2-103.追放者のオーク、ガンボン(49)「いや、うん、タカギさんは凄いよ?」


 

 金色に太陽の光をぬらり反射する大きな姿は、人間大から大型犬くらいまで様々。

 昔テレビか何かで見たエリマキトカゲみたいにがに股でヒョコヒョコと走る姿はユーモラスにも思えるが、巨大な口が俺の頭を丸呑みにするくらいに開かれているのも見てしまえば笑っても居られない。

 歩く……いや、かなりの速度で走る巨大トカゲのようなその群れが、大角羊を暴走させた犯人なのは明白だ。

 突進を避けるため高く飛び上がるタカギさんが、その金色の……厳密には金色をベースにした白と黒の毒々しいまだら模様のトカゲの群れを飛び越し、ついでと言わんばかりに後方の小型の数匹を踏みつけにする。

 おわ、踏み潰されて内蔵飛び散らかしてる。かなりグロい。

 

 “聖獣”であるタカギさんの威にひるまず襲ってくるということは、この金色トカゲっぽい奴らは魔獣だということになる。魔獣は魔力を持ち何らかの魔法の能力を持つ獣。岩鱗熊は土の魔力で岩のような鱗を体に生やし、火焔蟻は火を吐き出す。

 この金色トカゲは……と反転し再び後ろからその姿を視界に収め追撃モードになると───うわ、これは……キツい!

 

 俺には魔力を“観る”力はないが、それでもこれは分かる。気分が悪くなり、頭痛がして身体が重くなったような感覚。

 ───“呪い”だ。

 もう少し厳密に言うと、“濁った魔力”を、そのまま周りに放射しまき散らかして居る魔獣のようだ。

 魔力耐性を持たない普通の人間が闇の森奥深くへと入ったときに感じる感覚とほぼ同じ。なるほど、それであの大角羊達も恐慌状態になり暴走し逃げていたのか。

 だが、俺はそういう魔力による呪い、“汚染”には耐性のあるオークだ。確かにやや気分は悪くなったが、恐慌に陥ることも吐き気と頭痛で動けなくなることも無い。

 棍棒一閃。振り回したそれは一匹の後頭部を強かに撃ち、撃沈させる。

 金色トカゲの群れの残りは四匹。走りつつ今は大角羊の群れから前方目の前のグイドさん達へと狙いを定め直したように威嚇の声を上げている。

 

 そこへ別の鈍い金色の塊が突撃。人間ミサイルならぬドワーフミサイル。やや小さめの一匹を頭から突っ込んで捕まえて、空高く舞い上がる。

 

 残り三匹。

 

 正面から飛びかかる巨大な一匹の開いた大口へと、その丸太のような腕を突っ込んで、もう片方の腕を後ろ首に回し何かを掴み捻るグイドさん。

 

 残り二匹───。

 

 グイドさんの脇をすり抜けた一匹へ棒を突き出して応戦しようとするフリオさんだが、苦悶に歪む青ざめた顔のまま膝から崩折れる。

 その反対側に居たマルメルスさんが横合いから身体ごとぶち当たり、危うくフリオさんの頭が丸呑みにされるのを防ぐが、最後の一匹がその口を大きく広げて踊りかかり───。

 

 そいつへ上から飛びついて掴みかかる俺。

 再び跳び上がったタカギさんから空中で飛び下り、最後の一匹の背へと着地、そのまま後ろから組み付いた。

 他の人たちが密集しているから下手に棍棒は振り回せない。

 飛びつき背に乗ったまま、俺は右腕を喉の方へと回して左腕とクラッチ。格好としてはチョークスリーパー。だが別に頸動脈を締めて落とす目的ではない。そのまま……息の根を止める!

 ギリギリと締め上げ続けることしばらく。じたばたと暴れもがく金色オオトカゲを締め上げつつ後ろへと引き背中をも反らせて曲げ続けてやると、程なくゴキリといやな音がして、首の骨が折れた。

 

 ふぅー、と荒くなった息を整えつつ立ち上がる。

 身体の下には俺の背と余り変わらないくらいの体長の爬虫類に……あ、マルメルスさんだ。

 ゴメン、下敷きにしたままだった。

 嗚咽し、ゲホゲホと咳き込むマルメルスさんを金色トカゲの下から引っ張り出す。

 先にフリオさんへと飛びかかってた奴の方は他の全員と手の空いたグイドさんとでなんとか仕留めたらしく、最後に上空から降りてきたイベンダーが抱えた一匹で、大角羊を襲い恐慌状態にして暴走させた原因は全て片付いたようだ。


