1-06. 「俺は今、まるで賢者のように落ち着いている」


 

 夜になって全員が寝静まる、ということは無く、そこここで見張りのダークエルフ達が巡回している。

 ダークエルフは比較的夜目が利くらしく、さほど灯りを灯していないためもあり、俺はけっこうおっかなびっくり。

 高所には出来るだけ行かず、壁伝い柵伝いにのろのろ移動だ。

 別に隠れるつもりはないが、なるべく彼らに会わぬよう移動して、集落のやや奥まった外れにある公衆浴場へと向かう。

 ほぼ日課。

 自由に使って良いという族長とその子レイフによる御墨付きがある以上、何等コソコソする必要はないのだが、やはりちょっと、独りでは彼らの視線が痛い。


 改めて。

 この世界でもやはり、オークという種族はあまり好かれては居ないらしい。

 好かれていない、というか……種族自体がひきこもり? 他種族とあまり交流が無いのだという。

 オークは主に高山地帯に城塞を造って部族単位で住み、荒々しく野蛮な種族だと言われている。

 彼らは魔法を好まず、勇猛さと腕力を誇る。

 独自の製法によるオークの武具は、無骨だが質実剛健で、人間等の中でもその質実剛健さを好む者も一部には居るが、優美さに欠け、また非常に重いものが多いのだとか。

 彼らにとって、「重くて硬い」ということが武具の価値で、それらを使いこなせなければ一人前とは見なされない。


 それらを踏まえると、意識が戻った当初に浮かんでいた、「集団の中で、蔑まれ侮蔑されていた記憶」というのは、オーク城塞に居た時期のモノのようにも思える。

 そしてそれが原因で、力無き者と見下され、追放者となったのでは……? と。


 “追放者グラー・ノロッド”という「この世界の俺」の烙印。

 その理由を思い出そうとしても未だハッキリしない。

 或いは、「思い出したくない記憶」であるが故に、なのかもしれない。

 同様に、「向こうの世界での俺」が、恐らく長い間引きこもりとなっていた理由も思い出せない。


「この世界の自分は、向こうの世界の自分とよく似た存在か、パラレルワールドのもう一人の自分なのではないか?」というレイフの推測。

 それを踏まえると、どうにもどちらの世界においても、俺は「集団に馴染めず、疎外される存在」という共通点があった様に思える。


 この世界の俺が、「オークの追放者」であったこと。

 それが、レイフやナナイ以外のダークエルフ達の心証に影響しているのか? とも思ったが、それはそうでも無いらしい。

 他の種族とはあまり交流をしないオーク社会の文化風習は、ダークエルフに限らず他種族の中ではあまり知られていない。

 追放者等のオーク社会の習慣もそうだ。

 レイフがそれを知っていたのは膨大な書物を読んでいたことと、母ナナイの影響もあり、ダークエルフ社会の外側、この世界の様々なことへの興味があったからだ。

 多くの、一般的なダークエルフは、オークに対して特別な興味は無いし、交流も無い。


 その上で。

 現実に敵対関係にあるということは無いが、「神話的な因縁」から、オークとエルフ、そしてダークエルフは、お互いにさほど好意的では無いのだという。

 それは、オークという種族そのものが、ダークエルフ同様に「呪われたエルフ」である、という由来があるからだそうだ。


「それぞれに別の呪いで、ダークエルフもオークも、ハイエルフ……いや、古代トゥルーエルフから今の姿に変化した、とされているのさ」


 神話的には、トゥルーエルフというのは「最も神に近い、神聖な種族」とされている。

 その中で、まずはオークが「闇へと堕ちた」。

 彼らは神の恩恵たる光の魔法を拒み、闘争を望み反逆したが故に、荒れた高山へと追いやられ、醜い姿へと変えられたのだ、という。

 その後、トゥルーエルフの文明が一旦滅びてしまう。

 これには諸説あり、魔法の暴走であるとか、その頃に力を持ち始め勢力を拡大して行った人間達との戦争であるとか言われているが、残ったエルフ達は主に三派に分裂した。

 それが、ハイエルフ、ウッドエルフ、ダークエルフ、だという。

 ハイエルフ達は、遙か西にあるエルフヘイムという島に行き、最も洗練されたトゥルーエルフ文明を受け継ぎ守って居る。

 ウッドエルフ達はより自然に即した生活様式を求め、森の中に幾つかの樹上王国を築いた。

 そのウッドエルフ達はさらに水魔法への適性に特化し、水中都市を作り出すシーエルフという派に、砂漠に適応したサンドエルフにも別れたらしいが、彼等もハイエルフ達同様外部とはほぼ交流を持たない。

