オリバーの描いた絵

神崎あきら

第1話

 丘の上には港から続く坂道に沿っていくつもの瀟洒な洋館が建っていた。ピンクやグリーン、ライトブルーの色鮮やかに塗られた壁、屋根のてっぺんに立つ風見鶏、煉瓦造りの煙突。

 春には薔薇の、秋には金木犀の香りに包まれた。クリスマスには神の子の生誕を祝い、煌びやかなオーナメントを吊るしたツリーが飾られる。

 丘の上はまるで西洋のお伽噺の世界だった。


 丘の上からは港が見渡せた。大きな異国の商船が入港すると、港はにわかに賑やかなになった。洋館の多くは豪商たちの別荘で、その夜は遅くまで華やかなパーティが開かれた。


 そんな時代は過ぎ去り、白黒写真の面影となった。坂の上のお屋敷のパーティに招かれた、と腰の曲がった年寄りたちが懐かしげに語るのみ。

 丘の上の洋館は今や廃墟だった。鉄道が発達し貿易港が縮小され、大型船の出入りが無くなってしまったため、かつての住人たちはここを捨てて去ってしまったのだ。

 美しかった洋館は丘の上のお化け屋敷、と噂されるようになった。


 風見鶏のある屋敷に招かれたことがある、と湊音みなとの祖父は自慢げに話をした。

「階段が二箇所もあってな、二階の窓からは海が見渡せた。ご主人の書斎にはたくさんの本が詰まった本棚があって、世界中の本がここにあるんじゃないかと思ったよ。大きなテーブルに並びきらないほどの料理が運ばれてきた。天井にはガラスを散りばめた電灯がぶら下がって、眩しく輝いておった」


 船乗りをしていた祖父は縁あって一度だけ、屋敷の食事会に招かれたのだという。祖父はよほど嬉しかったのか、何度も湊音にその話をした。


***


 町に坂の上の再開発の話が持ち上がった。廃墟となった洋館群は取り壊され、観光客を呼ぶためにペンションやゴルフ場になるという。


「お化け屋敷に行ってみないか」

 その話を聞いた湊音は、同級生の朝陽を誘った。

 いつも祖父が楽しそうに繰り返し話していた思い出の洋館が取り壊されてしまう。無くなってしまう前にどんな建物なのか、見ておきたくなったのだ。


「うん、面白そう」

 朝陽はすぐに賛成した。

 小学校では洋館は倒壊の危険もあるため、近付かないようにと指導されていた。それでも、好奇心旺盛な子供たちは冒険と称して徒歩十五分もあれば登れる丘の上に向かった。

 洋館を探検した、と言えば学校でヒーローになれたのだ。


 学校帰り、西へ沈む太陽が海を金色に染める頃、湊音と朝陽は連れ立ってところどころひび割れの走るコンクリートの急な坂道を登った。

 曲がり角の先に煉瓦造りの立派な壁が見えてきた。いつも学校の校庭から見上げた洋館が間近にそびえ立っている。珍しい異国の建物を前にして、少年たちの心は躍った。


 バルコニーがついたパステルグリーンの建物の庭には南国の植物が密生していた。もう手入れする者がいないため、荒れ果てて小さなジャングルのようだ。

「わっ」

 ソテツの葉がガサッと揺れて朝陽は声を上げる。小さな黒い影が走って森の茂みに消えていった。

「あれ、イタチだよ」

 珍しい生き物を見つけて湊音は興奮している。


 白壁と黒木の家では、雑草の茂る庭に羽根を広げたドラゴンや、池の水を飲むユニコーンのブロンズ像を見つけた。まるでファンタジー世界に迷い込んだ冒険者の気分だ。

「見て、こっちには牛男がいるよ」

 朝陽が大きな斧を持った頭は牛、身体は筋骨隆々の人間の像を指差す。

「それはミノタウロスって言うんだよ」

 湊音は本で読んだ神話のモンスターの名前を言い当てて得意げに腕組をする。


 鬱蒼と繁る草を掻き分けてみると、錆びた鉄柵の向こうに英語の刻まれた石碑が見えた。石碑はひどく風化して傾いている。

「あれ、もしかしてお墓かな」

 湊音と朝陽は顔を見合わせる。モミの木に停まったカラスがカァ、と鳴いたので二人は慌てて庭から逃げ出した。

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