「……あ、あんた……その……オェェェ、ゲホ、ゲホッ!!」

 おお、吐いた。

 背中をさすってやると再び吐いてから咳き込み、それから次第に落ち着いていく。

「……クッソ……何だこりゃ気持ち悪ィな……」

「ゴフッ……! の、呪いの金色オオヤモリだよ、こいつらは……。

 近くに来たり、攻撃されたりすると呪いをかけてくる、糞厄介な連中だ。

 オオヤモリは、黒い奴は単にでかいだけ……なんだが、赤は火を吐いて、緑は毒液を吐きかけて、金色は“呪い”を辺りに撒き散らす……。

 普段はこの辺りにゃあまり居ない筈だが……大角羊を追いかけすぎて山からでも降りてきやがったンか……? 」

 フリオさんがそう解説してくれるが、そうか、トカゲじゃなくてヤモリか。そういやこのギョロ目とかそんな感じかも。

 

「お、おいおい、の、呪いって……大丈夫なのかよ? ま、まさか死ぬのか!?」

 やや青ざめた顔でデレルさんが聞いてくるけど、不安で青ざめてるのか実際に“呪い”の効果で気分が悪いのか。

「……さあ、な。死ぬかもしれねーし、死なねえかもしれねーし……」

「う、嘘だろ、おいッ……!? 冗談じゃねーよ、こんな奴の呪いなんかでよ!?

 俺は死ぬときは沢山のお姉ーちゃんの乳房に挟まれて死ぬって決めてんだよ!?」

 さらに青ざめるデレルさんに他の元囚人、捕虜組の面々。

 

 そこでプッ、と最初に吹き出したのは孤児達の一人。

「大丈夫だよ、そうビビんなって! “呪い”だけで死ぬ奴はめったにいねーって言うぜ!」

「ああ。金色オオヤモリはこの呪いの力で獲物を弱らせて襲って食う、ってのが常套手段だって話だ。

 こうやって殺しちまえば、呪いの効果もじき無くなる」

 フリオさんが付け加えてそう言うと、安心感も手伝ってか次々と笑い声が沸き上がる。


「お、おい、テメェ! だ、騙しゃーがったな!?」

 一転して顔を赤くしそう叫ぶデレルさんに、へたり込みつつまだ青い顔のマルメルスさんが、

「ハッ! 詐欺師の癖に簡単に騙されたな!」

 と言うと、元囚人、捕虜組からも笑いが起きる。

「だーから俺は詐欺師じゃねえよ! ただお前よりモテるだけだ!」

 言い返すデレルさんの声は、まだ少し怯えた感じが残っているようだった。

 


 ある程度皆が落ち着いてから、先ほどの穴掘りネズミに続いてフリオさんと数人が金色オオヤモリを解体し血抜きをする。

 二匹はほぼ人間大で、他のも大型犬から中型犬ほどの大きさなので、さらに手間取り時間はかかる。

 

「オオヤモリの肉はかなり旨い。ただ黒以外は肉に魔力があるからな。特に金色のやつは数日置いて魔力抜きしてもまだ腹を下すことがあるってー話だ」

「ふむ。だが魔力抜きに関しちゃ心配いらんぞ。シャーイダール仕込みのやり方ならそんなに時間もかからんし、完全に浄化出来る」

 それがどんなやり方か知らないけど、フリオさんにそう請け負うイベンダー。

「マジか!? そりゃ楽しみだ!」

 と即座に返すのはマルメルスさん。

 しかしそれに対してフリオさんはというと、

「おい、心得違いをするなよ。

 これはこのイベンダーの旦那の指揮での成果だぞ。つまり穴掘りネズミも金色オオヤモリも、シャーイダール様のものだ。俺達だけなら間違いなく狩れて無いし、何人かは食い殺されてた。いや、その前に大角羊の暴走で踏まれ跳ね飛ばされて半分以上は死んでたろうぜ。

 ……まあグイドの旦那だきゃあ別だろうがな」

 と厳しい顔で釘を刺す。

 

 うう、と口ごもり顔を下に向けるマルメルスさん他の面々。

 イベンダー曰わく、助けられたという意識があり恩を感じているという元囚人、捕虜組だが、実際に接していたのはJB他の探索者達で、シャーイダールそのものへの畏怖は少ない。

 逆に元々地下街に住んで居て、“邪術士シャーイダール”自体への畏れを強く持っているフリオさん達とは、この辺りの意識、感覚にはやや温度差があるようだ。

 

