1-12. 「じゃあ、やろうか?」


 

 死ねる……これは余裕で死ねる……!!

 荒く息をつき、仰向けにへたり込んで倒れている。

 アランディ'sブートキャンプ二日目は、鎧を装備した上でのハードな有酸素運動から始まった。

 いや、分かる、分かるよ?

 実戦では皆、「軽くて動きやすい胴着」なんかではなく、当たり前に鎧を着て戦うわけだし、着たままでどれだけ動けるか、てのは重要。

 それは分かるよ!?

 分かりはするが……糞疲れるッ!!

 

 休憩。

 今は休憩だそうだ。

 つまり後で再開する。キビシー!!

 周りのダークエルフ達もそれぞれ思い思いの場所で休んでいる。

 エヴリンドやエミリも居るし、トリーアなんかも居る。

 流石に昨日の、胴着姿での時より疲れているようだが、明らかに俺よりは慣れているのか、倒れ込むほどの者は居ない。

 トリーアに至っては、周りの自分より若いダークエルフを気遣うような余裕まである。

 何だよ! 野球部とかサッカー部の爽やかパイセン感ありまくりじゃないのさ!?

 

 暫くの休憩のあとは走り込み。これもキツい。

 鎧兜に装備一式を背負ってのランニングに、時折混ぜられる全力疾走。

 このあたりになると、慣れているはずのダークエルフ達にもぼちぼち脱落者が出てくる。

「戦いは体力だ! 周回遅れは地豚の餌にするぞ!!」

 アランディ隊長が地獄の黙示録化しはじめてる……!!

 超体育会系! 何ですかこれは!?

 

 で、また休憩を取ったら、今度は武器を持っての素振り、型稽古みたいなのから、試合形式の対戦になる。

 こちらはまだ年若いダークエルフ達は見学。基礎体力づくりと武器込みの実施訓練では、たしかに危険度が違うしね。

 話によれば、格闘技訓練や弓の年齢制限はもっと低いらしい。

 弓使いの多いダークエルフ達だが、当然白兵戦もする。

 それぞれに得意武器があるらしいが、殆どは短刀。偶に手斧、やや長めの山刀という具合。

 彼らにとってはあくまで弓が主体であり、白兵戦は補助的なものらしい。

 白兵武器は弓や魔法による攻撃をかいくぐって来た相手に、とどめを刺すためのもの。

 見たところ、所謂大剣や大斧のような両手持ちの武器を使う者は居なかった。

 

「さて、今日はオークのガンボンが参加する」

 改まってアランディ隊長にそう紹介される。

 なになに、その、転校生を紹介します、的なノリ!?

「彼は棍棒使いだ。なので今日は特別に、棍棒使いへの対処法を練習する」

 あー、そゆことか。

 だいたい四、五十人ほどの訓練生の中にも、棍棒を使っている者は居なかった。

 ダークエルフにとってはあまり馴染みのある武器では無いのだろう。

 主に短刀、叉は手斧、という選択からして、刃のある武器で、軽くて扱いやすい、というのを重視した選択なのはなんとなく分かる。

 手斧にしても、造りを見るとどちらかというと鉈と斧の中間のような、やや幅広の山刀とも言える造り。武器兼日用品、という感じだ。

「そこで構えてくれ」

 既定事項であるかに促されるが、いやちょっと待ってちょっと待ってお兄さん、俺、棍棒の使い方とか多分そんなに分かりませんよ?

 

 もはや仕方ない。まな板の上の鯉、調理場に吊された豚、の気分で、アランディ隊長の言うがままに棍棒を構える。

 えーと、右手を上、左手を下。そんで両足は前後に肩幅くらいで、半身を開いて前にして……いや違う、これはバッターボックスでの構えだ。多分。

 もちろん手にしているコレは、金属を巻いた自前のそれではなく、皮と布を巻いた練習用のもの。とは言えそれなりの重さなので、当たりどころが悪ければ大怪我をするかもしれない。

