1-07. 「混浴でドッキリ!?」


 

 気まずい。

 いや、当たり前だ。

 俺is全裸in風呂。

 そこに新たに、少女is全裸がcome in、である。

 いやまあ見事に湯煙で「いい具合」に隠れてたりもするのだけど、かといってタオルを巻いて入浴、なんて真似はしていない。

 当然、直視なんて出来ない。

 ちらりと後ろを見たら、慌てて顔を戻す。

(こ、こ、こ……混浴イベントだ……!!

「混浴でドッキリ!?」 イベントだ……!?)

 いやいやいや。

 そういう話じゃない。

 そもそも誰だ? 

 そう、それが問題だ。

 

 アランディ隊長の訓練生? いや違う。あのときには見なかった。

 ナナイの護衛? 体格が小さすぎる。エルフの実年齢は見た目では容易く分からないから、パッと見少女のようでも立派な成人かもしれない。しかし単純に護衛役をするには貧弱ではなかろうか。

 治療師の一人……というのはあり得そうだ。

 直接俺を診たのは老齢の男性だったが、その助手か何かかもしれない。

 

 等々など、色々頭の中でぐるぐる思考しているのは、軽い現実逃避。

 この少女が誰か、なんてことよりも、そもそも「少女と混浴している」という現状それ自体がパニック物だ。

 先程までのグンデリーニふやけボディが、カチンコチンに硬直してるかに感じる。

 気まずい。とにかく気まずい。

 

 一方の少女はというと、そのまましれっと湯船に浸かっている。

 浸かる、というか、沈む?

 いやまあ小柄なこともあって、座ると益々小さく感じられる。

 ……や、見てないスよ? 見てないスけど?

 ちょっとしか。

 

 んで、数分。いや十数分?

 長いのか短いのかも分からない時間、背後で湯船に浸かる少女の気配を感じながら緊張した状態のまま。

 無言。ともに無言。

 先程のアランディに関する一言を言って以降、全く何も話さず、何の反応も無い。まるでここに俺が居ないかのようだ。

 いやまて。もしかしたら彼女はもう居ないんじゃないか?

 緊張した俺が、そこにまだ居ると思い込んでるだけで?

 そんな事を思い、ゆっくりと。ギギギギギという音がしそうなほどぎこちなくゆっくりと後ろに目を向けると……、

 

 居たーーーーッッッ!! 

 ふつーーーーに居たーーーーッッッ!!

 浸かってる! とっぷりしっぽり、湯に浸かってる!

 全裸で! 全裸の! ダークエルフの少女が……って……んん?

 

 居る。たしかにそこに居る。

 しかし、何か違和感を覚える。

 先ほどの一瞬。一瞬だが目にした少女は、確か黒髪だった。

 しかし今ちらりと目に入ったのは艶やかな栗色の髪で、眉の上で前髪をぱっつんと切り揃えていた。

 そして体型もまた、ほっそりと痩せていた筈が、今はもう少し肉感的で……グラマラス?

 

 分かり易く目をぱちくりさせ、ついまじまじと見てしまう俺。

 客観的には混浴風呂で女性の裸をガン見している困った野郎。

 が。湯煙に隠れつつも、その困った野郎の目に映る姿は、やはり先ほどとは違う女性の姿。

 ダークエルフだ。それは多分確かだと思う。

 しかし今まで見たダークエルフより全体にふっくらとして、肌の青味も薄い。

「あ……れ? な……え……?」

 混乱してそう声を漏らすと、

「あぁ~?」

 やや怒気をはらんだかのような返し。

 あれ、ちょっとヤバい状況?

 戸惑いつつ弁明なのか何なのか分からないことをしどもど口ごもっていると、その女性が急に顔を近づけ、

「だァ~~~れだ~~~、おめーーーわーーー!?」

 ……酒臭い。

 

 分かった。

 まずこのヒトは酔っている。

 よく見ると近くに陶器の壺らしきものがある。口の少し細いデキャンタっぽい。正確には瓶、それも酒瓶なのだろう。よく分からないが。

 温泉月見酒と洒落込んだ、というのかもしれないが、にしてもかなり匂う。

「丸いなー、おい、おまえ、丸いぞー? あはははは、丸い丸い!」

 俺の顔だとか肩だとか腹だとかを撫で回しながらけらけら笑う。

 絡み酒だ。笑い上戸の絡み酒だ。

 この人が誰かは不明ながら、「酔っ払った」「ダークエルフの女性と」「いつの間にか混浴状態になり」「絡まれている」。

 

 これはヤバい。

 この状況はヤバいっ……!!

 全方面的に、ヤバい!

 

 焦りつつ周りをキョロキョロ。

 その間も女性は、陶器の酒瓶から小さめのカップに酒を注ぎグビリ。

 再びこちらの身体をパンパン叩きながら笑う。

 

「おー。また飲んでんのかー? ……んん?」

 そのカオスに現れたさらなる乱入者の声には聞き覚えがある。

「おー、おー、おー。えーと、ガー……」

「ガンボンです、はい……」

 慌てて縮こまりつつ身を離して、これまた今し方この浴場へと入ってきた全裸の氏族長ナナイに答える。

「おー。そうそう。ガンボン。ガンボンな」

「えー? 誰それー? この丸っこー?」

 丸っこ、とは何だ。いや、俺のことか。

「あ、あー……。こいつが~……アレ。例の」

「へあーー? 例のォ~~?」

 絡み酒、全裸族長、そして……。

「……飲み過ぎ」

 小さく、感情の籠もってないかのような声。

 

 ……あ、居た。

 最初に目に入った、黒髪のダークエルフの少女。

 

 なんと言うことでしょう。

 異世界転生後初のお色気イベントは、「混浴でドッキリ!? 酒乱! 族長! クールロリ!」である。

 俺にとっては、ハナからハードルが高すぎである。

 

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