 そしてダークエルフ達は「闇と炎の誘惑に屈した」のだ、という。

 ハイエルフはあらゆる魔法に精通しているが、中でも光と風の魔法を最も尊いと考え、次に水と土の魔法を良しとし、闇と炎の魔法は汚れた破壊の術と見なしている。

 全く使わないわけではないが、最低限必要とされるときのみだ。

 ダークエルフは逆である。

 闇と炎にこそ価値を見いだす。


 これは信仰の違いでもある。


「ハイエルフ達は、僕らダークエルフを闇と炎の誘惑に屈して、“呪われた”のだ、と言う。

 けどダークエルフの考えは違う。

 僕らは、闇と炎の聖霊による“祝福を受けた”のだ、と。そう考えている」


 呪いか、祝福か。

 彼らの肌が青黒いのは、躯の内にある魔力によるもの、なのだという。

 つまり、闇の魔力が宿っているが故に、青黒く輝いている。

 ハイエルフ達は逆に、強い光の魔力を身に宿して居るため、うっすらと金色に輝いているのだそうだが、見てみないことにはいまいちイメージ出来ない。


 何れにせよ、それらの神話的経緯が、ダークエルフとオークの間の感情をやや険悪にしている。

 ハイエルフや人間等他の種族たちからは、どちらも「闇に堕落し、呪われたエルフの成れの果て」と見做されている。

 しかしどちらも、自分たちを「堕落し、呪われた種族」とは思っていない。

 オークは闇と大地の、ダークエルフは闇と炎の「祝福を受けた」と信じて居る。

 んなもんで、「我々はあいつ等とは違う」と、お互いにそう思っている。


「馬鹿げた話だけどね」

 とレイフが言うのは、必ずしも「向こうの世界の記憶、感覚」故、でもない。

 これら「神話的経緯からの悪感情」が、無意味で下らない、という程度の認識は、多くのダークエルフ達も持っている。

 よほどの保守派、種族主義でもなければ、そんなことを常から放言したりはしない。

 ただそれでも、幼い頃から語られてきたそれらの「神話的経緯」は、意識の根底に根付いているから、ときおり、何等かのきっかけで漏れ出ることがある。


 では、それがこの集落のダークエルフ達の、俺に対するやや冷ややかな視線の主たる原因か? というと、

「……そーいうワケでも無い……んだよね~~~」

 と、ここでレイフは些か言葉を濁した。

「まあ、詳しい話はおいおいするけど、今、この“闇の森”周辺は、ちょっとした混乱状態にあってね。なので皆、“余所者”に対しては、いささか神経質にならざるを得ないんだ」

 とのこと。

 

 まあ、いくら重なり合った奇跡的偶然の末、「同じ別の世界からこの世界へと転生し、異なる人生を送ることになった者同士」として親密になったとは言え、レイフも立場上色々あるのは仕方ない。

 ええ、ええ、そのくらいは弁えてますよ!? アタクシもね!!

 

 ◆ ◆ ◆

 

「にしても………」

 湯船に浸かりつつ顔をなで上げて思考を切り替える。

 浮かぶのは昼間のアランディ's・ブートキャンプ……のときに出会った、レイフの年下の従姉妹、スターラちゃん。

 ダークエルフは人間とは一見して風貌が違う。

 それはオークである俺も同じ。

 俺の豚面も、「人間だったらブサイクな豚面だよね」というより、やはり明確に異人種、異生物、なのだ。

 単純に美醜として違う、ということではなく、「生き物として違う」というのが明確に分かる。

 ただ、その上で言って、も。

 スターラちゃんは、こう……可愛らしかった。

 可愛らしかったのだ………!!

 外見上のことだけではない。

 こう、佇まいというか所作というか雰囲気というか………。

 可愛らしかったのだ………!!

 

 いや、いや、いや。まあ落ち着け。落ち着きたまへ、君ィ。

 いや、別にナニをどうこうという話では無いのだよ。

「異世界転生したからチート能力で無双してモテモテハーレム生活ヒャッハー!」みたいな夢想を言ってるワケでは無いのだよ。

 いいか、落ち着けそして黙れ。

 ただ。

 重ねて言うぞ。

 ただ。

 

 可愛らしかったのだよ………!!

 

 それ以上のことは何も無いッッッッッ!!

 何もイベントは起きないッッッッッ!!

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ふぅ~~……よし、落ち着いた。

 俺は今、まるで賢者のように落ち着いているので色々冷静に考えている。

 にしても、と。

 スターラちゃんが可愛らしかった、ということに関して、単純に外見上のことだけではない、とは言ったものの、些か気になることもある。

 それは最初にレイフと他のダークエルフを見比べたときにも感じたこと。

 個人差、と言えばそれまで。

 ただやはり、「エルフっぽさ」「人間っぽさ(非エルフっぽさ)」の差が何なのか、というのがよく分からない。

 耳の形、目の形、瞳の大きさ。これもエルフ独特の特徴。

 それと全体的な骨格、体格。

 それで言うと、鬼教官アランディ先生なんぞは、かなーり「人間っぽさ」を感じる。

 他のダークエルフに比べて筋骨隆々。勿論、オークである俺と比べれば引き締まってる。

 なんというのか……あれだ。

「モデル体型の細マッチョ」

 ……何でこんな言葉ばかり思い出してんだ、俺は。もうちょっと有意義なことや役に立つことは思い出せんのか!?

 んでその上で中性的というよりはダンディズムも感じられる無精髭。

 ううーむ、これはモテモテ野郎の匂い。イケスカナッソス!

 ……ん?

 何か引っかかるぞ?

 ん~~~~……、あ、そうか!

 

「……髭だ!」

 

 そう、髭、だ。

 確か最初の頃聞いた話では、「エルフは体毛が薄く、男でも殆ど髭は生えない」とのことだった。

 けどアランディ隊長は、「う~ん、マンダム」と言わんばかりのダンディー無精髭。

「何故、髭……? エルフなのに、あのダンディー髭……?」

 が。

 この名探偵ガボン君こと俺の気付いた謎への回答は、実に単純だった。

 

「……アランディは帝国人とのハーフ。髭は父親譲り」

 

 抑揚の無い、さほど大きくないその声は、しかし力なくか細いというものではなく、はっきりと俺の耳に残る。

 ぎこちなく振り返る俺の目には、初めて見る、小柄で痩せた、黒髪のダークエルフ……ダークエルフの少女の姿が写る。

 ……全裸の。

 

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