1-08.「 酒乱! 族長! クールロリ! 」


 

 うん、語感が良い。テンポも良い。今、口に出したい日本語。

 語感は良いが、状況は悪い。

 夜中。浴場。三者三様の女性達に囲まれている。

 全裸で。

 

 族長、ナナイとは既に面識がある。

 魔弓の射手とも、竜血の使い手とも呼ばれる、闇の森ダークエルフ十二氏族ケルアディード族の氏族長であり、戦士。

 その子であるレイフからも、護衛役のエヴリンドにエイミ、そしてダークエルフの戦闘エリートの一人であるアランディ隊長からも色々と話は聞かされている。

 まず弓を持たせれば闇の森ダークエルフ随一であり、数多の魔獣を一矢で仕留められる程の凄腕だという。

 近接においては短刀を巧みに使い、また魔法に関しても専門ではないが凡百の魔術師には引けを取らない。

 その中には付呪と呼ばれる武器防具他様々な道具に魔法の力を付与するものもあり、その技術に関してはダークエルフ達の中でも屈指なのだと言う。

 ケルアディード氏族が代々受け継いでいる技術だとかで、彼女の作り出すものは古代ドワーフの秘宝に匹敵しうるものまであるとかとも。

 これ、まあ所謂「チートレベル」のハイスペックだと思うが、「転生し生き返った」最初の夜に、実際彼女に助けられた俺はその実力の一片を垣間見てるので、なる程そうなんだろうな、と納得できる。

 そしてまた、氏族長という立場でありつつも、現場主義ですぐにほいほいトラブルの元に出掛けてしまう破天荒な性格。

 聞いていると、「いやむしろこのヒトこそ、所謂“異世界転生チート系無双キャラ”なんでねーのかしらん?」 と思えてくる。

 

 で、そのナナイには二人の妹が居る。

 その一人が、酒乱。

 マノンという名の彼女は、背は低いが他のダークエルフよりやや肉付きが良く、ちょっとむちむちした感じがする。

 太っている、というのは他の痩せたダークエルフ達と比較すればの話で、こう、俺の「元の世界」の感覚からすると、最も「女性らしい」雰囲気がある。

 彼女はケルアディード氏族郷の外交担当、なのだそうだ。

 氏族長のナナイは、確かに傑物であり英雄だが、はっきり言って政治センスは無いに等しい……らしい。

 このあたり、レイフ以外は言葉を濁しているが、言外にそう言っている。

 で、このマノンさんはというとそのあたり、姉のナナイの真逆の性格資質で、戦闘やら魔法に関しては全く向いていないが、交渉事が巧い。

 そのため、普段から闇の森ダークエルフの各氏族達との交渉や、議会の代表として動き回って居る。

 

 そして、末の妹がクールロリ。

 まあ、最初に見た、黒髪で小柄な、一見少女にも見えた彼女、ガヤン。

 クールロリ、などと呼んでしまったが、実年齢は60を越えている。人間で言えば20代前半で、新卒社会人といったあたり。

 さて、戦闘、外交と来て、では次は内政官か? と思いきや、彼女の役回りは呪術師なのだという。

 二人の姉とは異なりかなり内向的。ダークエルフとしてはむしろ姉たちよりも「ダークエルフっぽい」とも言えるのだが、しかしそれも度が過ぎてはやはり極端で、郷の他の者達も多くは彼女が普段何をしているかを知らない。知らないが、彼女の持つ呪術師としての能力は非常に高いらしく、郷の、さらに言えば闇の森ダークエルフ達の大きな決定ごとには、かなり大きな影響を与えているらしいのだ。

 

 で。

 現状。

 つまり俺は今、このケルアディード氏族郷のトップ3とも言える三姉妹と、図らずも同席してしまっているのだ。

 全裸で。

 混浴しながら。

 

◆ ◆ ◆

 

「ああ、この郷にはけっこう多いぜ」

 と、ナナイ。

 気まずさと切なさと心強さとをない交ぜにして誤魔化すために、俺は最初の話題を振ってこの場をしのぐことにした。

 つまり、「アランディ隊長は帝国人との混血で、なので無精ひげダンディーだ」というガヤンさんの言葉について、だ。

「てか、アタシ等もそうだしね」

 さらっと、そう続けるナナイさん。

「アタシはウッドエルフとの混血。マノンもアランディと同じく帝国人と。で、末のガヤンは西方のジャルダル人だったかな」

 え? え? ちょっと家庭環境複雑すぎて頭が追いつかない!