「まあ、こいつは想定外の成果だ。そうだな、幾らかは特別に配給に回せるだろう。それと約束のガンボンの作る飯にもな」

 イベンダーがそう付け加えると、再び顔が晴れる。

 

「───ああ、そうだ、言い損ねちまってた。

 ガンボンの旦那、さっきは助かった。感謝するぜ」

 と、マルメルスさんが改まってそう礼を言う。

「それ言うなら俺もだ。ガンボンの旦那もだが、マルメルス、おめぇにもな」

「お、おう。俺の方は構わねえよ。こういう時ゃお互い様だろ?」

 うーん。同じく俺も別に構わないけどね。


「にしても、ガンボンの旦那が最初に大角羊の群れに突進したときは、何かと思ったぜ」

「ああ、違ェねえ。俺達なンかのためにあんな風に命張ってくれるなんて、今でも信じられねえや」

 と、二人の言葉を皮切りに、他の面々からも同じ様な賞賛と感謝の言葉が次々出て来る。うへ、照れるにゃー。

 

「なあガンボン。ありゃ、勝算があったのか? 

 俺も魔法を撃ち込んで同じ様なことをしてやろうかとは思っていたが、ああまで見事に真っ二つに群れが割れるとはなあ」

 イベンダーもそう聞いてくるので、俺は俺の呪いのことには触れず、タカギさんが聖獣化していて魔獣以外の多くの動物を退け、攻撃させないようにさせる力があることをかいつまんで……たどたどしく説明する。

 

 すると皆の注目と感謝の言葉は一気にタカギさんへと向かい、

「なんと!? この大地豚が聖獣!?」

「通りで神々しいお姿をしていると……」

「え、嘘マジ!? 夜中にコッソリ食っちまおうとか考えてすみません! ば、罰を当てないで下さい!!」

「うへー、すっげぇ豚ちゃんだァ!!」

 等々等……。

 

 ……アレ? いや、うん、タカギさんは凄いよ? 凄いけど……あれ?

 

 ……何れにせよ、タカギさんが聖獣だと知った皆様方は、その後も熱心にサボテン採取に励んで下さり、タカギさんの食糧問題に関してはほぼほぼ解決する運びとなった。

 


 解体作業中に交代で休息を取り、俺が朝方に作り持ってきていたお弁当をそれぞれに配りめいめい食べる。

 メニューは何かというと、「肉巻きクレープ」みたいなやーつー。

 先日のマヌサアルバ会で作ってみた「薄焼き卵巻きインチキ寿司」と、アティックさんの作ってた「アティック式ケバブもどき」を合わせたみたいなものかな。

 マヌサアルバ会ではこちらの手持ち食材から高価で珍しいものを幾つかと、俺が手に入れにくいもの幾つかとを交換してきている。

 何より俺が欲しかったのは小麦粉。いやー、これがあるとないとでは、全然出来る料理のバリエーションが違う!

 これがあれば麺もパンもお好み焼きもケーキも餃子もクリームシチューもグラタンも作れるじゃん?

 総料理長は「侮辱したことへの詫び」と言ってやや多めにくれたので、小麦粉に関しては今はちょいと余裕がある。

 まあタカギさんの食糧にはならない食材だけどね。

 

 そんでまあせっかくなので薄焼きクレープ風のものを鉄板で焼いて、その中に甘辛く味付けして炒めた肉と皮を向いて刻んだサボテンに削ったチーズ等々を乗せてくるりと巻き、包丁でダンダンダンと切り分けて一人分。

 それをとりあえず20個ばかしは持ってきている。

 今回繋ぎとしたのはジュレではなく少し溶けたチーズ。熱いうちに巻くことで少し溶けて、それが今は固まっている。なので具材と巻きクレープがうまくくっつく感じになっていて、ポロポロこぼれることもなく食べやすい。

 反省を生かして成長する男なのですよ、俺様ちゃんは!