「棍棒術も極めれば多々あるが、多くの棍棒使いの攻撃は『上段からの打ち下ろし』か、『横凪ぎの払い』。それと『振り回し』だ。

 重さと硬さが威力に直結するため、特に『打ち下ろし』には注意が必要で、刀剣類で受けをすれば刃こぼれ、場合によっては叩き落とされたり壊されることもある」

 アランディ隊長の言う通りに、振り下ろし、凪払い、振り回しの各動作をしてみる。

 ……うん、確かにこの身体は、それを覚えているようだ。

 隊長に促され、集団からエヴリンドが出てくる。

 出会った当初と同じ黒地の革鎧を身につけた彼女は、ちょうど向き合った形で立つと訓練用の山刀を右手に構える。

「重装備でない我々は、基本としてかわすことだ。盾で受け流すのも可能だが、棍棒使いの多くは我々より膂力があるし、棍棒、鎚などはその重さが威力に直結する。下手に受けてバランスを崩せば大きな隙になる」

 隊長が身振りで、俺に振り下ろしのポーズを指示。それに従い、先ほど同様に訓練用の棍棒を振り下ろすと……。

 気がつくと、喉元にエヴリンドの短剣。

 どんな動きだったかさっぱり分からない。

「もう一度、今度はゆっくりやってもらう」

 そう言うと隊長は俺の後ろから腕に手を添える。

「棍棒使いが振り上げる……」

 棍棒を握った手を高く掲げる。

「このときに、相手の目線と腕の角度で、軌道を予測しておくこと」

 え、ちょっと何、すごく高度な話してない?

 エヴリンドは右手の山刀を前にしてゆったりと構えている。

「構えのとき、脱力を忘れるな。重装と違い、常に機敏に反応できるよう、余計な力は抜いておけ」

 前後左右に揺れるエヴリンド。言われてみると、格闘技の構えにも似ている気がする。

「そして、棍棒使いが振り下ろして……」

 隊長が俺の腕を動かし、ゆっくりと分かり易い速度で打ち下ろさせる。

「武器の持ち手の反対にかわし……」

 振り下ろした腕の脇へと身をかわしているエヴリンド。

「伸びきった腕を逸らして、懐へ潜り込む」

 かわしつつ、左手で俺の棍棒を持った腕を払いのけて逸らして、一気に間合いを詰めてきた。

 勿論、右手の山刀は既に喉元をロックオン、だ。

 訓練用の模造刀とは言え、冷や汗ものだ。

 ていうかエヴリンドさん、目、超恐いです……。殺る気溢れちゃってません?

「基本はこれだ。

 脱力、かわし、逸らして、急所への攻撃。

 しかしこの戦法は、帝国の重装盾兵等にはまず通用しないと思っておけ。

 山賊、ゴブリンのような、軽装でかつ鈍重な相手への対処法だ。

 勿論、脱力から逸らしまでの戦法は常に有効だが、重装相手ではさらに魔法の併用等が必要になる。

 重装相手には機動力で距離を保て。盾兵は何より、盾によるはねのけに注意しろ」

 攻撃する腕が伸びきったときというのは、隊長の言う「脱力」とは真反対の状態。なので横から軽く力を入れられただけでもバランスを崩しやすい。

 これは所謂、「後の先」、つまり、「相手に先に攻撃をさせ、その動きの終わった最も隙の出来た瞬間を狙う」という戦法のようだ。

 逆に隊長が例示した「帝国の重装盾兵」というのは、恐らく大盾を構えた密集形態で突撃をするような戦法だろう。

 これは集団戦の一つで、盾を防壁代わりにして相手の陣に強引にねじ込む、突破力の高い用兵。

 対軽装兵や小回りの利かない長槍兵への集団戦には物凄い威力を発揮するが、騎馬突撃等には弱い。

 また、軽装の投石兵や弓兵への強引な突撃も強力だ。 

 ……て、何で俺はこんなこと知ってるんだ?

 追放者のガンボンの知識なのか、向こうの世界のヒキコモリアス・デブのだった俺の知識なのか、よく分からないが……。

 

 総じて、アランディ隊長の教えは、密集した戦場での集団戦より、散兵での対個人戦を想定したもののようだった。

 今まで聞いた話でも、彼らは闇の森という地形環境を有効活用している。

 なので、平地での集団戦ではなく、森林でのゲリラ戦を前提として戦法を組み立てているのだろう。

 

 で。

 さらに続けて、『横凪払い』や『振り回し』への対処等々を実演。

 その後は二人一組で、片方が棍棒使い役になっての型稽古、からの組み手。

 それをまた、ほんげー、とぼんやり眺めていると、イケメンダンディーのアランディ隊長がにこやかに近づいて来る。

「じゃあ、やろうか?」

 え、え、何て?

「レイフから頼まれてるからな。

 お前の戦い方を見極めるように」

 え、え、何で?

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る