。今思い出したんだ。一緒に居た部族の連中は、オフクロの事を妃……“災厄の美妃の娘”だとか……そんなあだ名で呼んでたんだよな」

 

 言ってから、暫くの沈黙の後に不意に顔を背け、それからパシンとアデリアを軽く叩き、

「いつまで棒っきれ握りしめてんだよ。そろそろ寝る時間だろ!」

 と、ダンジョンハートを出ていく。

「い、痛ったい! もう、ええやん! 初めてマホウケン使えたんやもん!

 あ、ね、ね、見た? 見てた? アタシこれもう“マホウケンシ”ちゃう?

 めっちゃ強なったんちゃう!?」

 そうはしゃぐアデリアに僕は、

「いえ。アデリアはめちゃめちゃクソ雑魚ナメクジ弱いです」

 と適当に返しつつ、頭の中で先程の言葉について考えている。

 横ではアデリアがまたわんわんと騒いで百面相をしているが、何を言ってるかなどまるで耳に入っては来ない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る