 

「こりゃあ驚いた。いつも何やら料理してるとは思っていたが、アンタ本当に料理が上手いんだな」

「こういう出先での飯なんてのは、軍でも固い干し肉と水ぐらいって相場は決まってんのに、こんな柔らかくて味も良くて食べやすいとはなー」

「討伐軍のときのアレな……なかなか食いちぎれなかったぜ」

「食べる、っつーより、ひたすらしゃぶるってな感じだったしなァ」

 

 長期行軍用の保存食は疾風戦団の遠征時にも食べたことはあるので知ってるけど、あれらはとにかく「腐らない、持ち運びやすい、とりあえず栄養になる」てことが最重要。

 なので、かりんかりんに干からびたみたいに水分が殆どなくやたらにしょっぱいスルメみたいな薫製肉や、せんべい以上に、というか防災保存食の乾パン以上に固く焼かれた固パン、それと高価なものでドライナッツとフルーツくらい。

 まあ朝作って昼前に食べる予定のお弁当なので、そこまで長期保存にこだわる必要もないから出来たこと。

 子供達ふくめて15人全員に一つずつ。イベンダーにも一つ。んで残りは当然……ブヒヒヒヒ。

 

「おお、聖獣様もようお食べになられる」

「急いで食べなさるな、聖獣様! 水もいかがですかな?」

 ……って、いや待て嫌な予感が……。

 はい当たったーーーー! いつの間にかタカギさんに食われた、残り全部食われたーーーー!!!

「ぬおぉぉぉ……」

 

 「あれ? 俺またやっちゃいました?」みたいな純真まなこのキョトン面のタカギさんの前で膝から崩折れる俺。

 どうやら事情を察したらしい数人が、しかし気まずげに目を反らす中、

「……なあ、豚のおっちゃん、少しだけど食うか?」

「俺のも、少し残ってる……から」

 と、数人の子供達が食べかけの肉巻きクレープを差し出してくれるが、いや、流石の食いしん坊豚面トラック野郎の俺でも、腹を空かせた子供達から取り上げるよーな真似は出来ない。いや出来るわけがないっ……! 

 ていうか今誰かさらりと「豚のおっちゃん」とか言わなかった!? せめて豚鼻の、とか、豚面の、にしてよ!?

 

 俺は立ち上がって歯を食いしばり走り出すと、近くに残ってたザボテンの葉をむしり取りながら、味のしないそれをむしゃむしゃしてやった。

 いや味しねえーーー! てか調理しねえでそのまんま食うと普通に不味ィーーーー!

 

「……いやいや、採取しといたサボテンフルーツくらい食ったって良いぞ」

 イベンダーさんのそのありがたいお言葉に救われるまで、十枚くらいの味のないザボテンを爆食させていただきました。

 

 ◆ ◇ ◆

 

 不測の事態も含めて想定以上の収穫を得て、午後を回ったあたりに市街地へと戻る。

 実際、金色オオヤモリ五匹に穴掘りネズミ四匹、ズタ袋三つ分のサボテンや薬草諸々は、クトリアで専門の狩人のチームが数日から数週間かけて穫れるかどうか、な成果らしい。

 戻ってすぐに他の面子に主な収穫をアジトへ運ばせ一旦別れて、俺とイベンダーはアティックさんの居る狩人達のアジトへと行く。

 これは俺の要望で、穴掘りネズミの料理法を聞きたかったからだ。

 

 狩人達のアジトは数軒の一般的なクトリアの平屋を一部改装して繋げたような場所だった。

 真ん中に上水道井戸、つまり今でもクトリア市街地で機能し続けているという上水道の汲み出せる井戸のある広場があり、そこを囲む平屋の家屋を占拠してる形。

 クトリアは古代ドワーフの作った上下水道をそのまま再利用して発展した都市なのだそうだが、現代日本のように各家庭に上水道網が整備されてたワケではなく、庶民の暮らす地域ではこうやって区画ごとに上水道井戸が整備されていたのだそうな。

 そしてこの旧商業地区と呼ばれる場所で、きちんと生きて使える上水道井戸は限られてるので、当然その周りも争奪戦になる……と。

 つまりそこそこ実力のある勢力でないと、水道周りの住居は得られない。

 

「え? 何この超でっかい豚!? ええ? 乗れるのこれ?」

「おうおう、こいつはこう見えて聖獣なんだとよ。

 何せ恐慌状態になって暴走してた大角羊の大群に真正面から突っ込んで、真っ二つに分けちまうんだからな」

 ティーシェという名前らしい若くてちょっとつり目の女の子がタカギさんを見て驚いてる。

 

「この子、使い魔なの?」

 もう一人、こちらはマヌサアルバ会の試食会にも居たカリーナさん。

 使い魔なのか? と言われると……多分違うよなあ。いや、何をもって使い魔というか分からんけど。

「うむ、俺が思うにこいつとガンボンは生き別れの兄弟か何かだな」

 いやいやンな訳ないでしょうよ!

