「無題」

うよに

「無題」



〖最初に言っておく。これは面白くも楽しくもわくわくも悲しくも感動もない。ファンタジーでも恋愛でもミステリーでもSFでもホラーでもない。ただ、僕の話だ。つまらないと思うなら読まなくていい。ただ、それでも読んでくれるなら僕は嬉しい。そして、読んだ後の感想、行動を僕は尊重する。これを読んでどう思ったかどう感じたかはその人の感性だ。僕はその感性を大事にしている。ある意味ここに書いているのはその人がどう感じるかの感性が見たいから書いているのかもしれない。前置きが長くなってしまった。これを読んで何か意味を見出してくれるとありがたい〗



 僕は人気のない夜道を一人で歩いていた。遠くで鳴いている虫の声が異様に際立っていた。ふと上を見上げると深く淡く澄んだ夜空が浮かんでいた。

 ふとこれまでのことを振り返る。

 僕は特別何か秀でたものはなかった。かといって全然できないわけでもない。一般に「普通」と謂われている人だ。何か才能があるなら周りから尊敬されるし専門の道を進むことができる。逆に何もできないなら周りが手伝ってくれるし暖かい人が周囲にいて良い人生だろう。でも僕は中途半端だった。だから、苦労も安楽も味わった。周りには並程度の友達もいた。でも趣味とよべるものはなかった。だから、人生を賭けるほどのものはない。

 要はどこにでもいる平凡すぎる人だということだ。周りに流され特にしたいこともなく日々だけを空費していった。つまらなかった。人生が色褪せて見えた。この先何十年もこれを繰り返すのかと考えるとゾッとした。何も得たり損したりせずに長い生涯を閉じるのは嫌だった。

 だから何か没頭できるものはないか探した。でもどれも面白くなんて感じるはずもなく途中で止めた。周りは彼女とかできてデートやら食事やら結婚やらと楽しそうにしていた。でも僕はそういうのは苦手だったし何かピンとこなかった。

 そんな日々を送る中、家で天井を眺めていたら、ふとある言葉が頭の中を支配していた。

「何か生きる意味はあるのか」

 と。

 ない、と思った。生き甲斐と呼べるものがない。それにこんな退屈な人生を生きていくのは飽き飽きしていた。

 横を何気なく見ると小さい机の上に置かれた日記帳が目に入った。

 それは友達が便利だぞと言って一緒に勢いで買ったものだった。しかし結局面倒くさくて1ページも書かずに放置してあった。それを見て何かが閃いた。


『ここに僕の物語を書いたらどうか』


 と。

 こんな何もない人生でも「物語」にすれば多少は意味が生じるのではないか。

 そんな思いが全身を駆け巡っていた。

 前に小説家に憧れていた時があった。その時に色々な本を読み漁り小説を書いた。しかし、才能がないと分かるとその熱意は一気に萎れて瞬間冷凍のように冷め小説を書くことはなくなっていった。

 しかし、なぜか今はわくわくしていた。

 何かが胸の中で燻っていた。

 純粋に書きたいと思った。

 だから日記帳とペンとお金を持ってアパートを出た。

 会社も辞めアパートも引き払った。私物は売って、売れないものは友達に無理やり押し付けた。両親はとっくの昔に他界していた。彼女もいない。大事な親友もいない。だから別に心配する人はいなかった。

 僕はこの下らなく価値のない人生を賭けて僕の物語を書くことに決めた。どうせしたいこともなくこのまま人生をただ退屈に過ごすだけの日々だ。ここで命を使い切ろうとただ日々を生き浪費しようと大して大差はない。どうせ人間いつかは死ぬんだし。

 お金は今まで少しだけど会社で働いた給料、学生の時に貯めたバイト代があったから問題なかった。趣味もなく消費せずにいたから資金面は十分だった。


 というわけで僕は一人で旅をしたりしながらこの日記帳に僕の物語を書いている。

 さて、今この日記帳を読んでいる人を仮にあなたと呼ぶことにしよう。

 あなたはどういう経緯でこの日記帳を手に入れたのだろう。僕にはそれが分からない。ただこんな僕の日記帳を読んでくれて感謝する。

 僕は今、月光に照らされながらここに書いている。月光はこんなに明るいなんて初めて知った。人がいないところは良い。静かで安心する。

 あなたは真夜中にこんなにもきれいな月光を見たことがあるだろうか?

