2-102. 追放者のオーク、ガンボン(48)「ギルド?」


 

「おお、そりゃ賢明だな。お前さんが荒野で一人ハンティングなんてのは、全く全然欠片も向いてない」

 と、夕方になり戻ってきたイベンダーと二人でのんびり食事をしつつ話していると、きっぱりとそう言い切られてしまう。

「それにな。もうじきクトリアにはハンターギルドが出来る。

 まあギルド員にならんでも自分で食う分を個人的に狩りをする分は勝手だが、売り物にするってのはなかなか簡単にゃあ出来なくなるだろう」

「ギルド?」

 工事作業をしつつ冒険者ギルドのことなんぞを妄想してたこともあって、その単語にちょっと強めに反応してしまう。

「ああ。例の盆地あるだろ? お前さんの連れだったダークエルフが支配下においた魔力溜まりマナプールのあるあそこだ。

 あそこがまあとにかく動植物が豊富で、クトリアの狩人達にとっちゃ正に理想郷だ」

 

 確かに。中に居たときは分からなかったが、あの盆地の外は荒れ地ばかりで生きていくのにはかなり過酷。食べ物にも事欠くし、気候も厳しい。

 獲物になりうる動物、魔獣も居るには居るが、だだっ広い荒野の中ではそれ程頻繁に遭遇するわけでもないし、密かに狙おうにもすぐバレる。その上危険な人食い怪獣みたいなのもわらわらうろついてる。闇の森と同じかそれ以上の怪物ランドだ。

 それに比べればあの盆地……“土の迷宮”は、精霊樹が何本も生えているし動植物の数、種類どちらも豊富。果物を始め食べられる植物に蜂蜜や岩塩もある。魔獣、魔虫の類ももちろん居るけど、実際それほど凶暴でもないし、それ以外の動物の方が多い。

 

「だが、だからって狩人が争って乗り込み片っ端から穫り尽くそうなんてのはよろしくない。

 ま、お前さんの言うドリュアスやアルラウネ、それとダークエルフの支配領域云々の話もあるが、何より所謂“共有地の悲劇”ってやつが問題になる」

 きょうゆうちのひげ?

 なんすかそれ?

「ま、俺も前世に大昔の経済学の本でちょろっと読んだだけだからざっくりとしか説明出来んがな───」

 と前置きしつつ説明するイベンダーによれば、複数人で利用して利益を得られる共有地において、誰か一人が自分の利益のためだけに欲をかき出すと、結果的に全員が損をする事態になる……とかいう話らしい。

 

「この木皿が例の盆地だとするだろ?」

 ついっ、とテーブルを挟んで反対側に座ったイベンダーが、真ん中のサイコロ状に切った焼肉を盛った木皿をナイフで指し示す。これは俺がモロシタテムで頂いたやつを思い出しつつ再現した甘辛い味付けの肉料理だ。

「ここを六人で共有して狩り場にしてる、と。

 で、だいたい一定期間の間に穫れる獲物の量には元々は大差ない……として、だ」

 そう言いながら、取り分け用の六枚の小皿へとそれぞれ三切れずつ乗せる。

「まあ、実際にはそんなに早くには繁殖はしねえけど、一応はそれぞれの獲物もシーズン毎に産まれて増えるわけだ」

 まだ炒め鍋に残っていた肉を追加で木皿に盛る。

「で、それぞれが分量を守って穫り続けていれば───つまり、繁殖を含めた回復量を上回らずに狩り続けているなら、問題にはならない」

 

 と、ここで木皿の上の肉をわしっと掴み、一枚の取り分け皿に乗せる。当然こぼれるがお構いなしだ。

「そこでこう……一人が欲をかいて穫りすぎるとするな。

 となるとそいつだけが穫りすぎただけでも、合計での獲物の量は増える。増えると市場に流れる量も増える。

 例えば今までは1匹につき銀貨10枚、10匹の穴掘りネズミが売れていた。欲張りが倍の20匹を狩ったときに、最初は同じ様に1匹銀貨10枚で売れたとしても、次は買取が1匹9枚に下がる。市場に余剰が出るからな。

