2-105.J.B.(66)How I Could Just Kill A Man.(いかにしてあの男を殺したか)


「あの馬鹿が揉めそうな事って言えば、そりゃ女絡みよ」

 クーロから受け取ったカストの借金残り全額を確かめ数えつつ、そうあっさり言い切るのは『牛追い酒場』のマランダ。

「あいつは見栄っ張りで小心者のハッタリ野郎で中身はないけど、女に関してだけはやたらと押しが強いからね。

 別の男がいる女につまらないちょっかい出して揉めたんじゃないの? それで酒に粗悪品のヤクを仕込まれて殺された……。

 ま、ありそうな話ね」

 なんとも酷い言われようだが、俺の方には反論する材料は全くないし、……特に反論するつもりもない。

 

「あいつ、何故か知ンないスけど、てめェがすげぇ女にモテるって思ってましたかんね。

 まあ見た感じ強面で強そうだから、確かにそこそこ女は寄って来るんスけど、中身のないのがバレて離れられるんスよ。

 けど本人は逃げられたとか離れられたとか全然思ってない。救いようのねェ馬鹿っスわ」

 追撃の手を緩めずそう付け足すのは、『牛追い酒場』のバーテン兼料理人の一人ラミラ。

 そう言や最初に“腐れ頭”にカストの行方に関する情報を探ってもらったときに、「『牛追い酒場』のバーテンの女にちょっかい出して揉めてたらしい」てのもあった。もしかするとこの女なのかもしれない。

 

「どっちにせよウチに居るときに殺され無くて良かったわ。

 あんな奴でもウチの身内の時に殺されてたんなら、放っておけば沽券に関わるから、犯人探しでもしなきゃならなくなるし」

「あの馬鹿の為に敵討ちなんでごめんスよ」

 ……いや、もう何もコメントは出来ねえ。

 

「いやー、まあ、まだ殺されたッて決まったワケじゃねえけどよ」

 実際、今の所イベンダーのオッサンが“魔捜鏡”とやらで感知した魔力痕以外何も無い。

 

「そう? でも“殺された”って話の方が面白そうじゃない」

 そう身も蓋もないことを言いつつ、小袋に入れた数枚の金貨を渡してくる。

「とりあえず今回分だけど、いいの? 全額完済なンだから、今なら即金ですぐ払えるし」

 これはまあ、「カストが持ち逃げした金を取り返してきた事への取り分」の話。

 けっこうな金額になるそれを、俺はカストの返済に合わせたペースで分割して受け取っている。

「ああ……そうだなあ」

 ここの所色々バタバタしてて忘れがちだが、“シャーイダールの探索者”全体の収益は右肩上がりなものの、俺個人の懐具合はまだそんなに膨らんでは居ない。いっそ今受け取っても良いような気もするが、

「ま、その話はまた今度で良いわ」

 と一旦保留。

 

 

「そういや話変わるけど、アンタんとこ最近色々人増やしてるでしょ?」

「んあ? ああ、まあな」

「確か……デレル? って奴? たれ目で口の巧いニヤケ面の優男」

「あ、ああ。居るけど……何だ?」

「あいつ、そっちで使う予定あるの?」

「んーーーー……どうだかなあ。あいつは口先は巧いらしいが荒事は全然向かないし、かと言って計算や手先仕事ができる方でも無いしなあ」

 無能、ってことはないが、今の所ウチで必要なタイプじゃない。

 

「ていうか、何で知ってンだ?」

「この間ボロボロの汚い格好なりでウチに来たのよ。数人で連れ立ってさ。

 小銭をちょっと持ってたからその分は飲ませてやったけどね。

 どうも『俺が巧く言いくるめりゃあ料金以上に飲み食いできるぜ!』みたいなことを吹いてたらしくて、まあ色々とおだてたり褒めそやしたりベラベラとうるさくて……」

 あー……、そりゃあ相手を間違えたな。

 

「あの程度の口先でただ酒飲もうなんて見くびられたもんスよ」

「はァ~……。そりゃあ悪かったな。俺からも言っておくよ」

 今やただの飲み屋とその常連客という関係ではなく、ボーマの酒での重要な取引相手の一つ。まだ正式に雇ってないとは言え、最低限の礼儀は弁えさせておかなきゃならない。

 そう思いやや大袈裟に謝ると、

「あー、そうじゃないのよ。そっちで使う予定が無いなら、こっちで使ってみようかと思ってね」

 と、意外な返答。

「え? 何でだ?」

「別に不思議じゃないでしょ?