 

 と、このときはそうなのだが、諸々レイフから聞いていた話や、翌日改めて聞く話も含めてみると、まあ分かる。

 レイフは「闇の森ダークエルフ達は、母系社会だ」という話をしてくれていた。

 母系社会とはどういうことか、というと、所謂家系図、ファミリーツリーを「子供を生んだ母親」起点で捉えている、ということ。

 そしてその上で闇の森ダークエルフには、「一夫一婦制」という概念がない。

 

「経済的には原始共産制にかなり近い。

 個人所有という概念が無い訳じゃ無いけど、食料や生きるのに必要なものは基本“氏族”が備蓄している。

 つまるとこ、衣食住に関してはほぼ全て氏族、郷という共同体で賄うんだ。

 そして、教育や育児に関してもね」

 

 エルフは人間よりも寿命が長く、また身体的に成人になるまでも時間がかかる。

 そのためもあって、エルフ社会では「子供は皆で大事に育てよう」という意識が強く、それも含めて「母親」の力、発言力が強い。

 又、「産むのは女性、育てるのは皆」ということから、所謂人間社会におけるような「父親」の役割が特別視されない。

「乱婚制、てのに近いかな」

 一夫多妻、の逆で、「母親」に対して複数の男性が「父親」役をする、というのが、変わったことではないのだ。

 では一妻多夫なのか、というと、そうでもない。

 例えば女性Aに対して男性x.y.z.が関係を持ちAがそれぞれの子を産むとする。

 その子等は「女性Aの子」と見なされ、「氏族全体で育てる」ことになる。

 同時にその中で男性x.が、女性B、Cとも関係を持ち、さらにB、Cに子が産まれるとする。

 それもまた同様に「女性Bの子」「女性Cの子」として、「氏族全体で育てる」のだ。

 つまるとこ、「父親の役割」というのは、「子どもが出来る」ところまで、でしかない。

 

「向こうの世界」の感覚からすると、いまいち理解しにくい。

 え、それって男の側が無責任過ぎない? と思ってしまう。

 しかしレイフに言わせれば、「一夫一婦」、「一夫多妻」という男性家長を絶対とする婚姻制度は、主に「戦争」「貨幣経済」「宗教」の3つが作り出しているのだ、という。

 

「狩猟採集中心の生活では、生活拠点を固定化させないから、群れごとの勢力争いが少ないんだ。

 餌場がかち合って小競り合いになっても、無理に争い続けて群が全滅するよりはよそに移動する方が合理的だろ?

 勿論、より良い餌場、水場は確保したいが、お互いに生死、群の存亡を賭けてまで争う必要はない。

 けど農耕が発達するとそうはいかない。

 肥沃な耕作地、そして水場の絶対的確保がそのまま死活問題になる。

 そして、“戦争”が生まれる」

 農耕が発達すれば、より多くの食糧が安定確保できる。人口も増え、勢力が増し、文明も発展するが……争いも大きくなる。

「農地、領土の確保により、小競り合いが大規模な戦争になると、身体的精神的に戦闘向きの雄が、より強い権力を持ち出す。そしてその権力を維持し、また強化する方便として“宗教”が、より男性中心のものになりだす」

 

 代表的なのが、キリスト教と儒教だと言う。

 共に家父長制を強化し、父親、男性のみを意志決定出来る存在である、と定めてる。

 