 

 今日は思いのほか晴れて蒸し暑いくらいになっていた。

 電車に乗って名もない丘に来ていた。ここから照り付ける太陽がひどく輝いていた。近くで蝉が鳴いていた。その丘の中心に座ってただどこかを眺めながら何か考えていた。そんなことをしているとすぐに辺りは茜色に包まれていった。そしてどこからともなく聞こえてくる懐かしいようなメロディーが聞こえてくる。多分、一回も聴いたことがないのだろうがこのなんとも言えない曲調が懐かしさを誘っていた。

 また、電車に乗り泊まれそうなところを探すのに苦労した。地方ってなんでこんなにも不便なんだろう。まあ、別に僕も都会育ちってわけではないけれど。途中の街路灯に虫が群がっているのが見えた。目的地につきそこに泊まって明日発つ事にした。


 ふと思う。

 あなたは読み終えたらこの日記帳をどうするのだろうか。

 つまらないと言って捨てるのだろうかそれとも本棚の奥にしまうのだろうか。僕は後者であればもちろん嬉しい。でもどうするかはあなた次第だ。あなたがいらないと思えば捨ててくれて構わない。

 でも例え後者だったとしても読み終えた翌日にはきっとこの話、日記帳の存在すら忘れてしまうのだろう。結局小説っていうのはそんなものだ。小説だけじゃない。芸術全般だ。その時は覚えててもすぐに忘れて存在しなくなる。

 でもその中のごく一部のものが人の心に刺さる。そうしてその作品が心に刻まれる。その作品が時には勇気となりある時は原動力となる。つまり作品が人の心を動かすのだ。

 僕はそれが小説の中に存在していると信じている。人を感動させることができる作品がその人の生きる源に繋がる。

 僕はそれになりたい。人を感動させたい。

 そう思うけど実際にはそんな作品、僕には書けない。

 ただ、僕のこの小説を読んで何か意味を見出してもらえたら嬉しい。

 そんな小説になったら良い。つくづくそう思う。


 もうこの生活にも慣れてきた。こうやって書いているとペンが紙の上を踊るようにすらすらと文字を紡いでいた。

 今日は雨が降っていた。近くの古びた田舎のバス停で雨宿りをしていた。次々と降ってきては流れていく。一向に止む気配がない。スマホで天気を確認すると一日中雨らしい。少し憂鬱な気分を抱えながら目を瞑る。

 僕は何をやっているのだろう。

 時々何もない瞬間にそれはやってくる。

 こんな面白くもない小説を書いていて何が楽しいの?

 そんな言葉が頭の中を支配していた。

 答えが出ないまま紙とにらめっこをしていた。

 自分の物語を書く上で分からなかったり難しい漢字はスマホで調べて書いていく。そんなしょうもないことをしている自分が酷く滑稽に思えてならなかった。 

 でも、今の時代、変換ができるから漢字なんていちいち意識していなかったから、こうやって日記帳に漢字を調べて書くのは時代を逆行しているようで少し嬉しかった。

 ふと騒々しい音がぴたりと止んだ。顔を上げると雨が止んでいた。

 僕はそのままバス停を後にした。


 あなたはこの小説を読んで何を思うだろうか。どう感じるのだろうか。

 僕はそういう感性を大事にしている。前に小説家に憧れたと書いたと思う。その理由がある小説を読んですごく感動していろいろなことを思い考えた。その時間がとても面白く楽しかった。だから感性はとても重要で大切なことだと思っている。


 結末がひどい小説はつまらない。

 僕はそう思っている。


 何かが足りない。ふとそう感じた。何が足りないのか分からなかった。いや、本当は分かっていた。足りないもの満たされないものが多すぎてここに挙げられないくらい。

 表現力、人間性、感情、想像力、向上性、語彙力、満足感、優越感、心、面白さ……。

 要は全部満たされていなかった。

 もっと良い小説が書きたい。もっと感動できる小説を書きたい。もっと目の前の風景を言葉で余りなく表現したい。

 書けば書くほどに満たされなくなっていった。


 よくこの手紙を読む頃には僕は、私はもうこの世にいないだろうという表現を耳にする。

 今、まさにその通りなのかもしれないと思う。あなたのことを僕は知ることができないし見ることもできない。だってあなたがこの日記帳を読む頃には僕はいないのだから。


 目標なんていうものを人間は作りたがる。

 僕が思うに楽しいのは目標に達するまでの道のりだと思う。

 中には目標に辿りついた時から楽しいと言う人もいる。けれど、本当にそうだろうか。

 僕はいつも思う。

 目標の先は?