 アタシには通じなくても、客相手にはああいう臆面もなくおべんちゃら言える優男はウケるのよ。

 他にも魔人ディモニウムに捕まってた綺麗どころも居るんでしょ?

 何人か新しいサービス係として試してみたいの 」

 

 ここで言うサービス係ってのには、賭博のディーラーや接客、料理や酒の上げ下げの他に、所謂夜のお楽しみも含まれる。ただそれはあくまで“副業”で、マランダが強制してやらせるわけじゃないし、上前をはねるわけでもない。

 客側はサービス係に金を払い、店には部屋を借りる為の宿賃を払う。そして“本業”さえきちんとやっていれば、別に“副業”は無理にしなくても良い。そういうシステムだ。

 

「うん、そうか。じゃあ連中には一応話をしておくわ」

 デレルだけではなく、捕虜達の中のおそらくどこぞに奴隷として売られる筈だっただろう「比較的見た目の良い捕虜達」も、こちらとしてはやや扱いあぐねて居たので、この誘いはお互いに助かるだろう。

 ここで働いて居れば顔も売れるし人との繋がりも出来る。そうなればまた別の展望もあるかもしれない。荒事も手先仕事も出来ずに地下でくすぶっているよりかはかなりマシだろう。

 

 

「おーし、じゃあこの二樽な!」

 そんな話をしているときに、不意に奥から聞こえてきた声はイベンダー。その後ろに酒樽二つを両肩に担いだガンボンが現れる。ちょっと待て、何だその糞怪力。

 流石に二樽を担ぎ続けるのはしんどかったのか、店の中程であいたテーブルにゆっくりと降ろす。あのまま歩き続けられたらマジでビビるわ。

「おい、それどーすんだ?」

「うむ。ここの自家製濁り酒だが、そう味も悪くないぞ。まあ原料の質にムラがありそうなのが課題だな」

「いやー、本当それ、そこなんよね、もう」

 ついて来てるのはマランダの弟で裏方。酒造りもしている“小”ヤレッド。

 “小”とついてるのは、王の守護者ガーディアン・オブ・キングスの“大熊”ヤレッドと名前が被ってるからで、別に血縁でも何でもない。同じ名前でより有名な誰かが居ると、どうしても二番手扱いされがちなのはどこも同じだ。

 

「ここらで手に入るヤシ樹液は、どーしても質の良し悪しに差があるんだよね、うん。

 かと言って南方諸島産なんて高いしめったに出回らないからそうそう手に入らない。

 まあヤシ酒より安上がりに作れる芋酒ならもうちょっとは品質も安定するんだけどもね、うん」

 べらべらとうるさく話す“小”ヤレッドは、やや小太りですっとぼけた風貌の三枚目。悪辣性悪で知られる父母や姉とは異なり善良お人好しを絵に描いたような人柄だが、そのためもあり常に裏に回ってる。その上、変に拘りが強いギークっぽいところもある。

 

「……ヤレッド」

 ジロリと睨むような視線でそう呼ぶマランダに、

「あ、ゴメンゴメン、すぐ戻る、戻るよ。代金、もう貰ってるから、うん」

 と言い訳するように言うとそそくさと逃げるように裏へ。

 まあなんつうか、大変だよな。こう……強烈な家族持つとよ。

 