「そして貨幣経済により、女性の性が“金銭により代替可能な取引材料”と見なされることにより、女性性というのが“権力と富を持つ男性の支配下にあるもの、所有物”として扱われる。そうなるとその社会においての女性は、“処女”と“娼婦”に二分される。

 つまり、“金では自由に出来ない神聖さ”と、“金で自由に出来る欲望のはけ口”という両極端なモノを投影し、押し付けられるんだ」

 

 ものすごくざっくりと言えばだけどもね、と付け加えつつ、そう説明した。

 勿論、遊牧民であっても父権社会化は起きるし、これらの流れが必ず普遍的とは言えないが、そういう人間社会の歴史的変遷と比較した上での、闇の森ダークエルフ社会はどうかと言うと、確かに母系社会として発展する必然性はあるのだという。

 

「まず、戦闘能力においての男女差が殆ど無い」

 エルフは身体的にもあまり男女差が無い。

 例えばアランディ隊長は人間との混血と言うこともあって、身体的には一般のダークエルフよりも「男性的で、強い」のだけど、それでもトータルでの戦闘能力ではナナイに全く及ばないらしい。

 また、魔法を戦闘能力として含めれば、さらに差はなくなる。

 となれば、特に闇の森のような特殊な閉鎖的共同体内部で、「子供を産める」という能力を持つ女性の社会的な重要度は増す。

 何せ「大抵の男性に出来ることは、女性にも出来る」が、「子供を産むことは男性には絶対に出来ない」のだから。

 

「そしてやはり、この闇の森という環境、かな。ここに適応しているというだけで、他種族との大規模な戦争はかなり回避される」

 人間を始めとした多くの他種族にとっての危険性が、そこに適応した彼等には恵みでもある。

 

 で。

 母系社会である、という前提に加えての、混血の多さは何か、というと、

 

「こっちは、ある種の稀人信仰に近いかな」

 

 とのこと。

 稀人信仰、というのは、「共同体の外から来た異質な存在を、神聖な者として迎え入れようとする信仰」だという。

 これは僻地の小さな共同体にはよくあるものらしく、一説によれば「狭い共同体内部で血が濃くなりすぎることで、遺伝的多様性を失わないように、他の共同体に属する新しい血を入れようとする」のだとも言われている。

 それがどこまで正しいかは分からないけど、環境も含めて非常に閉鎖的な闇の森において、外部から誰かが訪れることは本来稀なことで、またこの他種族にとって過酷な場所に来れると言うことは、それだけの「強さ」がある、と見なされる。

 なので、その来訪者が敵意や害意を持っていない限り、ダークエルフ達は客人として厚遇し、その結果として「子をもうける」関係になるのも少なくないという。

 

 と、いう、こと、は、と。

 レイフの話から、俺は一つの可能性に気がついた。

「つまり、それは、あれか!?

 異世界転生ハーレム展開は、そんなに遠くないということか!?

 ついにわしにも、蜜あふるる約束の地、神聖モテモテ王国への扉が開かれたのじゃよ?」

 トンカツ喰ってトンに勝つ!

 とかなんとか叫びだした俺を見る、複雑なレイフの目。

 あ。

 というか、だとしたらこの郷に着いてからのダークエルフ達からの結構冷ややかな視線は何かしらーん?

「うん、まあ、その。

 第一印象って、大事……じゃん?」

 ……思い出した。

 最初に魔獣から助けられた俺を見た、エヴリンド……か、エイミの言った言葉。


『正直、初めて見たよ、あたしは。

 こんな、臆病でみっともなくて情けないオークは』

 

 ……つまり俺は、『臆病でみっともなくて情けないオーク』という『第一印象』を。

 既にこの郷のダークエルフ達にもたれてしまっているのだ。

 

 非常ーーーーーーに、キビシィーーーーーー!!!!

