第20話 俺が異世界へ行った理由

(……とりあえず俺も電話だけしとくか)


 お姉さんには悪いけれど、そもそも日本政府の判断で参加資格が無いと決められているならこっちにはどうしようもない。何だか少し拍子抜けだけれど、とりあえず事務的に役目だけ果たしてそれでお終いにしておこう。

 どうせ行かないなら放置しても構わない気もするけれど、放っておいて後から厄介になるのも嫌だしな。


 ネットで改めて政府の相談窓口を調べてみる。

 『異世界 政府 窓口 電話』で検索するとすぐに電話番号が見つかった。


 少し緊張しながらも表示された番号に電話してみると、呼び出し音がワンコール鳴った後で直ぐに音声ガイダンスに繋がった。

 こういう系の電話は大抵物凄く待たされるもんだと覚悟していたけれど、なるほど音声ガイダンスである程度ふるいにかけるのか。悪戯や勘違いも含めたら相当な電話がかかってくるだろうし、全部まともに相手なんかしてたら人手が足りる訳がないもんな。


 通話料に関する案内が流れた後……


『チケットに書かれたID番号を入力してください。終わりましたら♯を入力してください』


 そういって機会音声は止まった。


(あーなるほど。IDで当選者を判定するんだな。10桁の番号を適当に入力して、それが偶然100枚しかないIDと一致する確率は……およそ1億分の1か。これなら相当な確率でニセモノを弾けるな)


 念のため手元のカードを見ながらゼロを10回と♯を入力するが……本当にこれで大丈夫なのか今更不安になる。


 待つ事数秒。今度は音声ガイダンスではなく人間のお姉さんが出た。


『お待たせしました。日本政府、キュリオシティ相談窓口です。さっそくですが、ご自宅に招待状が郵送されてきた、というご相談でよろしいでしょうか』


「あ、はい」


 至って落ち着いた様子のお姉さん。その淡々とした対応に思わずたじろぐ。


『かしこまりました。では、お持ちの招待状のIDは、ご入力頂いた通り全てゼロということでお間違いないですか?』


「はい。間違いないです」


 というか間違いようがない。


『ではもう一つ、お名前をお聞きしてよろしいでしょうか?』


「遠乃江 叶途(とおのえ かなと)です」


『――!? か、かしこまりました! あの、電話を切らずにこのままお待ちください!』


 それまで淡々と対応していたお姉さんが突然慌て始め、通話は保留音へと切り変わってしまった。


(……なんだ? 何かマズイ事言ったか?)


 一抹の不安を感じながら待つ事一分程。


『お電話変わりました。ええと、遠乃江さん、遠乃江、叶途さんでお間違いありませんか?』


 電話の相手がお姉さんから男性に代わったようだ。声色からして中年男性だろうか? やや威圧的に感じるその話し方に少し身構えてしまう。


「はい。間違いないですけど」


『あぁ、あなたがそうですか。私、国家安全保障局の源田げんだといいます』


 こ、国家安全……!? 保障局? 何それ!? 何かドラマとかで聞いた事があるような気もするけれど、何か突然凄い人が出てきたみたいだ。

 返答に困って無言でいると、源田さんの方から話を続けてきた。


『まずお伝えしますが、遠乃江さん。あなたのお手持ちのチケットは本物です。絶対に紛失などされないようご注意ください』


「……はぁ。分かりました」


 本物……まぁ、そりゃそうだろ。異世界人から手渡しで貰ったからな。

 源田さんの意図を察するに、きっと世の中には悪戯や詐欺まがいの偽物が出回ってるんだろう。


『それで……単刀直入に。遠乃江さんは――プレオープンに参加の意志はおありですか?』


「意思、ですか? 意思といわれても……」


 そもそも未成年には参加資格が無いんでしょ? と続けるつもりだったけれど、俺の話を待たずに源田さんは畳み掛けてきた。

  

『あ、遠乃江さん。こちらから質問しておいて申し訳ないんですが、実は一つお願いがありまして。本件、どうか遠乃江さんは参加して頂けませんでしょうか?』


「え!? 何で!?」


 突然の申し出に思わず驚いて聞き返す。ニュースで聞いた話だと参加は任意だったはず。何でお願いされなきゃいけないんだ。


『それが……どういう訳か、先方の要人が遠乃江さんの参加を強く希望されておりまして――』


 ……あの不審者! 強要はしないとかいいながら、めっちゃ圧掛けてきてるじゃねぇか!