「あー、で。それはどーすんだよ?」

「ああ。ガンボンが料理に使う。というかまあ、例の穴掘りネズミの下拵えとかに、だな。

 ついでにこないだの採集に来た奴らにちょっと薄めて振る舞い酒でもしてやるか。何せ連中も危うく死にかけたんだしな」

「いや、その二樽、どう持って帰るんだ?」

 その問いに二人は顔を見合わせ、むむむと顔をしかめる。

「考えてねーのかよ!」

「う、う……。が、頑張れば、担いで、持って、行ける……」

「ンなもん、後ろから蹴り飛ばされて奪われるっつーの」

「グイドでも呼んで来るか……」

 

 何にせよこちらはまだちょっとばかり予定がある。

 とりあえずその二樽は店で一旦預かっててもらい、ガンボンが一人アジトへ向かって運び手を連れてくるという話に。

 俺とイベンダーのオッサンはまた別口。ちっとばかし久し振りだが、さてさてさて……。

 

 ■ □ ■

 

「ふーん? まだあの野郎に何か用事があったのか?」

「いやーーー……、別に……」

 廃屋同然のねぐらの中で、俺から差し入れられた上等な方のヤシ酒をマグに注ぎつつ“腐れ頭”が言う。

「まあ、正直に言やあカスト自身についちゃあ特に拘ってるワケじゃねえんだけどな」

「じゃあ何だよ?」

 改めて何だ、と問われると、正直不確かな話だ。

 ヤクの食い過ぎで心停止。けど死んだカストにほんの僅かな魔力痕が残っていた。それ以外は今の所何もない。

 

「とにかく、奴が死んだことに関係しそうな情報ネタがあれば何でも買うぜ。

 揉めてた相手、過去のトラブル、素行や趣味、出入りしてた店に入れあげてた女……」

 奴の死にこれといって不審なことはなく、俺たちに関係のある問題じゃないと分かれば、取りあえずはそれで良い。

 

「……ふふん、面白ェ話だ。

 よし、特別サービスで金貨一枚……と行くか」

 おぉっと、こりゃまた大きく出たもんだ。

 確かに“腐れ頭”の情報網は凄い。過去の邪術士達による魔人ディモニウム実験の少ない成功例で、特殊な魔術を使えるからだ。

 

 俺が知っているのはネズミを使ったもの。

 “猛獣”ヴィオレトの「魔獣を操る力」と似たものなのかどうかは良く分からないが、ごく小さなネズミを使いあらゆるところへ忍び込ませる。そこから先は……想像の範囲だ。

 しかしそれを「たかがネズミ」と侮るのは感心しない。ネズミは孤児達以上に「小さくて目に付かず」また「そこに居ても気にされない」存在。その上で、恐らくさらに何かしらの魔術を使って情報を集めている。

 そして何より───“腐れ頭”のネズミは暗殺者としても有能だ。

 例えば夜中寝ている間、大口開けているところに毒薬を垂らされる。例えば無数のネズミにたかられ身体中を生きたまま食いちぎられる。

 前にも言った通り、いかにも弱くて無力そうな乞食の偽装をしている“腐れ頭”のことを舐めて横暴な真似をした奴らは、必ずそれを後悔する。

 

 俺は腰のポーチから金貨を一枚取り出して渡そうとするが、“腐れ頭”はそれを制して、

「おっと、そいつじゃねえ。六角形の方を一枚、だ」

 つい先ほどクーロから受け取ったティフツデイル大金貨。カストの借金分はそのまま『牛追い酒場』のマランダへと右から左だが、そのときに渡された「今回分」の一部にそれが入っていた。

「マジか!?」

「おう、マジだぜ、今回はな」

 ふぅ、と緊張の息を吐き、改めてそいつを取り出す。

 ハッキリ言やあとんでもない暴利とも言える金額だが、いつも安値で頼み事をしている以上文句も言えねえ。

 

「ほっほー。さすが王国の金貨は造りが違うねェ~。こりゃ一見の価値があらぁなあ~」

 ニヤニヤと笑いながら六角金貨へと頬ずりをする“腐れ頭”。

 それから改まって口を開くと───。

 

