第7話 夕暮れの商人

太陽が水平線へ近づき、港町は夕暮れの色に染まり始める。


軽食の後も港を歩き回って情報収集を続けたが、まともな情報は手に入らずどれも噂の域を出ない話ばかりだった。


波止場のベンチに腰を下ろし、和が小さくため息をついた。


「はぁ。あれだけ聞き回ったのに、まともな手掛かりが一個も出てこないとはな……」


俺も隣に座って、頭を抱えながら考え込む。


「さすがに、手あたり次第に聞いて回るだけじゃ無理があるか……」


香奈ちゃんも俺の隣に座って小さくため息をつく。


「いくら大事件とはいえ、遠い国の話だから。この街じゃゴシップ程度にしか情報が無いのよ」


人混みの中を歩き回った疲れもあり一様に落ち込む俺達だったけれど……そんな俺達の前にヒョイと躍り出ると、パンと手を叩きながら明るく笑ってみせるリナリア。


「みんな、本当にありがとう。確かに進展は無かったけれど、でも私は皆と一緒に色んなお店を見て周れて凄く楽しかったよ! それが私にとっては何よりの収穫!!」


リナリアの突拍子もない発言を聞いて、俺達は思わずお互いに顔を見合わせる。

和も香奈ちゃんも驚いたように目をパチクリさせているが、やがて和が噴き出すように口を開いた。


「お姫様、ホント状況分かってんのかよ」


口ではそう言う和だったけれど、その様子は明らかに嬉しそうだ。

そんな様子を見て俺も何だか少しだけ元気が湧いて来る。


「閉園時間までまだ少しあるし、もう少し露店でも回ってみるか!」


「賛成!」


俺の提案にリナリアが元気よく手を上げて答える。

そんなリナリアを見て和と香奈ちゃんも嬉しそうに笑いながらベンチから立ち上がった。



再び露店の方へと歩き出そうとしたとき、ふと暗がりから一人の商人らしき男がこっちへ歩いて来るのが見えた。


男は俺達の前に立ち、胡散臭い笑顔を浮かべる。


「こんばんは、本日のお買い物はもうお済みですかね? 先程、悪気無くチラリと聞こえてしまったのですが、何やらお探しの物が見つからなかったとかで……。いやはや、あの人混みの中を歩き回られたというのにお気の毒な事です」


商人は滑らかに言葉を紡ぎ出し、金のニオイでも嗅ぎつけたのか執拗にリナリアの方へと視線を向けて微笑んだ。

一瞬ためらった顔を見せるリナリアを見て、和が素早く男の前に割って入る。


「まったく、ホント疲れたよ。おじさんも商人?」


「えぇ。しがない物売りでございます」


大袈裟な程に両手を揉み合わせながら、男はニタリと和に笑いかける。


「へぇ。どんな物を売ってるの?」


「そうですね……例えばこういった物はいかがでしょうか」


男は背広の内ポケットに手を入れると、徐に宝石の埋め込まれた金の指輪を取り出して見せた。


「エルフの王国"ブリランテ"近郊の遺跡で発掘された、古い時代のマジックアイテムです。埋め込まれた宝石は"導きの蛍石ルーミナイト"と呼ばれる非常に貴重な鉱石でして、持つ者の迷いを振り払い進むべき道を照らすと言われています」


男の手から指輪を預かると、リナリアは手の中でひっくり返して細かく観察した。


「……確かに、表面にある文様とか内側に掘られている文字は古代エルブン時代のもので間違い無いみたいね。確かに貴重な物ではあるけれど、それにしてもこんなに状態の良い物、よく手に入ったわね」


この男、見た目た怪しいがどうやら商品は確かなようだ。ブリランテの物に関してリナリアが真贋を確かめたのなら間違いはないだろう。


リナリアの評価に気を良くしたのか、男は饒舌に言葉を続ける。


「そうでしょう、そうでしょう! お気に召して頂いたようでなによりです。裏通りの店舗まで足を運んでいただければもっと素晴らしい商品をお見せできますよ。ささ、こちらへ」


そういって俺達を先導するように男が踵を返すが、和が容赦なく断りを入れる。


「悪い、おじさん。俺達別に宝石を探してる訳じゃないんだ。他に見て周りたい所もあるし……」


けれど、そんな和を遮って男は言葉を続けた。


「それならば! こちらなどいかがでしょう!? 大変貴重なマジックアイテム"サキュバスの残り香"ですよ!」


小走りで和の行き先に回り込むと、どこに隠してたのか男は胸元から妖しいピンク色の液体の入った瓶を取り出して見せる。


「何に使うんだよ、そんなもん。――おじさん、あんまりしつこいとさすがに俺達も――」


そこまで言って和が不愉快な表情を見せた所で、男がふと視線を落として残念そうに呟く。


「左様ですか……これ以上はお客様にもご迷惑というもの。それでしたら、最後にもう一つだけ。趣向を変えて、こういったものはいかがでしょう? ――"王女誘拐事件"の情報」


ふと顔を上げると、男の表情からはさっきまでのヘラヘラとした笑いは消え失せていた。


「私めの店では表に出回らないような情報も取り扱っておりましてね。何かお役にたてるかもしれません。ここでは何ですし、もしお気に止まったようでしたら路地裏にある店舗までご案内いたしますが?」


「……何で俺達が事件について調べてる事を知ってる? 俺達さっきから"王女誘拐事件"とは一言も言ってないはずだけど」


和が鋭い目で男を睨みながら声色を落として問いただす。けれど、男も一向に引く気配は無い。


「お客さん。慎重なのは褒められる事ですが、普通じゃ手に入らない物を欲するんなら多少のリスクは覚悟するべきですよ。こちらだって商売なんですから、おいそれと手の内を明かすわけには……。で、どうなさいます?」


和の顔を鋭い目つきで見返す男。

一瞬の緊張が走る中、リナリアが二人に割って入るように前に出た。


「いいわ、とりあえずお店に行きましょう」


「ちょ、姫……リナリア!?」


慌てる和を見て、リナリアが言葉を続ける。


「その代わり、もし私達を騙すような事があったら許さないから。……私のナイト様が!」


途中までは威勢が良かったのに、最後の一言で茶化して俺の腕を掴むリナリア。

そんな彼女の様子を見て商人もにっこりと表情を緩める。


「えぇ。決して損はさせませんので」


そう笑って歩き出した商人を先頭に、和とリナリア、それに続いて俺と香奈ちゃんも後を追う。


道すがら、俺が(本当に大丈夫かよ……)と思わず呟いたのが聞こえたのか、香奈ちゃんが商人に気づかれないように耳打ちしてきた。


(あの人、何か知ってるのは間違いないと思う。目を見れば分かるから。きっとお姫様もそれは気づいたはず)


(……女の勘ってやつか)


眉をひそめる俺にむかって、香奈ちゃんは悪戯っぽくクスリと笑う。


(女の直感、侮ってるとそのうち酷い目に遭うよ、お兄ちゃん)


……この女子中学生は時々こういった大人びた事を言うので返事に困る。


疑念は感じつつ、とにかく商人について裏通りの店へ向かう。

念のため、腰に下げた剣の様子だけは一度確認しておこう。

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