 で、それでも一時的にその欲張りの取り分は増えるが、そうなりゃ他の連中も追随して同じように欲をかいて倍の数を穫り出す。

 何故なら、一人の“穫りすぎた”奴のせいで1匹の買い取り価格が減れば、今まで通りにしてたらただ買い取り価格が減って損する一方になるからだ」

 

 自分は節度を守っているのに、他の欲深い奴のせいで一方的に収入が減る、となれば、そりゃあやってられない。

 

「で、そうなりゃもうただの争奪戦。安値になるから益々余計に狩りだして、瞬く間に狩り尽くされて狩り場は荒廃する一方。加速度的に市場での売り値は暴落する悪循環。

 結果的にその共有地を使っていた狩人全員が損をする、と。

 簡単に言やあそんな話だな」

 

 木皿を手にして、ざざーっと一息に肉を口の中へと放り込むイベンダー。

 前世の身近なニュースで言うと、漁獲量制限みたいな話か。

 

「クトリア近郊の不毛の荒野ウェイストランドは結構な広さもあるし、危険性も含めて言えばそうそう魔獣や野獣を狩りすぎる、なんてことは今までは想定されてなかったが、あの盆地はクトリア全土からすれば本当に小さな一部分でしかない。

 自然豊かではあるものの、下手なことをすれば回復不可能なダメージを与えかねないワケだ。

 ティエジ達と他の狩人達とで揉めていたから、ちょっとばかしその手の話をしてやって、解決策としてギルドの設立を提案してみたわけだ 」

 つまり、あの盆地の狩り場をハンターギルドで占拠して、部外者を立ち入らせないと同時に、適切な狩猟量を見極めて資源管理をする、ということらしい。

 でまあそれで、どうせギルドを作るなら、あの盆地だけではなくクトリア全土を対象にしたハンターギルドを設立して、相互扶助と利権の囲い込みもしていこう、と。

 とにかくそういう流れなんだそうな。

 

 そうなると元々狩りの苦手な俺が何とかがんばって獲物を狩ったとしても、それを買い取ってもらえなくなる可能性も出てくる。

 まあ自分で串焼きでも作って市場に屋台を出して売るという手もあるにはあるだろうけど、そこまでして狩りでの生計を立てたいわけでもないし、仮にそうするなら素直にギルドに加盟した方が楽そうだ。

 なのでまあ、その手はやはり無しで良い気がする。

 別に大金を稼ぎたい訳でもないしね。

 

 と、そんなことをイベンダーと話していると、周りに何やら気配がする。

 ここは元々のアジトの外側に新しく作られた“見習い、新入り用の休息所”で、簡単な炊事場と幾つかのテーブルがある。テーブルも日干しレンガを積んで脚を作り、そこに雑に板を乗せただけのもので、椅子も同様。構造的には公園とかにあるピクニックベンチみたいな感じだけど、間に合わせ感がはんぱない。

 簡単な炊事場の方は地下街の他の貧民に配るスープを作るのにも使われてるのだけど、俺も適当に使わせて貰える。なので備蓄食材で毎日何かしら作ってたりはする。

 

 で、この休息所は実際今は俺しか使う者が居ない。何せ本来見習いとして入ったばかりのアデリアとジャンヌはレイフとともに行方不明で、もう1人増改築作業の現場監督であるガエル・クルスさんの弟であるダミオン・クルスさんもセンティドゥ廃城塞の調査でここには居ない。

 つまり本来ここを使うべき人たちが居らず、居候枠の俺だけなのだ。

 なので普段はガラーンとしてる。

 