「カスト・ダサ。年はだいたい20代の後半くれえかな。元々は東地区の出身で今はもう家族は無し。若い頃は喧嘩っぱやくガキ共の中でデカい面してたらしいが、今あそこの地下を纏めてるリディアにぶちのめされてからは郊外の半端な悪党連中とつるんだり、ノルドバに行ったりしつつ、王都解放後は交易商の護衛をしたり王の守護者ガーディアン・オブ・キングスに一旦身を寄せてすぐに離れたりとふらふらしてた。

 3年前くれえから『牛追い酒場』の用心棒件取り立て屋。まあおめーはこの後に知り合うことになるワケだな」

 立て板に水とすらすら出てくる前半生。

 

「どこと揉めたかったって言やあ、関わったところ全部だ。しかもどれも女絡みよ。

 あいつのその辺の足取り追ってて面白ェのは、なんつーかやたらにすぐ揉めるわりに、本格的にヤバくなりそうな匂いに敏感で、そうなる前にとんずらする所よ。正直、感心するぜ」

 言われてみりゃあそれも納得。現に「シャーイダールを狙う奴の陰謀を偶然知ってしまった」途端、それまで『牛追い酒場』で築き上げた全てを捨てて貴族街へ逃げ、俺と関わりサルグランデ、ネロスの下に居続けるのはヤバいと思えば即座に裏切りクーロ派についた。

 成る程、小心者故の保身と逃げに関しちゃあ一級品だったワケだ。

 

「東地区のリディアは今更カストの事なんざ忘れてらあな。郊外の悪たれ共は集合離散して半分は死んでるし、残りもよその山賊野盗に加わったり、なりを潜めて東地区に紛れたり色々だが、当時一番関わってた連中は東地区の北の方に縄張りを持ってた“金貨団”と揉めて潰され吸収された。その“金貨団”は後に仲間割れしてるところをお前も知ってるシャロンファミリーに潰されて、その揉めてたうち一方の連中は『牛追い酒場』の用心棒やら店員やらになっている。お前も何人かとは会ってるだろうな。

 カストが取り立て屋として入れたのは、その時の薄いつながりがあったからだが、そいつとは仲が良くも悪くもねえな。

 ノルドバのボーノは居なくなったカミさんのことで手一杯で、交易商のアリシア・マッカーニは今でもカストを嫌っちゃあいるが、金にならねえ殺しはしねえタチだ。

 パスクーレも自分の女にちょっかい出したカストを暫くの間は潰そうと躍起になってたが、“キング”に止められて諦めたらしい。

 あとはまあクランドロールの娼婦達だが……まだそんなにデカい揉め事にまではなってねえみてーだな」

 

 ……なんつーか、人に歴史ありだな。正直ろくな歴史じゃあねえが。

 しかしこう聞くと、確かに方々で揉めては嫌われ憎まれてはいるが、今になって殺されるという程の恨みを持たれてそうにはない。

 

「単に女絡みってだけでなく、例えば事故でも故意でも、誰かを殺したとか、恨みを買うほどえらく痛めつけた、みたいなのはねーのか?」

 そう聞くと、

「それがな……無い。少なくとも東地区を出た後には、恐らく無い」

「マジか?」

 何時も「お前が生まれる前から殺しをしてた」とかなんとか言ってたのに、か?

「見た目はかなり強面で、図体もでかいからな。たいていの相手はそれで脅せば言うことを聞くし、ヤバい相手からは即逃げる。

 だから本気の命の取り合いにはまず発展してないっぽいぜ。まあ隊商護衛時に野盗相手にいくらか立ち回った事はあるみてーだが、ほんの数回だ」

 

 やっぱりどうにも、誰かに殺されたとは思えないんだよなあ。

 少なくとも、恨みではなさそうだ。

 

「まあ、そんなところか……」

「そんなところだ」

 

 結局収穫はなし、と。

 ふーんむ、と腕組みしてしかめ面。それにしても……だ。

「……しっかし、相変わらずすげえ情報量だな」

 以前ちょっと行方探しを頼んだだけなのに、よくまあこんだけ調べたもんだ。

「ククク……。いや、さっきの値段はな。ちょっとした授業料も含まれてる」

 ん? そりゃあ一体……、

「……どーゆー事だ?」

「つい最近、お前さん同様にカストのことを調べてくれと依頼してきた奴が居るんだよ」

 ……マジか!?