 目標に達したその先には何があるのだろうか。きっとその先にあるのは虚無感とつまらなさだと思う。

 例えば簡単な例を挙げると努力して会社の社長になったとする。でもその先は? その上がないのだから努力も頑張る必要もない。そうしたら、つまらないと僕は思う。

 お金だってたくさん入るはずだ。

 そうしたら、だいたいの物が手に入る。そうしたら欲しい物もなくなる。そう考えたら楽しみってなんなのだろうといつもドラマを見ている時に思っている。上を目指す時の方が楽しいんじゃないのかって思う。

 それは小説も同じなのではと思い始めている。人生で満足できる小説を書いたとしたらその先はどうなるのだろうと。

 もちろんそんなの僕に書けるはずがない。

 でももしこの小説が終わりを迎えたらその先は何をしたらいいのだろう。

 そう考えると書いている途中の道のりにいる今の方が楽しいと思えてくる。

 あなたはどう思うのだろうか。


 そろそろお金も尽きそうだ。この日記帳も残り少なくなってきている。


 暗い暗い真夜中に僕は堤防を歩いていた。月明りに照らされ淡い影が揺らいでいた。

 そっと風が吹く。

 涼しくて心地良かった。

 周りの草に当たり、サラサラと音が鳴って自然と心が落ち着いた。

 多分僕はこの世に何も残せないだろう。

 唯一残せるとしたらこの日記帳ぐらいだ。と言っても誰かが見つける保証もない。そのまま誰にも見つからずに朽ち果てるのかもしれない。

 今まであなたとか書いてこの日記帳を誰かが読んでくれる前提で書いていた。

 それも今思うと傲慢だったのかもしれない。

 これで誰にも見つけられず読まれなかったら、ただの問いかけている悲しい孤独の恥さらしになるのか。

 いや、誰も見ないのなら恥さらしにはならないか。

 もうこの日記帳も残り数ページしか残っていない。

 結末は……。

 この小説の結末は……。



《あなたに委ねる》



 僕はこの結末をあなたに委ねることにした。

 ――結末がひどい小説はつまらない。

 今になって自分にその言葉がはね返ってきた。

 そうだ。僕は結末をひどくしたくない。だからその責任をあなたに押し付けているのかもしれない。そう言うと悪く聞こえるが――本当に悪いのかもしれない――そうじゃないんだ。分かってくれ。