 で、そこに誰の気配がするかというと、まずは子供達。相変わらずやや遠巻きにこちらを見ているが、この視線は明らかに鍋の肉に注がれている。

 まあそうだよなー。育ち盛りにあの残飯スープみたいなのだけじゃ全然足りないだろう。

 今日はイベンダーが戻って来てたので、いつもよりか多めに作った。ちょっとぐらい分けても問題なかろーと手招きしようとするが、それをイベンダーに止められる。

「待て、それは止めとけ」

 え? 何で? と思うと、

「この周り、今シャーイダールの名前で飯と寝床を世話してやってる貧民どもはガキ等を含めて少なくとも7、80人くらいは居るぞ。

 そこでこのガキ共だけを特別扱いしていたら、後々ガキ共が他の奴らから妬まれる」

 と、そう言われる。

「ま、このガキ共が元々JBの連れで、見習いとして入ったジャンヌの身内だってのは知られてるから、この二人が特別扱いしてる分にはそうそう文句も出ないだろうが、俺たちまでそうするのは止めといた方が良い」

 

 うーんむむむ……。言われてみればその通りかもしれない。ていうか既に特別扱いで蜂蜜舐めさせちゃってたけどさ。

 あれもそういう意味じゃあんまり良くなかったのかなあ。むむむむむん。

 

「……だからな。こういうときはきちんとした“取り引き”にすりゃあいいのさ」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 元囚人、捕虜組、孤児組、それに地下街貧民組とそれぞれから数人ずつ。

 比率的には地下街貧民組がちょっと多いけど、トータルで15人程の人手と共に、翌朝早々に郊外へ。

 位置的にはもうマクオラン遺跡駐屯基地からさらに南。つまり本格的に人の住まない、行き来の少ない地域まで出てきている。

 一行は体格が良く、戦闘も出来るというマルメルスさんやグイドさんを中心とした外輪と、戦闘はあまり得意でない詐欺師のデレルさんや子供達をその内側、内輪として二重の円陣を組むような形で、少しずつイベンダーの指揮する方へと移動してる。


「旦那ー、これですかーい?」

 何かの植物の根っ子を掘り出して掲げる1人に、

「あー……ちょっと違うな。そりゃ毒百合根だ。サルサ百合はもっと色がこう……な。

 ま、それも使えるからとりあえず採っとけ」

 と。いや毒百合の根なんて何に使うのよ? 完全犯罪!?

 

 グイドさんなんかは外輪のほぼ先頭をのっしのっし歩き、例の食べられるサボテンのチョークサボテンとやらを雑にむしってはズタ袋へ投げ込み、内輪の子供達はもっと細かなもの、小さな虫や薬草、根っ子なんかを中心に採取している。

 一応どれも錬金素材やらに使えるもので、あとサルサ百合ってのは例のイベンダーのソーダマシンで「湿布薬の匂いがする薬草ソーダ」にも使うやつ。

 サボテンフルーツも幾らか採る。

 ただしそれぞれイベンダーに「全部を穫り尽くさないように」とは注意もされてる。

 

 こういう郊外での採取作業は、クトリアでは結構命懸けなのだという。

 本職の狩人達のように危険な魔獣や猛獣を狙うので無くても、また市街地からそんなに離れなくても、それなりに危険な生物、蛇や蠍や毒虫なんかはそこら中に居るからだ。

 今はイベンダーが魔導具を使い周りの気配を探りつつ上空で見張りをし、俺はタカギさんの背に乗り周囲を警戒。戦える人たちを外輪、そうでない人たちを内輪に配置するというフォーメーションでやっているから対策もとれてるけど、例えば子供達だけ、地下街貧民達だけ、元囚人組だけ……では、こうはいかない。

 

 子供達はクトリア近郊の動植物等にはけっこう詳しい。普段はあまり遠出はしないが、近場でのサボテン採取等は度々しているし、城壁内でも食べられる虫や草花、薬草なんかの採れるものもある。しかし危険な魔獣や野生動物なんかと遭遇したら太刀打ちは出来ないので逃げるしかない。

