1-05. 「 マジ、ヤバい……。これは死ねる。マジ死ねる」




 で、これは昼間の話。

 

 ここに連れてこられ、手厚い看護aka.ダークエルフ達からの冷ややかな視線を受け続けて2日後。

 つまり連れてこられてからの翌々日。

 テラスのテーブルで木漏れ日を浴びながら、さながら早朝のサレオツなオーガニックカフェのオープンテラス気分で、病人食ではない朝飯をもりもりと頂いた後のこと。

 ナナイ、レイフ、治癒師の老人、そして二人の護衛と、食事を運んできた若いダークエルフ以外、初めて見る顔に話しかけられた。

 

「お前が追放者のオークか」

 男女の差があまり分からないダークエルフ達だが、この声の主に関してはすぐに分かる。

 他のダークエルフより一回り、いや、二回りは身体に厚みがあり、髪は短く刈られて声も低く、無精髭なんぞも生やしている。

 いや、まあ勿論それだけでは確定は出来ないだろうが、ゆるく開いた着物の袷からちらり覗く、脂肪ではなく筋肉で盛り上がった胸板を見れば、9割方間違い無いと思う。

 ……うん、まあそれでも女性である可能性は0ではないかもしれんけどさ。

 

 その後ろに続くのは例の護衛二人。

 二人とも鎧を身につけておらず、最初の一人同様の簡素な服を身に着けている。

 レイフ、または治癒師の着ていたものや、今俺が着させて貰っているものと大きく異なるのは、袖が無い、ということ。

 何だろ、これ。何か覚えが……と考え、あ、そうだこれ、「道着」だ、と。

 空手着、柔道着等々、格闘技の道着。それの、袖が無いやつ?

 で、その「道着」を身に付けた厳めしげな、そして逞しい身体の男性ダークエルフが、同じく道着を着た護衛の女性二人を引き連れて訪ねてきたワケだ。

 

 すっ、と、ごく自然な動作で、飯を食い終わりぼうっとしていた俺の横に立ち、ぐいっと腕を握る。

 うひゃはっ! と、思わず変な声を上げるが、男は構わず、体のあちこちを触ってくる。

「弛んでるし、鈍ってもいる。しかし骨格も筋肉もそう悪くは無いな」

 自然なボディタッチとか、ちょっとやめてくださいよ! セクハラですよ!?

 思わずのけぞり身をかわす俺。

 

「やあ、やあ、やあ。

 ご機嫌よう、ご機嫌麗しゅうかな?」

 ひょっこり、と後ろから顔を出すのはレイフ。

 何かノリがややおかしい。

「こちらは、アランディ。レンジャーチーフであり、この郷では訓練教官もしてる」

 肩書きについてはよく分からんが、ある程度えらい人なのだ、と思い、

「ど、どうも……」

 などと答え頭を下げる。

「ふん……なる程。こりゃあ確かに変わったオークですなぁ」

 興味深げに、という様子で視線を寄越す。

 いや、まあそりゃあそうだろう。

 中身に関しては、ほぼほぼこちらの世界のオーク的メンタリティは残って居ない筈だからなあ。

 勿論そんな俺の心の内など伺い知るよしもなく、アランディはレイフの視線を受けて小さく咳払い。

 声の調子を改めてから、

「失礼。

 ここでは主に、若い者の訓練教官をしている。アランディ・シェルパダだ」

 そう自己紹介をする。

 

「この二人とは会ってるね。

 エヴリンドとエイミ。

 二人とも母の護衛官で補佐官だ」

 最初の夜に、そして此処に来てからも数度。

 氏族長のナナイと常に一緒に居て……なおかつ俺のことをかーーーなり不審げかつ軽蔑気味に見ている二人、だ。

 そして今も、全くもって対応は変わらずの冷たい視線。

 一部の特殊な性癖の人には御褒美、的なアレである。

 

「えーーーっと……その~……それでー……」

 そんな三人を連れて、さてどんな用事なのかしらん? という、と……。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「よーーーし、良いぞ! 次は右捻り!

 ハイハイハイハイ、ペースを落とすなーーー!

 良いぞーーー、いけるいける、その調子~~~!!」

 

 ヤバい……。

 マジ、ヤバい……。これは死ねる。マジ死ねる。

 二回死んでるけど、また余裕で死ねる……。

 

 アランディ隊長のかけ声にあわせて、俺及び護衛官の二人含めた「若手のダークエルフ達」が、右捻り左捻りだの、その場駆け足だの、反復横飛びだのを延々繰り返し続けている。

 息もあがるし汗だるま親方。

 アランディーズ・ブートキャンプ、マジ死ねる。

 一通りの有酸素運動を終えたかと思うと、さらに頭から繰り返し。

 そんでそれを3セット。

 死ねる。マジ、余裕で死ねる。

 

