1-13. 「目が、目が~!!」
乾いた風が、土埃を地表から舞い上げる。
相対する二人の男。
一人は痩身だがしなやかな筋肉質。
もう一人は筋肉と、それ以上の脂肪がたっぷりついた、樽のような体型。
カウボーイハットを被せて、荒野のガンマン対決とでも洒落込みそうな緊張感だ。
とは言え、緊張しているのは俺の方だけだ。
即ちビア樽デブで、オークに転生して数日の異世界生活初心者マークの男。
理由は不明ながら、闇の森という呪われた場所で蘇生した男。
理由は不明ながら、生まれた場所であろうオークの城塞からかつて追放された男。
さらには理由は不明ながら、同じように死亡した後にこの世界のダークエルフとして転生したというレイフに保護されている男。
そして今、ダークエルフの戦闘エリート、アランディ隊長直々の戦闘訓練を受けている男。
戦闘訓練、というか、アランディ隊長の言によればこれはレイフに頼まれてのことで、どうやら向こうの世界、こちらの世界、双方での記憶が共に曖昧な俺が、「オークの戦士」として、どういう戦い方を身につけ、どれだけの力量だったのかを確認、思い出させることが目的らしい。
こういうのは頭で考えるよりも身体で思い出すのが一番、ということだ。
「俺から行こうか?」
訓練用の模擬山刀を手に、ゆったりと構えたアランディ隊長。
余裕である。
というかそもそもがこれは試合でも何でもなく、もっと言えば指導ですらない。
言うなれば、「手伝い」。
俺の身体的記憶を思い出させる為の手伝いでしかない。
さて、どうしたものか。
両手で棍棒を構える。
うん、やっぱバッターボックス感がある。
いっそフルスウィングしてやろうか、とも思うけど、多分それ、そもそも得意じゃないな、俺。
まあ、とりあえず何回か振ってみる。
うーんむ。
馴染みがあるような、ないような。
よく分からない。
「なかなか振りが鋭いじゃないか」
そう言われるも、まあピンとはこない。
周りの訓練生たちも遠巻きに注目している。
いや君らは君らの訓練をしなさいよ。
対峙すること数秒、あるいは数分。
時間感覚が分からなくなる緊張の中、どーしたら良いかと判断つかない俺にしびれを切らしてか、先に動くのはアランディ隊長。
「いくぞ」
余裕ぶって、ということでもなく、そう宣言して踏み込んでくるのに対して、慌てて棍棒を振り回しつつ後ろへ退く俺。超カッコ悪い。
しかしそれが功を奏するというか、退きながらの凪払いに対してアランディ隊長はやや驚いた表情を見せ、危うく直撃は避けるも体勢を崩す。
そこにすかさず連撃を……といければ良いのだろうけど、そこはそれ、中身はヒキコモリデブじゃん? 無理無理無理、そーゆーの。
出来たのはせいぜい、体勢を持ち直したアランディ隊長へと体を向けること。隊長は既に新たな攻撃モーションに入ってる。
受け、受け、受け。
隊長は短刀で重い棍棒を受けようとするな、とダークエルフ達に指導してたが、逆は出来る。
両手持ちを想定しているであろう大きめのこの棍棒は、短刀相手に受けに回っても何の問題もなく安定している。
いや……多分何より、俺の腕力と体幹が、受けの安定感をもたらしているようだ。
オークの種族的特徴は、大柄で頑強で怪力だという。
俺は体格に関してはやや小さい。
ダークエルフ達に混ざっていると、頭一つほど低い。
つまりチビオークである。
しかしどうやら腕力に関してはそれなりのようで、重く、両手持ち前提の棍棒を、片手で軽々振り回せていた。
アランディ隊長は人間とのハーフということもあってか、ダークエルフ達の中では明確に体格が良い。
しかし感覚として言えば、人間の平均から比べるとやはり細身に思える。
ダークエルフ達の中では「群を抜いて身体能力が高い」が、オークである俺と比較すると「貧弱、貧弱ゥ!!」となってしまうのだ。
数回、アランディ隊長の攻撃を受け、叉はかわした頃、俺はその隊長に対しての圧倒的身体能力の優位に気付く。
体力、持久力、俊敏さには劣る物の、腕力や耐久力なら全く負けていない。
ならばそれを活かすなら……?