 地下街貧民は体力の点では子供達には一応勝るが、たいていは気力や連携、知識、動きの素早さという点で子供達に大きく負けている。何せこの子供達は例のジャンヌに“指導”されているのだ。なのでいざ戦いとなったら、子供達よりは戦えるかもしれないが勝てるほどには強くなく、かつ逃げに徹するのにも向いてないというどっちつかず。

 元囚人、元捕虜組はというと、マルメルスさんやグイドさん筆頭にけっこう戦える人たちが居る。実際今回来たのはデレルさんを除くとみんなそこそこの腕自慢タイプ。だけど王国領や地方から来てる人が多いので、クトリア近郊の動植物やら地形気候などには詳しくない。つまり力はあっても知識や経験はない。

 

 とまあ三者三様に長所と短所があり、それぞれ単独のグループではなかなか郊外での採取作業には向いてない彼らを、とりあえず俺とイベンダーによる護衛先導付きという形でやらせてみている……という案配だ。

 

 俺としてはまずタカギさんの食事のためのサボテン採取が一番の目的。この時点でもだいたいズタ袋ふたつ分くらいは採取してもらえて居るので大助かりだ。最低でも三、四日は保つはず。いやもっと保つな。

 イベンダーは……うーん? 薬草や錬金素材集め? シャーイダールという邪術士さんは錬金魔法薬作りが得意らしいので、そのためなのかもしれない。あとはサルサソーダか。

 で、今回は彼等雇われ達に現物支給で報酬を払うことになってる。つまり俺の作った料理だ。

 それを彼等それぞれのグループに与える。参加した代表者に渡してグループ内で分け合うのか、参加した人達だけで食べるのかはそれぞれによるんだろう。

 

「おーし、ちょっと待て。

 マルメルス、それとフリオ、体力ある奴らそれぞれ2、3人連れて前に集まれ。

 あ、グイドは待機な」

 フリオという人は地下街貧民達の一人で、年かさだが昔はけっこうやる方だったと自称するそこそこの腕自慢。今回来た面子の中でも中心的な人で、北地区の貧民、地下街辺りではけっこうな顔役らしい。けど大怪我で足の筋を痛めただか膝に矢を受けただかで今は細々と手先仕事をして日銭を稼ぐ暮らし。

 

「ガンボン、お前さんは一旦大回りでぐるーーっと回ってあの目立つ大きな岩の辺りまで行け。で、合図したら大声出しながらその豚ちゃん走らせてこっちまで走って来い」

 むむ? 何だろう。何やるの?

「ほれ、さっさと行け」

 むう。分ぁっかりまーしたー親方ァ~、行ってきまーすよー。

 

 

 トタタタタ、とタカギさんを駆っておよそ100メートルくらい南へぐるりと回る。

 向こうで何やらまた指示を出していて、しばらくして合図。俺は大きく息を吸い込み……声を出しつつ吐き出して元居た場所へ向かい一気に駆ける。

 

「ふおおおおおォォォォォ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

 

 何だ「ふおォ~」って。いや大声としか言われてないからさ。ふおォでもブヒィでもピギャーでも良いんだろうけどさ。

 そうやって駆けていくと、目の前の地面がもこもこもこっと盛り上がり、そこから子犬か中型犬ほどの大きさの肌色の何かが飛び出し一目散に逃げ出した。


「ほれ、今だ!」

 イベンダーのその再びの合図に合わせ、待ちかまえていたマルメルスさんやフリオさん達。

 彼らは2人掛かりで構えていた網を広げて投げつけ、子犬から中型犬くらいの大きさの生き物を数匹絡め取る。

 

「おおう! 上手く行ったな!」

 網に絡め取られもがくそれらを残りの数人が取り囲み、手にした棍棒やら何やらでボコボコにぶっ叩く。

 ぎゃぴぃっ、とでも言うような悲鳴をあげて生き物はのたうち回り血を流して、しばらくするとピクピクとし動かなくなった。

 うへえ、ちょっと……凄惨。

 