 

 ■ □ ■

 

「ああ、“腐れ頭”のところだろ? 聞きに行ったぞ。お前がセンティドゥに行ってる間にな」

 ……はァ~、確かに「高い授業料」だ。

 連絡、報告、相談は忘れずに……てところか。

「一応俺からも直接奴の話を聞いておこうと思ったんだが、最近あいつはクランドロールの奥向きの仕事とやらでなかなか表に出てこないしすれ違いが多く会えず終いだ。

 それで簡単な追跡の魔法も使って居場所を探ったりもしたが……生憎ちょっと遅過ぎたみたいだな」

 イベンダーのオッサンが見つけた魔力痕も、結局はハコブのもの。

 つまりあの魔力痕は何ら「カストが殺されたかもしれない」事の根拠にはならない……と。

 

 あの時、“腐れ頭”に話を聞く前に、イベンダーのオッサンには密かに“腐れ頭”の魔力痕を調べて貰っていた。

 何せあいつの「ネズミを操る」能力は、今回みたいな殺しには持って来いだ。

 だがオッサン曰わく「波長が違う」ので“腐れ頭”はシロ。

 指紋とかDNAとまでは行かないが、魔力痕にはある程度の個性があるらしい。つまり属性という奴だ。

 そのとき使った魔術の種類と、本人の魔力の属性や何かによって、残る痕跡が変わる。

 魔人ディモニウムなんかの場合限定的な魔術しか使えないから特に顕著だそうだ。

 

 で、“腐れ頭”はシロだと判明し、俺が話を聞いてる最中には『牛追い酒場』の“小”ヤレッドから聞き出していた西地区の密造屋を追い掛けて話を聞き出して居る。

 実際、ヤク入りの粗悪な酒を買ったのはカスト本人で間違いはないようだ。

 店ではボーマの上等な酒も扱ってるが、借金分をさっ引かれてるカストはめったに飲めない。その憂さをヤク入りの安酒で紛らわしていた……と、そんな所らしい。

 

「まあ、奴からは直接話は聞けなかったが、一応他に収穫はあった。進展……と言えるかは難しいところだがな」

 俺達が見当違いの探偵ごっこをしている間にも、ハコブはきっちりと調査を進めていたらしい。

「例の“客人”とやらと一緒にドゥカムの修復した暴走ガーディアンを盗んだ護衛達の行方なんだが……」

 

 クランドロールのサルグランデに「“ジャックの息子”のガーディアンを改造できる」人材として雇われていた“客人”。

 そいつは恐らく古代ドワーフ文明研究家のハーフエルフ、ドゥカムの助手をしていた奴で、ドゥカムの尊大で横暴な振る舞いに我慢が出来ず、研究成果の全てを奪い護衛達共々逃げ出していた。

 助手のその後は一応サルグランデの“客人”として、クーロによる粛清の最中死んだのだが、護衛達の行方は今まで分かっていなかった。

 

「連中はどうやらあの後交易所に行って臨時の隊商護衛になったらしい。

 どういう経緯かは分からんが、あそこで暫くなりを潜めてた。交易所は城壁外で、しかも内部のことを余所者に探られるのを嫌うから、確かに隠れ場所としてはうってつけだ。ほとぼりがさめたらそのままマクオラン遺跡の転送門で王国領へ逃げるつもりだったのかもしれん」

 

 確かに、あの中に入れば例え臨時雇いの護衛でもうかつに手出しは出来なくなる。

 しかし交易所でも胡乱な輩を間違えて引き入れないよう、それなりに慎重に精査はしてるはずだ。

 護衛のつもりで雇った連中が、途中で裏切り荷物を盗んでとんずらする事もあり得るからな。

 