『もし遠乃江さんが参加をご希望でしたら、政府としても最大限の助力を致します! 現地までの移動や宿泊にかかる費用、もしお仕事に支障が出るようでしたらそれ相応の補償もさせて頂きます』


「あ、大丈夫です。学生で夏休みなんで」


『遠乃江さん、学生だったのですか!? 大学生?』


「いえ、高校生です」


『な、なんと……』


 よっぽど驚いたのか、暫く声を失う源田さん。


『……あの、保護者の方とお話し出来たりはしますかね?』


「あー……ちょっと厳しいです。今一緒に住んでなくて」


『そ、そうですか』


 おそらく何かを察してくれたのだろう。

 そう言って源田さんは黙り込んでしまう。


 そのまま暫く電話越しの沈黙が続いた後……


『では……ご参加は承諾して頂けるという事で宜しいですか?』


「いや、まだ行くとは言ってないですけど……」


 話が本流から逸れた隙にいつの間にか行く方向で進みそうになった。危ない、案外強引な人だな。


『では、謝礼をいくらかお支払いしますので……』


「いや、お金の話じゃなくて。……あそこって、安全なんですか?」


 我が家の厳しい経済状況の中、もし貰えるなら謝礼はとても魅力的ではある。けれど、それでホイホイと異世界なんかにいって怪我でもしたら元も子もない。命は金じゃ買えないというのは今どき高校生でも知っているのだ。


『それに関しては、政府として最大限の安全保障に務めさせて頂きます。具体的には、当選者の中に自衛隊の隊員が数名おりますので彼らを護衛として同行させます。パークの外もマスコミなどは完全に遮断しておりますのでプライバシーの保護も万全です。ですので、どうかご協力お願い出来ませんでしょうか。あ! もしお電話越しで不足なようでしたら、直接お伺いしてご説明しますので』


 最初は威圧的に感じていた源田さんの態度だが、話しているうちに心底困っているんだろうなという事が伝わってきた。よく分からないけれど、国の組織のそれなりに偉い立場であろう人にそこまでお願いされるとさすがに断るのもしのびなく感じてくる。

 とはいえ……なんたって、めんどくさそうだしなぁ。


「ん~~、ちょっと考えさせて貰ってもいいですか」


『勿論です。お返事は一、二日中に頂ければ結構ですので。……あ、それと。先程お話しした要人から伝言をお預かりしておりまして……』


 ん……? 要人て、あのお姉さんの事だよな? 何か忘れ物か?


『……もし叶途さんがキュリオシティへの来園を迷うようでしたら、"今一度招待状の中を確認して欲しい。大切な物が入っているはずだから"と仰っていました。どういった意味か分かりますか?』


「……? さぁ。招待状の中? ちょっと待ってて貰えますか」


 スマホを机に置いて、改めて招待状の封筒を確認してみる。

 すると――さっきは気づかなかったけれど、挨拶状とチケットの他に小さなメッセージカードが一枚入っていた。

 そこに書かれていた文字を目にした瞬間、時間が止まったかのように感じた。心の中で何度もそのメッセージを読み返す。



『異世界にて待つ――遠乃江 渡、渚』



 たった一言の短いメッセージが、脳裏に焼き付いて離れない。と同時に、ようやく薄れかけてきていたあの日の悲しみ、日々の寂しさが一気に心に襲い掛かってくる。まるで手に持ったカードの重みで、思わず膝が折れそうになるくらいだ。


 書かれていたのは、事故死したはずの両親の名前だ。


 最初は何の冗談かと思ったけれど、直筆で書かれた文字は確かに父さんの字に思える。冷静に考えれば、異世界人がわざわざ冗談でこんな事をするとも思えない……。


『……遠乃江さん? どうかなさいましたか?』


「い、いえ。……分かりました。異世界行きの件、前向きに検討してみます」


『――! 本当ですか!!? いや、助かった!! ありがとうございます!』


 今にも受話器から手が出てきて握手されるんじゃないかという勢いで喜んでくれる源田さん。

 両親の件で上の空だったのが、その勢いに押されてふと我に返る。


「――あっ! その代わりっていう訳じゃないんですけど……お願いを一つ聞いてもらえませんか?」


 物はついでだ。せっかく政府の偉い人に貸しを作ったんだから使えそうなものは使ってみよう。


『はい、我々で協力出来る事ならば!』


「実は今回のセミオープンに参加させてあげて欲しい人がいるんですけど――」


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