第18話 プレミアムチケット

 気を取り直してスマホの時計を確認してみる。


 8:02


 改めてポストの中を確認してみるが――やぱり空っぽのままだ。


 SNSを確認してみると、何も起きないというつぶやきが大量に上がっているが、そこに混ざり……


『待って! 本当に届いたんだけど!』


『えっ何これ!? 何もないトコから急に手紙が出て来たんだけど! え、ウソ!?』


 そんな投稿がポツポツと発信されている。

 中には手紙の写真が添えられたものまであるようだ。

 いったいこの中のどれだけが本当なのかは分からないけど、当選した人にはもう届いたって事だろう。つまり俺は落選したみたいだ。


「はは。だよな」


 何を期待していたのか……少しがっかりして思わず笑いが出た。


 家に戻り居間でテレビの前に座った所で――丁度スマホが着信を告げた。

 七海からだ。


『ねぇ、叶途! どうだった!?』


「ハズレ。七海は?」


『私のところも何もなし』


「そっか。うちは俺一人だけど、七海んとこは家族全員ハズレって事だよな? 案外当んないのかもな」


『そうだねー……あ、和!』


 グループ通話に和も参加してきた。


『お前ら、どうだった!?』


「俺も七海もハズレ。和は?』


『俺もハズレ。ほんのちょっと期待してたんだけどな』


「何だよ、面倒臭いとか言いながら実は欲しいんじゃん」


『いや、実際行くかどうかは別として、何か期待はしちゃうだろ。クラスで当たった奴とか居るのかな?』


『そういえば当選確率とかって案内無いんだもんね。ネットだと当たったって書き込みが結構あるみたいだけど、チケット、何枚発行されたんだろう?』


「あんだけデカい島だから数千人は入れそうだけど――」


 その時――突然玄関から戸を叩く音が聞こえる。


「あ、ごめん。お客さんみたいだ。ちょっと切るわ」


『お、そっか。俺ももうすぐ部活だし抜けるわ。また後で』


『そっか、分かったよ。私もバイトだからまたね』


 和と七海も通話から抜けていった。


(こんな朝から誰だろう? 近所のじいさんがまた野菜持って来てくれたのかな?)


 そんな事を思いながら玄関戸を開けると――そこに立っていたのは人物を見て俺は口を空けたまま立ち尽くしてしまう。


「おはよう、少年。日本の朝は今日も暑いな」


 穏やかな笑顔を浮かべ玄関前に立っていたのは――例のお姉さんだった。


「――!? あ、あんたは――!」


 思ってもみなかった来客に思わず身構える。


 前に会った時はただの不審者だと思ってたけれど、とんでもない。この人、ほぼ間違いなく……異世界人だ。


「どうかそんなに警戒しないでくれたまえ」


 態度で俺の思考を見抜いたのか、お姉さんは口に手を当ててちょっと困ったように笑う。


「……異世界人ってのは、人の心が読めるのか?」


「いや。確かに相手の心理に作用する幻術などは有るにはあるが、他人の心を読めるような便利な魔法は未だに開発されていないな」


 幻術だの魔法だのって単語が普通に出てくる。これはこないだみたいな妄想話じゃなくて、実際にあの島の中の話をしてるんだよな。


「……それで、今世界中を騒がせてる時の人が何の用?」


「おや、随分と警戒されてしまたようだな。この間は楽しくお喋りした仲だというのに、何とも寂しいなぁ」


 お姉さんが口元に指を当てて考え込むように困って見せる。

 見た目の知的な黎明さとは裏腹のその可愛らしい仕草に思わず見とれるが、相手は核弾頭みたいな火球を吐き出すドラゴンを手なずける程の実力だ。下手に怒らせて魔法で丸焦げにでもされたら洒落にならない。ここは調子を合わせて愛想笑いを返しておく。


「……約束の物を持ってきたんだよ」


 そういって胸元から一枚の封筒を取り出し俺に手渡してきた。


「施設の支配者である私から直々のご招待だ。どうか受け取って欲しい」


 封筒の表には箔押しで“WELCOME CURIOSITY”と刻印されている。


「ウェルカム……キュリオシティ?」


「そう、英語という言語で“好奇心”を指すそうだが……合っているかな?」


「いや、俺あんまり英語得意じゃないから」


「私もだ。なにせ異世界人だからな」


 そう言ってニヤリと笑うお姉さん。

 英語は得意じゃないのに、何で日本語はペラペラなんだよ、異世界人。当然の疑問とは思うが、今はとりあえず黙って相手の出方を伺う。


「報道にもあったとおり、それは招待状だからもちろん強要などは一才無い。噂では我々が日本政府に圧力を掛けて人体実験用のサンプルを集めようとしている……といった話もあるそうだが、事実無根な噂話だ。そんな心配までされるとは、何とも慎重なお国柄なのだな」


「どうかな。人それぞれ考え方は違うと思うけど、SNSを見てる感じじゃ結構興味ある人が多いみたいだよ。どっちかってと慎重になってるのは、利権や国際情勢やらを気にする国の偉い人達じゃないかな」


「……あぁ、そうみたいだな。時任ときとう首相とも何度も意見交換をしたが、色々と厄介な事情がりそうだ。私は単にこの世界の皆に異世界での冒険を楽しんでもらいたいだけなのだが……」


 寂しそうに空を見上げるお姉さん。夏の真っ青な空には高く海鳥が飛び交っている。


「――おっと、思わず話し込んでしまった。この後も日本政府の人たちの会合に参加しないといけなくてね。失礼するよ。――プレオープンは8月13日午前十時。異世界で会えるのを楽しみにしているよ、少年」


 ポンと手を叩いて話をまとめると、お姉さんは手を振りながら去っていった。


 8月13日って……おいおい。よりによってお盆かよ。

 こりゃ政府の関係者一同、今年はお盆休み返上だろうな。お疲れ様です。



「――そういえばさ! チケットって何枚配られたの?」


 去り際のお姉さんに慌てて気になっていた事を聞いてみる。


「ちょうど100枚だ」


 こっちを振り返りながらあっけらかんと答えるお姉さん。


「100枚!? 日本全国でたったの100枚だけ!?」


「あぁ。あくまでプレオープンだからな。グランドオープンを迎えれば日に3万人程の来園を見越しているが、初めての招待はそのくらいで。……ちょっと少なかっただろうか?」


「あ、いや。別にケチとかそういう事じゃなくて。つまりこれ、相当なプレミアチケットじゃないの!?」


「そうだな。政府の人からも転売でとんでもない価格になるとだろうと話が出たんだ。だから、チケットには譲渡防止の仕掛けがしてある。他人から譲り受けたチケットを持ってきても当日は入場出来ないような仕組みになっているんだ」


 そういえば、テレビでも招待状の譲渡は禁止って言ってたな。こういう訳だったのか。


「では、私はこれで。パークで会えるのを楽しみにしているよ」


 そうとだけ言って、お姉さんはテクテクと歩いて去っていってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る