「その辺はちょっと分からんが、誰ぞ元から知り合いがいたのか、巧いこと騙して紹介者を得たのか……。

 何にせよ連中は盗っ人ではあるが交易所には害するつもりはなかった様だから、その辺は間違いは無かったことにはなるな」

「結果的には、てとこか」

「で、その後結局何度か隊商護衛はしてたらしいが……皮肉と言うかな。どうやら“鉄塊”のネフィル達に襲われ、殺されるか捕虜になったかしたらしい」

 おっと、こりゃまた……ややこしい話だな。

 

 俺達が三悪と呼ばれる魔人ディモニウムの賊徒達を討伐することになったのは様々な成り行きからだが、最初のキッカケはデレルやグイド達脱走囚人達に襲われたこと。

 そして連中が計らずとも王国軍から逃げ出す形になったのは、炎を操る魔人ディモニウム、“炎の料理人”フランマ・クークに襲われ、手下にするため連れ去られたから。

 で、連中がその時期に手下を増やそうとしていたのは、バラバラだった奴らが大きな勢力として集結し、ボーマ城塞を襲い手に入れる為だったらしい。

 

「じゃあ結局、そいつらはいずれにせよ死んでるってーことか?」

 襲撃時に殺されたか、手下に加わりその後討伐、処刑されたか。

「少なくとも俺達のところに来た元捕虜の中には居なかったから、多分な」

 

「生きてるか死んでるかは別にして、もしかしたらそいつらが魔人ディモニウムを手引きしたのかもしれんなァー」

 不意にそう口を挟むイベンダーのオッサン。

「根拠は?」

「いや、ただの思いつきだ」

 ハコブに問われて返すのはなんとも適当なもの。

「ま、何にせよこの線はもう行き止まりだな。どうにも打つ手が無い」

 進展と言えるかは難しい……との本人の言の通り、結局何も分からず終いなことだらけだ。

 

「───で、ドゥカムの方はどうだった?」

 ハコブはそう話を切り替えて探索の方へ。

「連絡待ち……だな。地図と今までの調査やらを突き合わせて、場所の特定をしようとしているけど……どれくらい掛かるんかな」

「そう時間はかからんのじゃないか? あれだけ自分は最高の専門家だと吹いていたんだからな」

 微妙にトゲのある物言いだが、まあ普段のあの態度を見ていればそう言いたくなるのも仕方ない。

 

「何れにせよドゥカムが位置を特定出来たら、まずは一旦お前に先行して調査して貰う。

 マーラン達はまだセンティドゥにいるし、流石にアジトをあまり手薄には出来ないから俺は動けん。

 お前なら身軽だし、その間に囚人共を含めて検分して、新たに警備、護衛に使えそうな奴らを見繕っておこう」

「ああ、そうだな」

 

 グイドは言うまでもなく、マルメルスも何気に使える方だ。

 しかしマルメルスはまだ分かるが、グイドに関しちゃあ本人がどういうつもりなのかがいまいち分からねえ。

 王国軍が施していた魔力抑制の付与された首枷が外れた今、グイドに植え付けられた魔術aka.“呪い”をある程度抑えているのはマーランによる“印”だけ。

 しかもそれは期間限定でしか効き目が無く、定期的にかけ直さないとならない。

 イベンダーに永続的に効果が続く魔装具を作ってもらえれば……てな話はしているが、まあそれもいつ出来るかは分からん。

 

 そういう意味で、暫くはグイドは俺達とともに居る必要があるんだが、じゃあその後は? というと、まあハッキリはしてない。

 まあ分からん事だらけではあるが、とにかく今後の指針はたった。

 カストの件でちょっとばかし時間と……けっこうな大金を無駄遣いしたが……いやいや、改めて考えるとありゃおかしい。


「オッサン……」

「ん? 何だ?」

「“腐れ頭”に払った分、せめて半額は負担しろよ?」

「……おや、何か上が騒がしいな」

「誤魔化すなよ!」

 

 ところが、実際そのとき表がやいやいと騒ぎになり、聞き覚えのある甲高い声がここにまで響いて来た。

 

「───おい! 早く支度をせんか、JB! 出発だ! “巨神の骨盤”まで運んで行け!」

 

 ……ドゥカムだ。

 いや待て、お前……行く気か? 

 

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