 

 ◆ ◆ ◆

 

 てな話をするのは、この後のこと。

 今現在の俺はと言えば、絶賛混浴進行中であり、この郷のトップ3に全裸で囲まれるという嬉しくもあり気まずくもありな状況である。

 気まずくてなかなか目も合わせられないシャイボーイな俺だが、あちら様はそんな心中などお構いなしだ。

 ナナイに関しては、まあキャラクター的になんとなく納得できる。

 マノンに関しても、この酒乱絡み酒っぷりからも、まあ致し方なしとも思う。……逆に、外交官としての手腕には疑問符も付いてしまうが……。

 で、最後のガヤンに関しては……確かにあまりこちら側には近づいてこない。こないが、それが所謂恥じらい的なものかというと、そうでもない感じなのだ。

 やいやいと騒がしい姉二人に比べると実に物静か……ではあるが、時折こう、妙な視線を感じる。

 視線……というか、むしろ睨まれている感じ?

 何ですか。俺、何かやりましたかね? いや、ある意味現在進行形でやらかしていると言えばそうなのだけど、混浴が嫌ならば出て行くという選択肢もあるはずが、そうはしない。

 つまり、想定できる可能性はただ一つ!

 ツンデレクールロリっ…………!!

 本当は俺に気があるのに声をかけられないシャイなあの娘っ……!!

 ……希望的観測です、ええ、ええ。

 

 まあそれは別として、どうやら基本的にダークエルフ達は、肌を見られることに対しての忌避感、羞恥心というのが人間……前世感覚でのそれに比べて少ないらしい。

 これもこのときは分からなかったが、後々のトレーニングの際の他のダークエルフ達の立ち振る舞いやレイフからの情報でなんとなく分かった。

 別にこのときに勘ぐったような、「オーク? オークなんて豚と同じでしょ? 豚に裸を見られて恥ずかしいなんて思う?」的な理由ではなかったようだ。

 そしてガヤンさんがあまり近づいてこない理由も、ナナイ達からの「この娘は相変わらずの人見知りでね」との言葉で理由が分かる。

 俺の希望的観測は、最悪でも最高でもない、ごく普通の答えにより粉砕された。

 

 まあそうだよね。

 

 外交官でもあるマノンさんが数週間ぶりにこの郷へと戻って着たとかで、それで「三人で風呂でも浸かってのんびりしようや」と繰り出してきたところ、普段ならこんな時間に入る者など居ないはずが俺が居た、というのがことの顛末であったようだ。

 だもんで、しばらくのんびり浸かって話などをした後、ナナイが酔いとのぼせで覚束ないマノンを引きずって先に出て行く、という流れでうやむやなまま何事もなく解散になる。

 本当にその……「女性との混浴でドキドキ!」なイベント感はまるでなく、なんつーか本当に、「同性の同僚叉は体育会系運動部の仲間と、帰りに銭湯に寄ってから帰る」みたいなノリのままで……。

 

 何でしょう、この……この感じ。

 入り口は何かいかにもなイベントでも起きそうな感じだが、こう、最終的には何もない……みたいな展開?

 どーも、ここんところずっとそんなんばっかな気がしている。

 いや、もしかしたら前世、前々前世からもそんなんばっかだったかもしれないけどさ。

 

 そんなこんなで一人残された俺は、一人であわあわとして精神的にも肉体的にもアップダウンしつつやはりへろへろに疲れてしまい、巨木の葉の隙間から空を見上げて大きく息をつく。

 月はあと数日で満月になろうかという形。

 この世界でもそこはあまり変わらないようだ……と思うが、よくよく夜空を見ると、黄色い月からやや離れた木々の隙間に、それより小さな赤味がかった月がある。

 ああー、やっぱり異世界かー、などと改めて思っていると、再び声がした。

 

「この後……」

 既に三人とも去ったものと思い込んでいたため、危うく湯船で溺れそうになるくらい驚き振りかえると、既に服を着たガヤンがこちらを見ている。

「着いて来て」

 言葉少なくとも有無を言わさぬかのような調子でそう告げる。

 

 ……え、嘘?

 この展開続くの?

 

 

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