隊長の山刀を受けたとき、今までと逆に今度はそのまま体を押し込んでみる。
おお、と周りから声があがった。
初めての攻勢だ。
隊長も俺のこの攻勢を想定していなかったのかまたも軽く驚いたが、今度は押し込んだ俺の棍棒の力の流れを左に逸らして距離をとる。
先程も盾兵による押し込みへの警戒や、常に距離をとることを指導していた事からも、ダークエルフの戦術はこの手の体格と防御力を活かした強引な組み打ちには弱いと見える。
力押しを逸らされた俺は僅かにたたらを踏む。
その僅かの隙に来たのは山刀の追撃……ではなく、アランディ隊長の長い脚だった。
蹴り脚は俺の左膝の裏を打ち抜く。ダメージは大きくないが、体勢はやはり大きく崩れる。
よろよろと倒れそうになるのをなんとか踏みとどまり向き直ると、構えたまままた距離をとるアランディ隊長。
これ、実戦ならこの隙に確実にやられてたハズ。体格、腕力の利だけでは隊長越えは難しいようだ。
「やはり、お前は変わってるなあ」
ちょいと楽しげにそう言うアランディ隊長。
オーク戦士としての記憶をあまり覚えていない俺の「リハビリ的なやつ」としての模擬試合だそうなので、アランディ隊長も俺を倒すつもりで相対している訳ではない。
しかし変わっている、と言われても、そもそも俺の記憶の中に「変わってないオーク戦士の戦い方」というデータが無いので、何がどう変わっているのかはよく分からない。
これはまた後になって聞いたことだが、やはり一般的なオーク戦士の戦い方というのは、体格体力腕力を利したゴリゴリのゴリ押し戦法で、俺がやったような「退きながらの凪払い」だとか「受けからの押し込み」だのはあまりやらないらしい。
相手が突進してくれば、こちらもそれ以上の力で突進して弾き返す。
受け、かわし、などをする暇があれば、兎に角打ち込む。
言わば駆け引き0の「攻撃強ボタン連打」が、オーク戦士の基本戦法。
そう聞くとアホな子供みたいだとも思えるが、特に集団戦でこれをやられるのはかなりキツいらしい。
元々体力体格腕力に大きなアドバンテージがあり、その上痛みに鈍感で恐れ知らず。
さらに、神に祈ることで持久力等を大幅に上昇させることも出来るそうで、オーク戦士の集団と戦闘になったら、「武器の届く範囲に来られたら負け」なのだとか。
エヴリンドの話では、「同数の一般的なゴブリンと一般的なダークエルフの集団が白兵のみで戦った場合、ほぼダークエルフが勝つ」とのことだったが、それで言えば「同数の一般的なオーク戦士集団と一般的なダークエルフが白兵のみで戦った場合、ダークエルフの10戦0勝」が確定だそうだ。
神話的には元々が同じ種族だったとは思えないほどの格差。
まあ何にせよ、そういう肉体言語の脳筋種族であるハズの俺が、俺なりにKUFU、工夫をしつつ駆け引きをして戦うというのが、アランディ隊長からすると「変わっている」し、「実に面白い」らしい。
すんません、頭の中身はオーク戦士というかデブオタなもんで、ええ。
さて、振り出しに戻る、だ。
こちらが一般的なオーク戦士らしい脳筋突撃タイプでないことがバレてしまい、もはや隠し球は存在しない。
アランディ隊長からすれば、想定範囲を「脳筋突撃タイプのオーク戦士」から、「ある程度訓練された人間の戦士」くらいに広げて対処すれば良い、ということになる。
しかも考えてみれば、今のところ俺の攻撃は一度もアランディ隊長に当たっていない。せいぜい、態勢を少し崩した、程度だ。
うーんむ。これ、もしかして「脳筋突撃タイプオーク戦士」より、単純に弱いのではなかろーか?
「オーク戦士としては体格がかなり小さい」らしい俺は、もしかしたらオーク城塞内ではいじめられっ子のもやしっ子扱いで、そのためにこういう駆け引きや創意工夫を凝らした戦い方を覚えていた……のかもしれない。
で、そういう態度が逆にオーク戦士としては「臆病者」としてより軽蔑され、結果「
なーんてことを考えていたら、目の前にはアランディ隊長の山刀。
おわ、と驚き仰け反ると同時に脚を払われ、仰向けに倒れた喉元にぐさり……の態勢。
「どうした? 集中力が切れたか?」
はい、切れてました。
◆ ◆ ◆
一度切れた集中力はなかなか戻らず、立て続けにアランディ隊長の手にした訓練用山刀は、実戦であれば俺の命を確実に奪うであろう位置へと滑り込んでいる。
ぐーむ、おかしい。
異世界転生チート物であれば、そろそろ俺だけの固有スキルや固有魔術に目覚めて、無双モードからのナオンちゃん大集合、そして「抱いて、抱いて」のハーレム展開へのフラグが立っているハズだ。
雑念も膨らみ、集中力も切れ、さらにはアランディ隊長に「随分鈍っている」と言われた肉感ボディのスタミナも切れつつあり、創意工夫をしようという意識すら無くなりつつある。
それに比例して、アランディ隊長の目からも興味や好奇心の色が消え、なんだか「また、つまらぬモノを斬ってしまった……」とでも言い出しそうな気配が漂いつつある。周りのダークエルフ達に至ってはもう誰もこちらを見ていない。各々の練習に戻っている。いや真面目か!?
だが。
何度目かのアランディ隊長からの攻撃に押され、俺は仰け反り気味に腰を落とした。
そのとき、一度落ちた腰をぐいと起こそうとして、脚の位置のせいか隊長に対しての半身の体勢に。
隙になる。
そう思った瞬間、攻撃を受け止めようとしてか、両腕が山刀を持ったアランディ隊長の利き手に絡んだ。
右手の棍棒はアランディ隊長の右脇の下。
左手がアランディ隊長の腕を掴む。
脇の棍棒が隊長の体勢を上に上げる。
そして落とした腰を支点にしてぐい、と跳ね上げて……。
「あれ……?」
視界が回転して、今は地面の近く。
密着したアランディ隊長の顔は、ちょうど俺の脇の間に挟まれている格好。
あれあれあれ、これ、何だ、何だっけ?
記憶にある、記憶にあるぞ、これ。
浮かび上がってくる記憶の渦に頭が翻弄されたそのとき、閃光が目を貫き悶絶する。
「目が、目が~!!」
反射的に両手で目を押さえて転がる俺。
とっさの魔法で反撃して、その下から這い出したアランディ隊長の方はというと、後で聞いたところ俺の脇スメルに悶絶していたらしい。
そうそう。
思い出したのは、「一本背負いからの、袈裟固め」でした、ええ、ええ。
俺どうやら、ただの「ヒキコモリデブ」ではなく、「ヒキコモリ柔道デブ」だったようだ。
チート……か、これ……?
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