 マジ余裕で死ねるアランディ隊長のブートキャンプを終えると、俺は完全にへばり込んで、仰向けに寝てゼイゼイと息をするだけの肉塊になっていた。

 運動場、はそれなりの広さで、このケルアディード郷の真ん中のやや外れあたりにある。

 練兵所、警邏詰め所とかの、言わば軍事施設の一種なのだそうだが、闇の森のダークエルフ達は、所謂軍隊というのを持っていない。

 この場合の軍隊というのは正規軍、常設軍というもの。

 つまり、「軍人」「兵士」というのが居ないのだ。

 闇の森のダークエルフ達は十二氏族と呼ばれる共同体に別れて居て、それぞれに別々の郷を造って暮らしている。

 それらの郷とやや離れたところに何らかの理由で小さな集落を作って暮らしている者達も居る。

 各郷の人口は二千から五百人ほど、と差はあるが、小さな集落を含めた総人口で言えば二万人前後、なのだそうだ。

 この世界においてそれが多いか少ないか? は分からないけども、「向こうの世界」ならちょっとした人気ロックコンサートなら余裕でそれ以上の集客があるし、夏冬のオタクの祭典には、延べ人数でその二、三十倍は集まる。

 人数的に言えば、彼等の勢力は決して強大とは言えないのではないか、と思う。

 

 と。

 なので、曰わくダークエルフ達は「基本的に全てのダークエルフが戦闘訓練を受けている」のだそうな。

 そもそも彼等の基本は、狩猟と採取の文化だ。

 勿論それだけでは郷を維持はできないため、郷によって農業や牧畜、漁業や採掘、生産、そして交易等々を担っているが、それでも基本の基本は自給自足。

 弓、及び魔法を学び、獣を狩り、食べ物を採取する。

 その上で、闇の森深淵部近くに出来る魔力溜まりマナプール等々の影響で、凶暴化し魔獣となった獣や、不死の化け物等と戦う可能性も常にある。

 なので、一人前となるまでに最低限の戦い方をマスターする。

  

 では、アランディの「レンジャー」という称号は何か、というと、彼等は各郷から選ばれた特に戦闘及び隠密索敵能力に長けた精鋭ダークエルフ達。

「十二氏族議会」直属で、闇の森のダークエルフ勢力圏内全体の安全確保のために組織された者達なのだという。

 数人のレンジャーチームが常に森の中を巡回、警備をし、何かしらの異変があれば知らせ、叉対処する。

 軍、というよりは治安維持目的の自警団に近く、なんというか「超凄腕の集まる、村の青年団」。

 特定の郷の利益や安全のためではなく、それらを越えた立場で活動するのだ。

 一昨日の夜、俺がナナイとその護衛達に「助けられた」のも、偶然ではなく彼らの地道な調査探索によって、変異した魔獣の行動半径が分かっていたから、というのもあるらしい。

 

 で、アランディなどは非番になるとこうして郷に戻り、訓練教官として若手をイジメ……鍛えて居る。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ブヒーブヒーと荒く息を吐きながら寝ころんでいる俺の周りに、その若手ダークエルフ達の姿はない。

 まあ当然である。

 一応「客人」身分とは言え、明らかに異物。

 繰り返すが、ナナイやレイフが「特殊」なだけで、基本的にダークエルフ達は保守的なのだ。

 それにまあ俺が逆の立場でも、好んで近づこうとはしないだろう。

 朝には心地良かった木漏れ日だが、今は疲労でそれすら眩しく感じ目を細めていると、人影が過ぎる。

 

「はいこれ、ドリンク」

 当然のようにレイフだ。

「うおっ、ビックリしたっ!」

 カップからは甘酸っぱい、何か懐かしいような匂い。

「ん、これ……?」

 一口舐めるとやはり覚えのある、甘味と酸味の絶妙なハーモニー。

「ほぼ、蜂蜜レモン。厳密にはレモンはないので、似たような柑橘系フルーツね。あとは塩を少々。

 スポーツドリンクと近い成分にしてあるよ」

「おおう、文明的~~」

 いや、何だ。

 まるで体育会系部活の後の爽やかな瞬間、のような雰囲気。

 これで美人マネージャーとか居たら、マジ青春モノじゃん!

 

「ね……」

 そんな妄想故の幻聴か、可愛らしい女子のボイスが聞こえてくる。

 俺の妄想力ここに極まれり、と思いきやこれが現実。

 見た目10代程に見えるダークエルフ女子が声をかけて来ている。

 まあもっとも、俺にではなくレイフに、なワケだけども。

「このヒトが、例の……オークさん?」

 しかし話の内容は俺のこと。

 例の、とは一体何を指すのか。

 遠巻き叉は蔑みと不信感の視線ばかり浴びてきた身としては些か気になるところ。

「ああ、そうだよ。

 先日母上が助け出した、記憶をなくした旅のオーク、ガンボンだよ」

 何か諭すような口調で応えるレイフ。

「ガンボン。

 この娘はスターラ。

 僕の従姉妹にあたる。

 スターラ。ご挨拶は?」

 年下の従姉妹……なんだろうその、甘い響きは!?

「初めまして、ガンボンさん。

 スターラです」

 促されて、ちょこんと頭を下げて手を出してくる。

 所謂コレは握手、というやつか!?

 汚れた手を慌てて貸して貰ってた道着の裾で拭いつつ、恐る恐る手を差し出すと、柔らかい小さな手。

 ヤバい、ヘタに握ると壊してしまいそうだ!

 その後、スターラはまた小さく手を振ってちょこちょこと小走りに去ってゆくのだが、俺は暫く呆然としてそれを見送っていた。

 

「君ってさ……」

 それを横目に見ながら、やや呆れた様な声でレイフが言う。

「ものッッッッッ………………凄く、考えてることが見た目に分かり易いタイプだよね……」

 

 うぐぐ……。

 ああ、きっとそうなんだろうなっ!!

 

 

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