第5話 王女誘拐の噂は広まる
「とにかく、今日はあんまり時間も無いんだし少しでも情報収集に行こうぜ」
助け舟を出してくれたのか、和がさっさと玄関ドアを開けて外へと出て行った。
「あ、カズ。待ってよ!」
ローブを被りながらリナリアが急いで和の後を追う。
「ふふ。私達も行こう、お兄ちゃん」
にっこりと笑いながら俺の腕を掴む香奈ちゃんに引っ張られ、俺も外へと歩みを進めた。
(……はぁ。何か既にどっと疲れたんだけど)
――外に出ると、目の前には賑やかな広場が広がっていた。
子供たちの明るい笑い声、商人たちの熱心な呼び声。それらの声が混ざり合い広場の空気を活気づけている。石畳の道路では人々が忙しなく行き交い、賑やかな景色に拍車をかけていた。
「そうだな……まずは港の方へ行ってみるか」
和が言いながら、通りをいくつか越えた先にある港の方面を指で示した。
◇◇◇
港沿いにある道は、じきに夕方だというにもかかわらず多くの人々で賑わっていた。波止場には多くの船が停泊し、中には異国の旗を掲げる大型の商船もある。
港は世界中からの輸入品が数多く揃う街の名物スポットであり、現実世界からの観光客も現地の異世界人も、みんなが目を輝かせて露店を巡っていた。
店先には様々な商品が並べられており、香ばしい焼き魚や、鮮やかな色をした果物、異世界ならではの魔法のアクセサリーやアイテムなど、目移りするほどの品々が所狭しと並んでいる。
和が珍しい果物に手を伸ばしながら「これ、美味そうだな」と興味深々で匂いをかぐ。
隣の店ではリナリアが、目をキラキラと輝かせながら繊細な細工が施された手工芸品を手に取り「この様式はドワーフの作品かしら。日用雑貨にしては見事な造りね」と感心していた。
そんな二人の様子を見た佳奈ちゃんは「和さんたち、本当に状況分かってるのかな」と少し呆れ顔。それでも、まんざらでもないといった様子で露店の品物を横目にみながらぴったりと俺にくっついて歩いてくる。
まぁ、大事な目的があるとはいえこの活気の輪の中に入ってしまえばワクワクしてしまうのも仕方ないなとは思う。
――とはいえ、そんなに賑やかな中でもそこかしこで王女誘拐事件の噂は耳に入ってくる。
異世界の人々の間ではエルフの大国で起きた一大事件として心配の声が上がる。その一方、現実世界からの来園者の間ではテーマパーク開園以来初の大型追加イベントとして興奮気味にその話題を楽しんでいる人々が多いようだ。
すれ違う人々の会話に注意を向けていると、とある露店で木製にテーブルの座りながら語らっている老人の会話が耳に入ってきた。話の内容と見た目からして恐らく異世界の人だろう。
片方は髭をたくわえた体つきの良い男性で、もう一方は長い白髪を後ろで束ねた老婆。二人の間には紅茶のように赤く鮮やかな飲み物が置かれており、熱を帯びたカップから蒸気が上がっている。
髭の老人が顔をしかめながら「しかしブリランテの王女様が誘拐されたとはな……信じられん」と首を横に振った。
老婆はしっとりとした目で遠くを見つめながら「本当に驚きよ。エスプレーシェ姫はは国民からも愛されていたし、いったいどこの誰がこんな大事を起こしたのかしらね」と怪訝そうに首を傾げながら返す。
「犯人についての噂はいくらか聞くが、はっきりとしたことは何も分からんようだ。ただの金目当ての行動なのか、それとも何か大きな陰謀が背後にあるのか……」
顎鬚を掻きながら黙る老人に対して、老婆はカップの中身を一口飲みながら目を細めて答える。
「それにしても王女様の足取りが全くつかめないというのが不思議ね。街中で誰にも見つからずに煙のように姿を消すなんて、そう簡単に出来るとは思えないわ。護衛の兵も居たでしょうに、感知魔法でも一切消息が分からないんでしょう?」
「うむ、一切の痕跡を残す事なく忽然と姿を消したと言われてるが……何者かが強大な阻害魔法を使ったのかもしれん」
髭の老人は顎をさすりながら物思いにふけりつつ、老婆と共に難しい表情でお茶に口を付けた。
(まぁ、忽然と姿を消したのは俺の仕業なんだけど。……てか、これ下手したら俺が誘拐犯って事になりかねなくないか!?)
そんな事を思いながらそそくさと店先を後にし、先に行ってしまった和とリナリアの後を急いで追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます