2-106. ダンジョンキーパー、レイフィアス・ケラー「どこから手を着ければ良いのやら……」


 

 正直、舐めてた。

 そう反省せざるを得ない。

 最初の地底湖があった「水の迷宮」。火焔蟻に乗っ取られてしまっていた「火の迷宮」。そして一つ前の、樹木の精霊ドリュアスが支配していた自然豊かな盆地の「土の迷宮」。

 ゴタゴタありつつ、紆余曲折ありつつ、なんだかんだ言ってなかなか「巧いこと」行っていた。

 

 けどここはヤバい。今までの……巨大デンキウナギモドキとか、火焔蟻の女王とか、岩鱗熊含む猛獣打線との陣取り合戦とか、それぞれ勿論ヤバかったけど、ここの“ヤバい”はそれらを超えている。

 

 まず環境。

 寒い。今まで以上に寒い。

 地下から始まる為もあり、「火の迷宮」以外はどこもひんやりとしていたけど、どうもここは今まで以上に寒い。

 最初はそれほど気にならなかったが、一度外への通路を開けたらそこからどんどん冷気が入りだした。

 それと空気もけっこう薄いっぽい。今はもう慣れたけど、最初の頃は軽い頭痛がしたり目眩のような感じでくらくらしたりもしてて、もしかしたら高山病になりかけてたのかもしれない。

 薄い空気に、冷気と強い風。やはりここはかなり標高の高い山岳地帯なのだろう。

 

「外」は、高い山の巨大な裂け目の内側に面している。裂け目、というけども長大な谷間、という方が良いかもしれない。

 正直全長がどのくらいなのかも分からないくらいだ。

 その谷間を、所謂ビル風のように風が岩壁を反射をしていて、勢いが物凄い。

 まさに風の谷、いや、暴風突風の谷、だ。

 外に出ればフライ系の飛ぶ大型魔虫はほぼ無力。毒蛇犬くらいの体重でもまともに動けず吹き飛ばされる。岩鱗熊なら堂々たるものだが……もう一つの脅威により容易く排除されてしまう。

 

 そう、二つ目の脅威。“敵”。

 壁を開けて“外”の空間へ行き、最初に遭遇した第一村人……ならぬ、第一エネミー。

 それが体長10メートルは越えるかという巨大な鳥、嵐の霊鳥であるルフで、強風にも揺らがぬ重さと体長3メートルはある巨躯の岩鱗熊を両足でわっしと掴み上げ、そのまま悠々と飛び去って行った。

 

 ケタが違う。存在としてのケタがまるで違う。なんだかんだでガチンコ勝負で勝てた巨大デンキウナギモドキや、自ら動くことが出来ない為こちらの策にハマってしまった火焔蟻の女王。そして「取り引きによる魔力溜まりマナプールの委譲」というもはや反則技みたいなやり方でクリアした土の迷宮の諸々の魔獣達……。

 単純な大きさだけではなく、もう存在としてのケタが、嵐の霊鳥ルフは違うのだ。

 

 勝てる、勝てない、の話ではない。

 とにかく見つからないよう、敵対されないようにしなければならない……。

 

 ◇ ◆ ◇

 

「ほんでな! そこで出てきたのが、ものっすごいデッカい岩蟹なんよ! うわーー、て。うわーー、やて!

 何かもう、3、4パーカ(9~12メートル)近くあったんねんて! そんなんどないもでけへんやん!?」

 身振り手振り交えての大熱演。

 

「そんでな、師匠は閃いたんよ。

 『相手がデカいなら、こっちもデカいのをぶつけたらええねん!』て!

 急遽エアボートの魔晶石の……こうーー何やろ? 角度とか? そんなんをいじくってな。

 ちょっとの間だけでも水中を進めるように改造したってんて!

 ほんでな、ほんでな、その地下水路? を、ぐわーーーって、こう、ぐわーーーって潜り抜けてな!

 がーーん! 言うて船体ごとぶち当たってやってんて!

 スッゴいやろ? がーーん! て! がーーーん! やって!」

 

 擬音やら誇張表現が多すぎて逆に情景が掴みにくいけど、何でもこれは、アデリアの言うところの“師匠”という魔導技師が、濁った魔力溜まりマナプールと融合し巨大化していた岩蟹を退治したときの話らしい。

 多分その状態は、僕らが“火の迷宮”で出会った“火焔蟻の女王”とほぼ同じようなものだと思う。

 

 普通の獣が魔力溜まりマナプールの魔力を多く浴びることで魔獣化する、ということは多々ある。

 人為的、または管理されてる魔力溜まりマナプールでは魔力の濁りが少なく何らかの処理がなされているため、そういう「事故」は起きにくい。

 逆に自然発生した魔力溜まりマナプールは周囲の環境による影響を受けやすく、濁りも発生しやすい。

 なので僕らダークエルフなんかの場合、巡回レンジャーが自然発生した魔力溜まりマナプールを見つけると、呪術師を引き連れてその魔力溜まりマナプールを全て結晶化させ消滅させる。結晶化したものは魔晶石になる。

 

 そして魔獣化よりもまれなこととして、魔獣が魔力溜まりマナプールと融合する、ということがある。

 その場合その魔獣は非常に危険で強力な存在となるが、同時にたいていの場合かなり歪な存在ともなる。

 極端に大きくなりすぎて移動が困難、または出来なくなる、とか、本来持っていた何らかの能力を失うとか、明らかに狂ってしまうとか……とにかくそういうことだ。

 火焔蟻の女王がどうだったかは推測しか出来ない。「本来の火焔蟻の女王」のことは魔獣学者のケイル・カプレートの著書でしか知らないし、その内容と「火の迷宮」に居た火焔蟻の女王とは印象としてはあまり変わらない。

 もしかしたらあの超巨体は平均的な火焔蟻の女王よりも大きかったのかもしれないけど、まあ比較情報が無いからね。

 

 アデリアの言う超巨大岩蟹は、明らかに不自然に巨大化している。それはやはり自然発生した濁りの多い魔力溜まりマナプールと融合したからなのだろう。

 

 で。

 アデリアが何故こんな話をしているのか? というと……まあ要するに「僕を慰め、励まし、元気づけたい」が為なのだ。

 

 「風の迷宮」の外、高い山の巨大な裂け目の内側へと出て出会った嵐の霊鳥ルフ。

 その想定外の巨体、脅威に、僕は即座に広げた外部との連絡路を封鎖して閉じこもる事にした。

 や、だってあんなレベルの敵がいるンだよ!?

 ルフ自体はあれだけかもしれないけど、アレが居るならそれ以外も相当なのが居ると見て間違い無いじゃん!?

 それこそ、岩鱗熊レベルの奴くらいはゴロンゴロン居ておかしくない。

 ルフにとっては「食いでのあるエサ」にすぎなくても、僕らからすれば岩鱗熊だって十分な脅威。前回「土の迷宮」で数頭の岩鱗熊相手に勝負できていたのには、タフで怪力のガンボンが、聖獣化したタカギさんの機動力を得て駆け回っていたからで、その重要戦力が居ない……ホームランバッターの居ない我がチームではそうそう太刀打ちできない。

 

 それまで責任感もあってジャンヌやアデリアを励まし、魔力循環を教え、「必ず戻れるよう尽力する」と言っていた僕が完全引き籠もり体勢になったことから、アデリアは僕がルフに怯え、また無力さに意気消沈し落ち込んでいる、と、そう考えた……のだと思う。

 いや、それはあながち間違ってはいない。確かに怯えたし、自分の見通しの甘さに意気消沈もした。

 けれども、落ち込んで何も出来ない、していなかった……というワケでもない。

 

 まず今まで以上に壁や床、天井を強化し耐久度をあげる。同様に扉なども補強。

 それから「外に繋がらない」ようにじわじわと穴を掘り進め、支配領域を拡大。

 支配領域の広さはそのまま魔力溜まりマナプールの魔力の増加量に繋がるので、慎重かつ丁寧に広げていく。

 そして小さな通用路を外へと繋げての偵察部隊の派遣。

 フライ系の飛ぶ魔虫は簡単に吹き飛ばされる。

 なので今回の偵察役はそう、大蜘蛛部隊だ。

 

 大蜘蛛の最大の強みは糸にある。魔力付与することで様々な特性を持たせられる大蜘蛛の糸は、土属性の魔力を付与するとしなやかな糸の性質に加えてより強靱さを増す。

 その糸を使い袋状のカバーを岩肌にぴっちりと這わせるように作らせて、その中をゆっくりゆっくりと進んで行く。ちょうどジグモの作る巣とほぼ同じような感じだ。

 しっかしこれがまた、時間がかかる!

 それこそジグモみたいな性質の大蜘蛛なら簡単なんだろうけど、召喚される大蜘蛛はそのタイプではなくいわゆる普通の蜘蛛の巣を作るタイプのものばかり。

 なのでなかなか簡単にはそんなものを作ってくれない。

 

 ではどーするか?

 まず一旦僕が【憑依】をして、袋状に糸を張った通路を作る。

 その手順を「覚え」させてから、次の大蜘蛛へと【憑依】して、同じように手順を覚えさせる。

 一度憑依中にある程度の経験をさせるとそれを覚えてくれるのだ。

 もちろんそのためにはある程度以上に【憑依】を続けなきゃならないし、覚えたからってすぐにやってくれるわけでもない。

 それが、まあ時間がかかるししんどい。

 

 使い魔、召喚、従属魔獣への【憑依】は、けっこう術者への負担が大きい。

 特に使い魔みたいに繋がりの深い相手ではない従属魔獣とかは、魔力的にも体力、精神力的にもキツいのだ。

 僕の場合一番最初に使い魔とした猫熊インプなんかはかなり楽。猫熊インプ自体の魔力が元々あんまり高くない……つまりある種の抵抗力が低い、ってのもあるけど、まあ気心が知れているというか、身体にジャストフィトする着心地の良い古着、みたいな感じ。

 猫熊インプに関しては、“生ける石イアン”による迷宮での補正と、付け加えるとここが闇の森ではないことでさらに扱い易くもなっている。

 本来闇属性のインプは、闇の魔力の強い闇の森では魔力が嵩ましされ強くなる反面、術者としては操りにくくもなる。なんというか、周囲の闇の魔力がある種のノイズのように作用してしまう。その辺、痛し痒しなところ。

 闇の森で使い魔の“闇の馬”を自在に操れるガヤン叔母は、召喚術士としては破格なのだ。

 

 逆に今し方呼び出したばかりの召喚大蜘蛛なんかとはまあ“肌が合わない”。

 相手側からしても、「は? 何か飯くれるっつーから来ましたけど? 別にこちとらオタクの奴隷とかじゃねえし? 身も心も捧げます的なの? 今時流行らないっつーか?」みたいなもので、こちら側からしても丁寧かつ繊細な働きかけが必要になる。

 まあその辺は普通に人間関係とも同じだ。

 雇用主たるこちらが誠意を持って接しない事には良好な関係性は生まれない。

 ……呼び出した直後に食肉用に解体してしまったシロオオサンショウウオaka.ぬろぽんのことは心苦しい次第ではありますが、ええ。

 

 ともあれそんな「まだそんなに気の合わない新入社員」状態の大蜘蛛さん方に苦労しつつ【憑依】を繰り返し、岩壁を這い回り文字通りに手取り足取り指導をしながら袋状の魔糸の巣を作らせ続けることで、少しずつ少しずつ周囲の状況を確認して、外側の支配領域も広げているのだ。

 が。

 これがもーーーーう、超地味で、超面倒臭い!

 

 

 そんなわけで正直な話、アデリアの気遣いは分かる。悪意がない、どころか、おそらく善意100パーセントなのも分かる。分かるが───。

 今、それどころじゃないっ!!

 ていうか正直ちょっと……ウザいですっ!!

 

「大丈夫、です。ありがとう」

 帝国語でやんわりとそう伝えるが、しかしアデリアはそれを言葉通りには受け取ってないのか、或いはただ単に話の続きをしていたいだけなのか、しばらくするとまた同じような話をしている。

 

「お前さ、その話するたんびにちょっと変わってねーか?」

 ダンジョンハートのホールの片隅で素振りをしていたジャンヌが一休みがてらにそう口を挟む。

「へ? ちょ、何言うてん? そないなことない! あらへんもん!」

「いや、前聞いたときよりバカデカ蟹がもっとデカくなってるし、飛んでくる蟹の卵の数もそんなに大袈裟じゃなかったろ。

 てーかお前その現場居なかったじゃん」

 居なかったんかーーーい!?

 

「お、おらんかったかて話は聞いてるもん!?」

「アタシだって聞いてんよ、ジェイビーからさ」

「せやたら同じやん! きっとアレやん? ジェイビーは話下手だから、なんやスケール小さく感じるんちゃうのん?」

「それ言うならイベンダーのオッサンが大袈裟なんじゃねーの?」

 この二つの名前はちょいちょい二人の話に出てくる。

 多分例の“シャーイダールの探索者”の先輩なのかもしれない。

 

 二人の話しぶりからすると、アデリアはイベンダーという名の人物を“師匠”と呼んで慕っているようで、その代わりジェイビーという人のことは「ちょっと意地悪なんよねー」等と言う。

 逆にジャンヌの方はジェイビーという人の方と親しいらしく、“師匠”ことイベンダーという人のことは特に意識していないっぽい。

 しかし、そのジェイビーという人、何か変わった名前……というか、まるでイニシャルでJ.B.、みたいな名前だなあ。キング・オブ・ソウルか?

 

「その、ジェイ・ビー、という人は、どんな人、ですか?」

 さり気なく話題を変えようとそう水を向けると、

「まあ南方人ラハイシュのヒョロい野郎だよ。行くところが無かったから暫くウチで泊まらせてやってたってだけだ」

「あとな! 師匠が直した凄い羽根の鎧着ててな、びゃーーーん! っちゅーてすんごい飛びよんねん!」

 

 つまり纏めると……空飛ぶ南方人ラハイシュ

 南方人ラハイシュは確か前世で言うところのネグロイド系の人種に似てる人間の種族のはず。彼らの文化についてはよく知らないので、名前も帝国人やクトリア人とは異なる彼らなりのものがあるのだろう。

 

 けど、空を飛べる魔装具とはなかなか凄いな。空を飛ぶ、浮遊するタイプの魔法って結構高度で難しい。それに飛行している間中どんどん疲弊していくことが多いので、滅多なことでは使われない。

 前世の漫画とか映画とかにあったような、空を飛びながらの派手な空中戦、みたいなのは滅多に実現しない。

 なので術として使うよりは、ガヤン叔母の“闇の馬”みたいに、使い魔を利用する術士が多い。

 それならば、使い魔に乗って飛びつつ、別の術を使う、というのも比較的楽だ。

 僕もあの猫熊インプがもっと魔力を得て強力になれば、多分ちょっと飛べる。

 多分ね。あと絵面的にはちょっと間抜け。

 

 しかし古代ドワーフは、僕がここで使っているエアーチェアーがそうであるように、魔導具として空を飛ぶものを意外と作って居たっぽい。さすがに量産化まではしてなかったみたいだけどね。

 

 まあこのエアーチェアーの場合は「飛ぶ」と言うより「浮く」という感じで、それも基本的には地表から数十センチ前後。

 本格的に空を飛ぶ魔導具というのはそんなに多く無く、またそれらを発掘して修理改修出来る魔導技師というのはかなりのものだ。

 凄いなあ、その“師匠”とやら。

 あれ……もしかしてシャーイダールという人より有能なんじゃない?

 いや、そんな有能な部下を抱えている、てことは、シャーイダール自体やっぱり凄いのか?

 

 うーーーんむ……ちょっと不安になってきた。大丈夫かね、僕の立場。

 ジャンヌとアデリアにきちんと「僕が二人を助けた」みたいなところ強調してもらえないと、「おどれかい? ウチの若いモン勝手に連れ出しよったんは!?」とか言われちゃわない? 「おどりゃエル公しごうしたるけんのう!」 とかない?

 ……うん、まあ、その辺の先の不安は一旦脇に置いておこう。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 さて。

 それら大蜘蛛部隊による地道な偵察活動等々によりある程度分かってきたこと。

 まず既に分かってたけれどもここはかなり標高が高い。

 そしてある程度上へ登ると雪がある。

 クトリアは闇の森よりもかなり南に位置してて、サバンナ、砂漠気候に近い。つまり暑い。

 季節的には冬とは言え、雪が残っている、降るというのはかなりの高さだ。平地で降ることはまず無いはず。

 実際、アデリアなんかは知識としては知ってはいても、本物の雪は初めてらしい。

 

 そして非常に高地である事もあって、動植物がけっこう……かなり少ない。

 ない、ワケではないが、前回の盆地から比べて……いや、比べなくともかなり少ない。

 まず樹木は全くない。僅かな高山植物や苔の類があるだけだ。

 なのでそれらを食べる草食動物も多くはないし、さらにはそれを補食する肉食動物も同様。

 特に上へ向かえば向かうほど少なくなる。

 

 この高山の巨大な裂け目である地域は、特に風が強いこともあり尚更住みにくい環境。

 下の方へと行くと風も弱まり、土の迷宮の盆地程ではないが幾らか動植物も増えていく。ただしその辺りへ行くと、やはり危険な魔獣の類も増える。

 その裂け目の底近辺には、今僕が支配している魔力溜まりマナプールとその支配領域のダンジョン以外にも洞窟、遺跡等の複雑に繋がったかなり広大な地下迷宮があるっぽい。

 かなり広大……というのはまあ推測。今の偵察部隊の規模とペースではまだほんの少ししか調べられてないからね。

 何にせよそれらの洞窟や地下迷宮を、ある魔獣や野生動物は住処とし、ある者達はそれを外側への移動通路のように使っているみたいだ。

 

 つまり上へ向かえば環境がどんどん厳しくなり、同時に嵐の霊鳥ルフの脅威が増す。

 下へ向かえば環境は穏やかになるが魔獣や危険な野生動物も増える。

 上も地獄、下も地獄、だ。

 

「……イアンさん、イアンさん、ちょっとこれかなり無理ゲーになってません?」

 知性ある魔術工芸品インテリジェンス・アーティファクトであり、このダンジョンバトルの進行役件サポート役の小さな丸い艶やかな石の“生ける石イアン”へとそう愚痴る。

 今までより環境も厳しく、敵対する可能性のある生物も多い。しかも調べる範囲が上にも下にも横にも広い。

 その中で“敵キーパーの魔力溜まりマナプール”がどこにあるのかを探り出さなきゃならない。

 そして“敵キーパーの正体”も。

 

「はァ~~……。どこから手を着ければ良いのやら……」

 今までだと敵さんから攻めてきて、その結果防衛から逆襲、勝利……というのが基本パターンだったけど、最初に外へ出たとき以来嵐の霊鳥ルフはその姿を見せていない。ていうか会いたくない。

 そしてこのダンジョンハートのある位置は、実のところこの裂け目内部では一番安全なところだと思われる。

 確かに寒いが、上の方に比べればなんとか我慢出来る。火の迷宮で作った「水属性魔力で涼しくしたトーガ」と同じ要領で、火属性魔力で暖かくなるトーガを作ったので、それと毛皮を合わせればまあぬくぬくだ。

 裂け目中腹で斜面の角度もかなりの勾配なので、危険な敵対生物もあまり居ない。だから今までみたいに「急に襲われる」と言うこともまず有り得ない。

 もし何らかの敵性生物が裂け目の斜面を登ってくるとしても、見晴らしも良いのですぐ分かる。

 

 現状、大きな目標はある。けれどもそこまで至る為の段階的な目的がハッキリしない。

 なのでイマイチ指針を決められない。

 

 

「ンなもん、上に向かうに決まってンだろ?」

 横からそう事も無げに言うのはジャンヌ。

「何故、そう、思います?」

「あの糞でけー鳥が敵の親玉なんだろ? だから上に行かなきゃ倒せねえ」

 いやその「糞でけー鳥」に出来る限り遭わないで進めたいンですけどォ!? 

 それにルフが親玉……敵キーパーとはまだ確定してない。……出来れば違ってて欲しい。


「あかんてー、そんなん。あんなんどーやって倒すんよ?」

 その通り! と拍手を送りたい正論で返すアデリアに、

「さあ? けど上に行かなきゃどっちみち倒せねえし帰れねえンだろ?」

 敵キーパーを倒す、またはドリュアスのときのように降伏をさせる。そして魔力溜まりマナプールの支配権を得る。そうしなければ確かに「勝ち」は得られない。

 

「少し、違います。敵キーパーに“勝つ”必要があるのは、私だけ、です」

 あくまでこれはキーパー対キーパーの対決。ジャンヌやアデリア達には本来関係の無い戦いなのだ。

 と、そこで一つ気がついた。あ、そうか、そうだっけ、と。

 それで指針が決まった。

 

 

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