 恐る恐るのぞき込むと、網の中には四匹ほどの肌色からピンク色の肌の生き物がいて、全体にはほぼ毛のないパンダの赤ちゃんみたいな造形。目はぎょろりとしているがあまり開いておらず、多分地中生活をしている生き物なんだろうってのは見て取れる。口の上下に長くて大きな出っ歯があり、所謂げっし類のそれっぽい。

 

「ふーむ。トムヨイに聞いた昔ながらの穴掘りネズミ猟のやり方だが、なかなか上手く行ったな」

 地上へと降りてきたイベンダーが関心したようにそう言う。あー、何かそんな名前の生き物のことはちょっと聞いたなー。

 網を逃れた個体は、既に素早く穴を掘って地中へと逃げていったようだ。

「どう、するの?」

「後でお前さんが料理して連中に食わせてやれ」

 うへ、これをか。

 どー調理したら良いんだかな。アティックさん詳しいかな。

 

「旦那、こいつらもう血抜きしちまうけどそれで良いか?」

 白髪交じりの髭の似合うフリオさんがそう聞くと、

「ほう、出来るのか? なら今やっちまうか。

 この捕り方だと早く処理しねえとかなり臭くなるらしいな」

「ああ、穴掘りネズミは元々あんまり良い肉とは言えねえが、追い網穫りで殴って殺すのは特に血なまぐさくて不味くなる。

 素早く解体して血抜きした後、酒にでも漬けちまうのが一番良い」

 

 そう言いながら、フリオさんは手頃な大きさの岩を見つけてその上に四匹の穴掘りネズミの死体を並べると、次々と手にしたナイフで皮をはがし筋を切り血を抜き始める。

「へー、爺さん手慣れたモンだなあ」

「抜かせ若僧。まだ爺呼ばわりされる年でもねェわ」

 ややからかい気味にそう言う詐欺師のデレルさんに、確かにそう年寄りでもない張りのある声で返す。けどちょっとこの姿見ていると、貫禄という点ではある意味老成した感がある。

「昔は狩人の真似事なんかもよくしたもんだ。

 穴掘りネズミの追い網穫りなんざ、何年ぶりだかな。地元でも若い連中はこんなやり方知らんだろう」

 言いながら、皮をつるりと剥いた状態の肉塊が並んでいく。

 

「若いもんは知らない、ってのはそりゃ何でだ?」

 マルメルスさんのその質問に、

「さっきも言ったが、このやり方は不味くなりやすい。暴れまわる穴掘りネズミの急所を素早く一撃でぶっ叩いたり切ったり刺したりして仕留められるんでなきゃ、何度も殴りつける事になるからな。

 自分達で食う分にはちっとぐらい不味くても我慢は出来るが、王国軍に解放されてからは売り物にする為に狩ることが増えた。

 そうなりゃ出来るだけ状態の良いものにしたいし、そうするにはあまり興奮させたり痛めつけたりはしない方が良い」

 見た感じが残酷だから、というような理由ではないらしい。


 一応二重円の陣形はあまり崩さずに全員が少しずつ内側に移動。

 フリオさんの解体作業をみんなが注目するような格好で取り囲み、その話を聞いている。

 

「後は内臓だが……どーする、旦那? 手間暇かけりゃ食えなくもないが、埋めっちまうか?」

 内臓の処理は出来るだけ早い方が良い、とされるのは、内臓、特に胃や腸の中の消化物や菌が病気の元になるからだ。

 水場でやるのが好ましいンだけど、何せここは荒れ地と砂漠のクトリア。

 あとは内容物を出来るだけぶちまけずに処理するテクニックがあるかどうかだ。

「どうする、ガンボン?」

 え、俺に聞くの? まあ、うん、棄てましょう。

 水場とかで衛生的に処理出来る環境でない限り、やっぱ内臓は棄てた方が安全だろうしねえ。心臓とかは大丈夫かもしんないけど。

 

 そうして半刻くらいの間ちまちまとした下処理を続ける。

 すると不意にイベンダーが顔を上げ、例の左手の魔捜鏡を確認しつつ空中へと飛び上がり周囲を見回す。

 

「───こりゃ、ちょっと面倒な奴らが来たかもしれん! 