「アハハ! かもねー。けど、多分何かしら霊的な繋がりはありそうだよね」

 じゃあむしろ前世の縁か!? 前世、たしかに兄弟とかいたけどさ。あと俺にソックリな姉、な! けど、まさかそれはあるまい。無いと思う!

 

「アティックなら今日はゲラッジオ達と屋台の方へ行ってるよ」

 奥から出てくるもう一人の赤毛の女性は、このグループのリーダーであるティエジさんと言う東方の方術士の人の奥さんで、カーラと言う人だそうだ。その横にちょこんと付き添った子供はその二人の娘でエスカーちゃんと言う名で、見た感じ四、五歳くらいかな? 結構小綺麗な格好をしていて、ちょっともじもじしながらこちらを見てる。うーむ、可愛い。

 

「そうか。どのくらいに戻ってくる?」

「どうだかねえ。あいつも気まぐれな奴だからな。夕方前には一度戻って来るとは思うけどね」

「ふーむ。いやな、穴掘りネズミがちっと穫れたンでな。

 料理法のコツか何かを聞けないかと思って来たんだが」

 紐で棒に結んで持ってきてたそれを見せると、

「へぇ? もうきちんと処理できてるじゃない。うまいもんだね」

「こいつは地下街のフリオって奴がやったんだよ」

「フリオ? もしかして“吹き矢”のフリオか?」

「さあな、それは知らん。本人が言うにゃ、昔は北地区辺りで出来ることは何でもやってたし、狩りのまねごともしていたが、数年前に身体を壊してからは日雇いの手先仕事や何やらで生活しとるとか言ってたな」

「……ふーん、そうかい。

 ま、もしそいつが“吹き矢”のフリオだとしたら、こっちに戻りたきゃいつでも戻れるって、そう伝えといてくれ」

 

 昼前の採取のときには結構な活躍をしてくれたフリオさんだが、何やら昔馴染みか何かだろうか。

 

「ま、何にせよそこまでちゃんと下処理出来てるなら、あとは特に言うことも無いよ。

 殴り殺して鬱血したりってのはどーしようもないが、基本的にオオネズミも穴掘りネズミも、穫った時期と普段の食い物で味が全然変わるからな。

 オオネズミなんか、貴族街の残飯漁りしてる奴とこっちの奴とじゃ全然違う。ま、どっちも不味いけどね」

 結局不味いんかーい!

 

「こいつはどうだ? 食ってたものの質は良さそうか?」

「そこまではあたし等には分かんないよ。アティックは鼻が良いから、肉の良し悪しを簡単に嗅ぎ分けられるのさ。

 ウチの屋台の穴掘りネズミ肉が評判良いのは、アティックが良い肉を嗅ぎ分けられるのと、奴の“秘伝の調味液”のお陰さね」

 そういえば例のマヌサアルバ会でのケバブもどきも、味付けやソースにはかなり凝っていたっぽいしね。


「じゃあその“秘伝の調味液“を……」 

「ダメに決まってるだろ。分けられるなら秘伝なんて言わないよ」

 うん、そりゃそーだ。

 

 とは言えこの後穴掘りネズミ一匹と交換に、基本の基本みたいな下処理、調理のコツなんかを教えてもらえた。後は実践あるのみだ!

 他にもイベンダーは昨日俺にも話したハンターギルド構想について少しばかりしゃべって、「多分ティエジはギルド長かそれなりの役職に就くだろうから、そっちも準備しといた方が良いぞ」とかなんとか言っていた。

 

 

 で、帰り際に例のカリーナさんがイベンダーに、

「そう言えば、JBは今日は来ないの?」

 と小さめの声で聞いてくる。

 モテか!? JBさん、モテモテか!? なんて勘ぐってしまったけどさにあらず。

「どうだかなあ。今日帰って来れるか、もっとかかるかはちと分からんが……何だ?」

 イベンダーさんがそう聞き返すと、再びちょっと言いにくそうな雰囲気で、

「うーん……。あんまり関係無いっちゃ無いんだけどさ。

 カストって奴の話、聞いてる?」

「ふむ。確か『牛追い酒場』の借金取り立てを代行したか何かだろ?」

「ま、そんなとこ」

「で、そいつがどうした?」

 

 ここでまた一呼吸置き、

「詳しい話は知らないんだけどさ。何か、死んだらしいのよ、あいつ」

 

 へ? 何また急に?

 いや、てか俺は全然その人のこと知らないんだけどさ。

 “キング”さんのことといいこの話といい、何か最近「知らない人の死にまつわる話」を聞かされすぎじゃないですか、俺。

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