 その理由以外にもう一つある。

 僕はこの小説に結末をつけることが恐いんだ。結末をつけたら僕の人生は終わる。

 だからあなたに委ねたいのかもしれない。

 話がずれてしまったね。

 あなたに委ねるというのはどんな結末でも良いということだよ。

 もちろんこのまま僕はこの世を去ってこの小説も終わりという結末でも構わない。本当のことだし、それが普通で妥当だと思う。

 でも……。

 もし……。

 もしあなたが何回も書いているけどこの小説の中に何か意味を見出してくれたのだとしたら……。

 その時にあなたがもし、もしこの小説の続きを書きたいと思ってくれたのならあなたに続きを書いて欲しい。

 こんなの傲慢だって分かってる。

 でも、もしあなたにこの小説の続きを書いてもらえるのなら僕はこの上ない幸せだよ。


 今日は題名の話をしよう。

 あなたは題名についてどう考えているのだろうか。

 僕は題名は意味を持つとても大事なものだと思っている。

 題名の付け方というと色々な種類があると思う。代表的なものは簡単に決めたもの、ひねって考えたもの、意味もなくつけたものなど様々な題名の付け方があると思う。

 そのどれもが意味を持っていると思う。それは作者と読者のどちらかあるいはどちらでも起こり得ると思っている。

 例えば、作者が題名に意味をつけたら題名に意味が生まれ価値があるものになる。例え読者がその意図に気がつかなくても。

 逆に作者が意味もなく適当につけたものでも読者がその題名から意味を見出したらその題名は意味を持ち価値があるものになる。

 作者と読者両方が意味を見出せたら一番良いとも思っている。

 つまり題名はとても価値があり大事なものだということになる。

 そんな題名を僕は敢えて「無題」とつけることにする。

 つまり題名が無いということだ。

 ここであなたにお願いがある。



《あなたに題名をつけて欲しい》



 結末も任せて題名も、かと思うだろう。もちろん図々しいこと傲慢なこと意気地なしなことも分かっている。それでもお願いしたい。書いて欲しい。

 僕は題名と結末は同じくらい大事で小説に意味を与えるものだと思っている。

 これはあくまで僕の主観だけど結末を書いて小説が終わったらそこに題名をつけて完成だと思っている。題名は結末に左右されるとさえ思っている。

 僕はあなたに結末を委ねた。ということは題名もあなたに委ねることになる。

 もちろんつけるのもつけないのもあなたの自由だ。このまま「無題」のままでも僕は構わない。ただ、あなたが続きを書いてくれて結末まで書いて題名をつけてくれるなら僕にとってはとても嬉しい。

 とても身勝手なことは分かっている。でも僕はあなたにつけて欲しい。題名に意味をつけて欲しい。


 僕は願っている。

 あなたがこの日記帳を見つけてくれることを。

 あなたがこの物語を小説を読んでくれることを。

 あなたが感性を大事にしてくれることを。

 あなたが何か意味を見出してくれることを。

 あなたが続きを書いてくれることを。

 あなたがこのつまらない小説を面白くしてくれることを。

 あなたが題名をつけてくれることを。

 

 辺りを見渡すと小さな川が傍を流れていた。

 近くに寄ると流れは緩やかに見えた。

 そして月光が川を反射しきらきらと光っていた。さらに蛍も大勢で飛んでいて明るくて幻想的だった。

 この情景を上手く言葉に表せないことが億劫に感じる。


 ふと気づいてに余白があったのを思い出した。

 そしてその余白に前書きを書いた。

 ここまで読んだあなたなら分かると思う。

 僕の言いたいことが。

 残りも2ページとなった。

 最後にあなたに言いたいことがある。教えたいことがある。

 まずここまで読んでくれてありがとう。こんな拙い小説に付き合ってくれてありがとう。

 この作品に意味を見出せただろうか。

 あなたはここまで読んで何を思い感じただろうか。その感性を大事にして欲しい。

 結末がひどい小説はつまらない。これは僕自身の皮肉になったわけだが物語の結末は本当に大事だと思う。

 ずっと満たされなかった。あなたにもその感覚が分かるだろうか。

 目標に達するまでが楽しいと僕は思う。だからその道のりは通過点ではなく楽しむことが大切だと思う。

 結末はあなたの好きにして良い。ただ、僕はこの続きを書いて欲しいと願う。こんなのは不純で卑怯で臆病で傲慢だと言われてもしかたない。

 それでもどうか書いて欲しい。

 もう残り1ページとなった。


 もう一度視線を下に向ける。月明りに照らされた川を。

 そこに微かに夜明けの光が射した。薄く淡く眩しかった。

 その川には月光、蛍、夜明けの光が集まって幻想的で現実の川ではないみたいに水面が眩しいほど光っていた。

 今ならいけそうな気がした。


 そろそろここに書くのも終わりとする。

 でもこの小説は終わらない。結末と題名は僕ではなくあなたが決めるから。

 それじゃあ、僕はいくとするよ。

 もう日記帳も残り数行となった。

 あなたがこの結末と題名をどう決めようとこの日記帳をどうしようと僕を忘れようとどう思いどう感じようとするかはあなた次第だ。

 僕はあなたが行うこと全てを肯定するよ。

 ただ、できればこの小説があなたにとって人生の中で何か役に立つものになって欲しいと僕は思う。

 残り2行だ。お別れだ。最後に。





【この小説の結末と題名はあなたに委ねる】




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