 マルメルス、フリオ! 陣形を保て! グイド、ガンボン、東に警戒!」

 

 え、東? どっちだっけ!? そうキョロキョロすると、タカギさんはキリッとした顔で一方を見る。すげー、タカギさん即座に方角が分かったの? と思うがさにあらず。視線の先ではもうもうと土煙が上がっていた。

 

「な、何だありゃ?」

「これは……大角羊の群れの暴走か?」

 口々に不安げな声を上げる人達。

 たしかバッファローくらいの巨大な羊っぽい奴だ。あんなのに跳ねられたらトラック転生間違いなしなやつ!

 

「に、逃げろ! 踏み潰されっちまう!」

「ダメだ、間に合わねえし逃げ切れねえよ!」

 恐慌に陥り出す人達の前を、大男のグイドさんが背に庇うようにして立つ。

「よし、お前ら陣形をそのまま縮めて、グイドの陰に立て。

 外周の奴らは円の外に向けて武器を向けろ!」

 イベンダーの指示に、ばたばたしつつもマルメルスさんやフリオさんが押し留めてなんとか従う。

 ちょうどグイドさんを頭にしたハリネズミみたいな陣形だ。

 

 けど、これで守りきれるのか? 土煙はかなりの大群を思わせるし、ここに到達するのも時間の問題。

 土煙。そしてグイドさんとその後ろの人達。それらを一瞥してから、俺はタカギさんの横腹を軽くける。

 ダッ、と一直線に大角羊の大群にへと向かい駆け出すタカギさん。

「うおおォォォォォ~~~~~~~~~~~~!!!」

 さっきよりも腹に力を込めての雄叫び。

 

 真正面からの無謀な突撃。傍目にはただの自殺行為に見えるだろう。

 けど、一応俺なりの勝算はある。 

 純化された魔力溜まりマナプールの魔力で“聖獣”となったタカギさんの威、そしてもう一つ、俺の“人狼の呪い”の発する威。

 この二つを合わせられれば、暴走した大型草食獣の群れを散らすことも出来なくはない。

 ……出来なくはないかな? ちょっと覚悟はしておけ? 的な?

 

 ───見えた。もう距離は200メートルも無いだろう。真正面からの大群の圧は半端じゃない。数としては……五、六十頭かそれくらいか? 流石にこれはビビる。

 再び俺は大きく息を吸い吠える。腹の底に渦巻く熱へと意識を集中。それを膨らませるかに拡大させつつ、三美神の指輪の持つ力を逆に弱めようとする。

 ……て、どうやるんだ? わからん! 多分魔力操作とか言うやつだ。

 体の中の所謂正中線とされる縦一直線ド真ん中の箇所にある“魔力の籠もる”場所。それを縦から繋げて循環を促して、その流れを目指す場所へと向ける。

 んー。習ったことは習ったけど、別にそんなに上手くない。けれどもその魔力の先を指輪の中へと落とし込み───。

 

 ブギーーーー! との雄叫びは俺じゃ無くタカギさん。その叫びに目の前の群れが真っ二つに割れた。

 興奮状態の大角羊の群れは、暴走それ自体は収まらないものの、それでもタカギさんの威を受けて自然とぶつかることを避けた。つまり、「道を譲った」のだ。

 二つに裂けた群れの勢いは止まることはなく、けれども俺達の後方に固まっているグイドさんと陰にいる人達の陣形へと向かいはせずにそのまま両サイドをすり抜ける。

 

 むむ。俺の威はあまり関係無かったが、結果オーライ……と思っていたら、タカギさんと共に駆ける俺の目の前には全く別の生き物が迫って来ていた。

 黒と金色に鈍く日の光を反射する鱗を持つ巨大な二足歩行をする人間大ほどの爬虫類。

 そいつが、真っ赤に燃えるような赤い口を開いて数匹、こちらへと迫り襲いかかって来ていた。

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