第21話 WELCOME CURIOSITY
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世間はお盆休み。
例年ならばテレビのニュースは『GWぶりに両親に会いに実家へ――』といったインタビューと共に新幹線の混雑具合や高速道路の渋滞情報を伝えているところだが、今年に限ってはどの局も“キュリオシティ”の話題で持ちきりだった。
それもそうだろう。世界中から注目を集める“異世界テーマパーク”がいよいよ本日プレオープンを迎える訳なのだから。
……車の窓から外を眺めると、見慣れたはずの海が見える。
たった数週間前まではこの海岸線沿いの道からも水平線まで綺麗に見渡せたのに、今は巨大な島陰がそびえ立ち視界を遮っている。
「――遠乃江さん、緊張されていますか?」
後部座席で黙り込む俺に気を遣ってか、運転手の男性が声を掛けてきてくれた。
……炎天下の下を島まで歩いていくのも大変でしょう、という事で源田さんが迎えを寄越してくれたのだが、地元では見た事もないような黒塗りの高級車が来たものだから少し気後れはした。
「えぇ、まぁ」
愛想笑いをしながら当たり障りのない返事を返す。
正直なところ、緊張半分、ワクワクが半分といったところだろうか。
改めて島の方へ目をやる。
島の入り口には大きな建物が見える。異世界とはいいつつ、その建築様式はこちらの世界のリゾートホテルなんかと大きく変わりは無さそうだ。
その奥には草原が続いており、ここからでも何か動物のような影が駆け回っているのが見える。
そのさらに向こうは鬱蒼と繁る森が続き、はるか先――島の中央にはそびえ立つ岩山が鎮座している。
うっすらと雪が積もる山頂を取り囲むように大型の生物が飛行しているが、どう見てもただの鳥ではない。
(……俺、今からあそこに行くんだよな)
ちなみに、今日の事は和や七海には伝えていない。
伝えれば心配性な七海は絶対反対するだろうし、そうなるといつも俺の味方をしてくれる和に、これまたいつも通りあいつを説得して貰うはめになる。俺の独断でそこまでの迷惑はかけられないだろう。
――そうこうしてる間に、車が検問に差し掛かった。自衛隊の装甲車がガッチリと脇を固める本格的な検問だ。
運転手さんが制服を着た軍人らしき人と何やら言葉を交わすと、後部座席の窓が開けられ群の制服を着た男性が顔を覗かせた。
「遠乃江 叶途さんですね? 恐れ入りますが招待状を拝見できますか」
「あ、はい」
鞄にしまっておいた招待状を慌てて取り出す。
男性は手に持った資料と、招待状、俺の顔を交互に見比べている。
「――はい、ありがとうございます。どうかお気をつけて!」
そう言って敬礼する男性。
敬礼なんてこれまでされたこともないので、どう返してよいか分からず思わず会釈を返す。
車の窓が閉められると、男性が数人がかりで目の前の厳重なゲート開けてくれた。
車はゆっくりとゲートを越え、そこから暫く走ると海へ向かって一直線に伸びる橋の袂に辿り着いた。
俺の部屋の窓からも見えていた、車が五、六台は並んで通れそうな巨大な橋。
常識的に考えてたった数日でこんな橋が作れるはずは無いので、おそらくこの橋も"異世界"側の建造物なんだろう。
車はスピードを落としゆっくりと橋へ侵入する。
「先にお伝えしておいきますと、この橋と島の入り口にあるロータリーまでが日本国の領土です。その先は治外法権の適用区域となる"異世界特区"となります。つまり、日本の法律も政治的効力も通用しない外国となりますので、どうかお気をつけてください」
ずっと黙っている俺を気に掛けてか、運転手さんがルームミラー越しにこっちを見て声をかけてくれた。
「わかりました。覚えておきます」
「橋を渡り切った先に係の者が待機しておりますので、そこで他の参加者の方々と合流してください。私はそこまでしかお送りできませんが、ご健闘をお祈りしております」
「はい、ありがとうございます」
我ながら愛想の無い返事だとは思いつつも、緊張に両親からの手紙の事も入り交じり、どうしても子供のようにはしゃぐ気分にはなれなかった。
そんな会話を交わしつつ、五分程も走らないうちに車は島の入り口に到着した。
◇◇◇
車は島の入り口にある巨大なロータリーを軽快に走り抜けていく。整備されたばかりの真新しい車道は何車線にも分岐しており、ここだけでも相当な台数を捌けそうな作りだ。
ロータリーを取り囲むように配置された歩道には南国を思わせる木々が植えられ、色鮮やかな草花が咲き誇っている。島の玄関口となる大きな広場の中央では見上げる程の巨大な噴水が水飛沫を上げており、その上空には大きな光の文字が浮いていた。
『WELCOME CURIOSITY Celebration of pre-opening!!』
くっきりはっきりと輝きながらキラキラと光の粒を放っているその文字は、どう見てもプロジェクターで水しぶきに投射している訳ではなく、どういう技術で表示されているのかさっぱり見当もつかない。
明らかに俺の知ってる世界には無い技術だ。
車が側道に寄せて停められると、スーツ姿の男性が駆け寄ってきた。
「遠乃江 叶途さんですね? お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
彼女に促されるまま車を降りる。
ドアを開けて見送ってくれた運転手さんに会釈をして、男性の後に着いて目の前の大きな建物へと向かって歩く。
真っ白な壁と開放的な大きなガラスが印象的な建物は、降り注ぐ夏の太陽を反射しキラキラと輝いている。まさに高級リゾートホテルといった佇まい。これから未知の冒険に向かうという不安を除けば、心躍る開放感だ。
……まぁ、高級リゾートホテルなんて行った事はないけど。
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