第6話 王女様っぽい一面

 港の中央へ向かうにつれ、辺りはいよいよ活気に溢れてくる。

 夕飯の買い出しをしているのか、新鮮な魚介や野菜を求めて足早に往来する現地人と、所狭しと並べられた品物を興味津々に眺める現実世界からの来園者たち。

 狭い露店の路地はすれ違うのもやっとという混雑具合だ。


「ねぇねぇ、カズ! これ! すごく美味しそうじゃない!?」


 リナリアはキラキラとした瞳で和の肩を叩く。


 そんなリナリアにはお構いなしに、和は店頭で焼かれているプクッと大きく膨らんだお餅のような食べ物に夢中だ。商品に顔を近づけながら「これ、めっちゃいい匂いするな!」と子供のようにはしゃいでいる。――あいつは匂いフェチだったか?


 香奈ちゃんの言う通りさすがに二人とも油断し過ぎじゃないかとは思う。だけど、リナリアに関しては俺も察する部分はある。


 エルフの王女としての立場もあり、こうして自由に街を見て周ることなんて生まれてから一度たりとも叶わなかったそうだ。異常事態の不可抗力とはいえ、公務や責務のプレッシャーから解放されてこうして生活を体感できるのがそこはかとなく楽しいらしい。

 口や態度はああだけれども、本人もちゃんと事態は把握しているようで時折ローブのズレを直しながら、極力注意を払いつつひと時の自由を堪能しているようだ。


 正直、とんでもない面倒事に巻き込まれたもんだとは思っていたけれど、こうしてリナリアの楽しそうな姿を見ていると、彼女を助けて良かったと思えてくる。


 そんな事を考えて呑気に物思いにふけっていると――事態が突如一転する。


 人混みの中、元気よく走ってきた男の子がリナリアのローブの裾を思わず踏んでしまったのだ。

 驚いた男の子は、ローブに引っ張られる形でバランスを崩し尻もちをついてしまった。


「きゃっ!」


 リナリアも転びそうになり、咄嗟に和の手を借りて何とかバランスを取って踏ん張った。

 そんなリナリアの足元でうずくまる男の子を見て、俺と香奈ちゃんも急いで傍へ駆け寄って声をかける。


「大丈夫か?」


 男の子は泣きそうな目で顔を上げ、俺達を交互に見ると何とか涙を堪えて「ごめんなさい」と小さく謝った。


 そんな様子を見てリナリアは優しく微笑みながら男の子の頭を撫でてあげる。


「大丈夫よ。あなたこそ怪我はしていない?」


 その様子はまるで慈愛に満ちた女神様その物で……さすが一国の王女様だという事を改めて実感させられる。


 リナリアの笑顔に安心したのか、男の子はすぐに涙を拭いて「うん!」と元気に返事を返す。そこに母親らしき女性が駆け寄ってきて改めて頭を下げると、リナリアは「気にしないでください」と二人を笑顔で見送ったのだった。


(……大丈夫、みたいだな)


 ヒヤリとしたのは、男の子がリナリアのローブを踏んだ際、フードが外れて一瞬顔が露になったように見えたからだ。

 あの親子は現地人だったみたいだけれどリナリアの正体には気づかなかったみたいだだし、周りも全く騒ぎになっていない。どうやら杞憂だったようだ。


「……ふぅ。焦った」


 ホッと胸を撫で降ろしたところで、横からクイクイと香奈ちゃんに腕を引っ張られる。


「ん? どうかした?」


「お兄ちゃん。……あそこ」


 前を見たまま小声で囁く香奈ちゃんの目線の先を追うと、道の端に立っていた男が路地に消えていくのが見えた。


「……? 何かあった?」


「あそこの路地の角で、男の人がじっとこっちを見てたような気がしたんだけど」


 心配そうに眉をひそめる香奈ちゃん。


 確かに、俺も一瞬人影は見えた。

 ただ、周りを見渡してみると路地を行きかう人影なんかそこら中で数えきれないほど見て取れる。この全部を疑い出したらそれこそキリがないだろう。


「……ん~~、気のせいじゃないかな。仮にそうだとしてもあそこからじゃ顔なんてはっきり見えないだろ」


「そうかな……。まぁお兄ちゃんがそう言うなら」


 やや歯切れの悪い香奈ちゃんだったけれど、そんな俺達の会話を遮るようにして和の大声が響いてきた。


「おーい! 二人共、ここいらでちょっと腹に何か入れようぜ!」


「私お腹すいたーー!!」


 見れば和とリナリアが笑顔でこっちに手を振っている。


「オッケー、今行く! ……香奈ちゃんは何食べたい?」


「私はお兄ちゃんの食べたい物なら何でも」


 にっこりと笑い返してくる香奈ちゃんを連れて、急かす和とリナリアの元へと駆け足で急いだ。

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