(5)自分

         ***

 目が覚めたら病院のベットにいた。医者曰く三日間寝たままだったらしい。医者に何度も聞かれたけど四日前からの記憶が全くなかった。何が起きたのか理解できずに次の日退院した。両親は付き添ってくれていたけど、妹の姿は見えなかった。さらに心なしか両親が私に怯えているように見えた。家に帰るといつもいるはずの黒がいなかった。それを訊いたけど顔を歪めて押し黙るだけだった。こんな両親を見たのは初めてで少し傷ついた。そして次の日、お母さんは起こしに来なかった。両親は寝室で寝ていて相当疲れが溜まっているのだと思ってそっと家を出た。学校に着いたら、皆私を見るなり避けて噂をし罵倒し物を投げつけきた。さらに不幸なことに隼人も一番の親友である遥も渚沙もいなかった。余りにも酷く耐えきれなくなって早退した。家に帰ると妹とばったり会った。そして信じられない形相で信じられないことを突き付けられた。余りのショックに数時間放心状態になっていた。やがて、覚束ない足取りでベットに向かって横になって目を瞑った。これは夢だ、そう願って。でも翌日、目が覚めても何も変わらなかった。学校には行かずに休んだ。そして、頭の中を整理することにした。両親、妹、学校での噂、スマホの履歴から時系列で整理してみる。事件が起きたのは五日前の土曜日だった。

 七時頃。いつもより早く起きた「私」は家中を見渡して両親、特に妹を見ては不気味に笑っていた。両親は仕事に行き妹は部活に行った。七時半、私は隼人に「家に来て」とラインし、さらに遥と渚沙と私の三人のグループラインで十五時時頃に遊ぼうと誘っている。八時頃「今、家出る」と隼人から返信が来てから十三時までの私の行動は不明。十三時十分に私が自分の裸や下品な写真をSNSに載せていた。十五時に遥と渚沙と人気がない川沿いの野原に合流し、二人を持っていたナイフのような物で切りつけた。遥は顔と腕に渚沙は腕と背中に傷を負ったが、幸い二人ともかすり傷程度で済んだ。けれど、二人は精神的に病み暫くは学校に復帰出来そうにないとのこと。その後、私は逃亡。家に帰ったと思われる。十七時、妹が帰宅。妹が玄関の戸を開けると私が黒を殺していた。ナイフで一突きだった。それを見てパニックと恐怖で床にへたり込んだ妹のお腹を一発殴った。妹も幸い軽い怪我で済んだがトラウマになって未だに引き籠ってしまっている。十七時四十分頃、警察と学校関係者と妹の連絡を受けて両親が帰宅。私は慌て絶望する両親に暴言を吐き散らし周りの物を投げつけた。しかしその五分後私は急に倒れ病院に搬送された。

 以上が土曜日に起きたこと。なぜこんなにも冷静に整理できているのか私にも分からない。多分、私が絶対にやっていないと確信しているから。それに、質の悪い冗談だと思っている自分がまだどこかにいた。この時の私は他人事として軽く考えてしまっていた――


 二日後。隼人が。隼人が。はやとが死んだ。

 お母さんから告げられた瞬間、パンっと何かが弾けて、倒れた。でも気は失えなくて。全身が自分のものと思えないぐらい震えて冷え切っていた。言葉を発するのに何時間もかかった。やがてお母さんの声が耳の中にこだましてこびりついて消えなかった。

 隼人は大量の睡眠薬での自殺だった。

 隼人は、あの日――土曜日の夕方から塞ぎ込んで父親が発見するまで部屋から一切出なかった。部屋には「ごめんなさい」という文字が天井以外の壁や床にびっしり書き殴られていた。そして遺書と思われる紙が隼人の手の中で大事そうに握られていた。

 これが私の聞いた話だった。そしてその遺書が一日経って私の元に送られてきた。


【咲 本当にごめんなさい。全部俺が悪いんです。俺があの時自分の欲望の儘に咲を傷つけてしまった。俺なんかが背負えるものじゃない。分かっていたのに。最後までしてしまった。咲 君のお腹にいる新しい命に俺はどうやっても顔向けができそうにない。でも、君の決意が揺るがないなら俺は俺と君の子どもと一緒に天国で仲良く暮らすことにするよ。大丈夫だよ。咲は何も心配いらないよ。

 こんな身勝手な俺をどうか許して下さい】


 それを見た時にもう枯らしたと思っていた涙が溢れて止まらなかった。

 何回も何回も破れるほど読み返した。

 私が、私が隼人を殺したんだ。私が隼人を追い詰めたんだ。私のせいで……。

 全部、全部私のせいだ。何もかも全てが私がやったことなんだ。私が、私が隼人を殺したんだ。私が。彼を。ころした? 私が――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る