第35話 赤光の一矢――エンバーショット

「危ない!」


 咄嗟に香奈ちゃんを抱きかかえ、スライムの突進をかわす。


「キャッ!」


 香奈ちゃんの悲鳴が上がる。幸い、小柄な香奈ちゃんは俺の力でも支えられ、かわしたスライムはそのまま空中に跳ねて須田さんの頭に直撃した。


「へぶっ!」


 バィン! と良い音を立てスライムは宙を舞うと、そのままコロコロと地面を転がり再び須田さんに向かって突進していく。


「ひぃぃ! スライムってこんなに狂暴なの!?」


 頭をさすりながら、大きな盾で身を守る須田さん。

 盾のお陰でダメージは無いようだが、安物のためか徐々にベコベコと凹んでしまっている。栗田さんが相手しているスライムよりも明らかにこちらの方が殺意高めだけど、個体差か? 須田さんには非常に申し訳ないが、しゃがんで袋叩きにされている中年男性を見ると、なんだかとても忍びない気持ちになる。


「……そ、そうだ! 魔法! スライムは物理攻撃よりも魔法の方が効くはずです! 真紬梨さん、魔法使えますか!?」


「えっ、あ、うん!  そういえば何か言ってたわね。どうやるんだっけ!?」


「あれですよ、カードのスキルのところで呪文が見れるはずです!」


 戦闘中にもかかわらず、真紬梨さんと香奈ちゃんはポケットからカードを取り出しあーだこーだと何かを確認し始めた。

 このまま待ってるとホントに須田さんがボコボコにされそうなので、とりあえず助けに入る。慣れない剣は一端おいといて、夢中で須田さんを攻撃しているスライムをサッカーボールキックで思いっきり蹴り飛ばす!


「大丈夫ですか!?」


「ああ、ありがとう。こんな目に遭うのは、浮気と勘違いした妻にボコボコにされたとき以来だよ」


 どう返していいのか分からない冗談ではははと笑ってみせる須田さん。幸い大きな怪我は無いようだ。


 栗田さんの方も思いのほか苦戦しているようで、まださっきのスライムと攻防を繰り広げている。やはり物理攻撃は通りにくいようだ。


 こっちの殺意高めのスライムも体制を立て直し再び飛び掛かってくる。


「叶途くん! 僕が防御するから攻撃はお願い!」

「わ、分かりました!」


 須田さんと息を合わせてどうにか猛襲を凌ぐ。


(……いつまでもはもたないな! 魔法のほうは……)


 真紬梨さんたちに方へ目をやると――


「え~!? この呪文、本当に唱えるの!? めっちゃ恥ずかしいんだけど!?」


「でも、呪文を省略すると極端に威力が落ちるって書いてありますから、最初は説明通りにやった方が良いですよ」


「てか、これ何て読むのよ? あかこう? ひとや?」


「たぶん赤光しゃっこう一矢いっしですね」


「わぁ、香奈ちゃん頭いい!」


「漢字は割と得意なんです! あとは大丈夫そうですか?」


「おっけおっけ。あ、じゃあ、思い切ってポーズでもつける? ほらアレ。中二病ってやつ」


「あ。アレですよね? 何かこうやって顔の前に手を……」


「そうそう! DAIGOみたいな――」



「ちょっとぉぉ!!  早くしてくださいよ!  こっちヤバいから!」


 キャッキャと楽しそうに決めポーズを取っている二人に大声で催促する。


「わ、分かったって! そのスライム、もうちょっと一ヵ所に集められる?」


「分かりました!」


 こっちを狙ってるスライムを引きつけて栗田さんの方へ誘導する。

 その間に真紬梨さんは背中の杖を手に取り、真剣な顔で詠唱を始めた。


『炎の息吹よ、集い瞬き空を駆け、の者に赤光しゃっこう一矢いっしを突き立てろ――エンバーショット!!』


 杖にあしらわれた宝石から赤い光が生まれ、一閃、炎の矢へと変わってスライム目掛けて疾走する。矢は、昼間でも眩しいような閃光を放ち赤い光の帯を残しながら宙を駆る。

 危険を察知したスライムがふるえるような動きで逃れようとするけれど、時すでに遅し。分裂した炎の矢は見事に命中し、スライムたちは内側から燃え上がるように沸騰してその形が崩れ去った。


 ◇◇


「ねぇ、見た!? 今の凄くない!?」

「真紬梨さん、凄いです。かっこいい!」


 向こうでは、飛び跳ねて喜ぶ真紬梨さんを香奈ちゃんが拍手で褒めている。

 す、凄いな魔法。なによりカッコイイ。俺も魔法使いにしとけばよかったか……?


「……た、倒したのかな?」


 須田さんが急いでスライムがいた場所へと駆け寄る。俺も剣を鞘に収めてから後を追うと、そこには光るビー玉のようなものが二つ転がっていた。


「な、なんですかねコレ?」

「多分、ドロップアイテムじゃないですか」


 手に取って光にかざしてみると、中に液体が満たされたガラス球のようだ。


「……何に使うのかしら?」


 栗田さんが俺の手にある玉を覗き込んでくる。


「うーん、普通のゲームと同じなら、武器や道具の素材になるか、換金アイテムかもしれないです。街の道具屋とかで聞けばわかるかも」


「そう。ならとりあえず持ち帰りましょう」


 俺が玉を渡すと、栗田さんはそれを上着のポケットに仕舞った。

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