第4話 こっちの世界とあっちの世界

 光のドアを抜けると、空気が一瞬ゆらぐような感覚に包まれ広々とした部屋へと到着する。


 部屋といっても六畳のシンプルな子供部屋とは比べ物にならない豪華な空間だ。

 床は上質な木材で張られ、その板張りが部屋全体に落ち着いた雰囲気をもたらしている。

 高い天井には優雅なクリスタルのシャンデリア。

 部屋の片隅には黒大理石のカウンタートップが輝く大きなキッチンがあり、カゴに盛ったフルーツが置かれている。

 そして部屋の中央には見るからに高そうな木製の円卓が鎮座していて、その周りには彫刻が施された椅子が並べてある。

 大きな窓からは中庭が見え、日差しが室内を明るく照らしていた。



「――! お兄ちゃん。やっと来てくれた!」


 黒髪の少女が俺の顔を見るなり小走りで駆け寄って来る。


「お待たせ、香奈かなちゃん。街の様子はどう?」


 瞳を輝かせた香奈ちゃんは子犬が飼い主を見るような無邪気さで俺の前に近づいてきて、少し重たいため息をつきながら言葉を続けた。


「どこも凄い騒ぎだよ。『王女を探せ!』『王女の情報何万で買います!』『いやいやこっちは何十万出すぞ!!』って。特にでやり取りしてる人達は目が血走ってて怖いくらい。ホント、あの人たち節操が無いんだから」


 香奈ちゃんの話を聞いたリナリアが、キッチンにあったフルーツを一つ齧りながら呆れたように呟く。


「まぁ、無理も無いでしょうね。『姫を無事にお城まで連れ戻った者は、その身分や来歴に関係なく姫と婚姻を結べる』――というのが今回のの報酬だったかしら? こんなに可愛いお嫁さんが手に入る上にブリランテの王子になれるんだから、男なら誰でも興味あるわよ。……ね、カナト?」


 リナリアがにんまりとした瞳で俺を見る。


「だから、俺はそんな理由で助けたんじゃないって言ってるのに……」


 呆れて言い返すが……そんな俺を嫉妬心満載の心配そうな顔で見つめる香奈ちゃんの視線が何とも痛い。女子中学生にあんな顔させるなんて、俺も中々に罪な男になったもんだ。

 ……そんな冗談はさておき、これ以上この会話を深堀りすると不必要な被害を受けそうなのでさっさと話を進める。


「ともかく、まずは街の様子を見に行こうぜ。あ、リナリアは"忽略こつりゃくのローブ"忘れるなよ! あれが無いと見る人が見たら姫様だってすぐにバレるんだから!」


「はーい」


 呑気な返事をしながらリナリアはクローゼットへローブを取りに行ったが、途中で何かを思い出したかのように急いでキッチンへと向きを変えた。


「あ、出かける前に軽食だけ取らせて! 実は今日、クラスの皆と話しててお昼ご飯もまともに取れてなかったのよ」


 シンクの前で立ち止まると、いつの間に隠し持っていたのか衣装のポケットからカップヌードルを取り出すリナリア。


「――っ!? ダァァー!! マジかっ!?」

「お姫様!? さすがにそれはマズイって!!」


 それに気づいた俺と和が一斉に声を上げる。

 和がバスケ部仕込みの瞬発力で一気にリナリアに駆け寄ると、カップヌードルをインターセプト!


「叶途! ドア、ドア!!」


「“バックドア”!!」


 慌ててさっき閉じたばっかりのドアを再び開くと、和が野球投げでカップヌードルを中へ思いっきり投げ捨てる!


「――あ、ちょっと! 何するのよ!?」


「そりゃこっちのセリフだっ!」


 勢いのままリナリアの頭を平手で叩く。


「いったーい! ちょっと! 王女の頭をブツってどういう神経してるの!! 不敬罪よ!!」


「うっさい! お前、俺の話聞いてたか!? "持ち込み、持ち出し厳禁"って今まで何回も説明しただろ!」


「うーー、いいじゃないカップヌードルの1つくらい! ……カズ! カナトがいじめる!」


 得意のウソ泣きを決め込み、リナリアは和に助けを求めるようにすり寄った。


「お姫様……。前にも説明したけど“こっち”の物は“あっち”の世界に持ち出しちゃいけないってルールになってるんだよ。逆に“あっち”の物も“こっち”には持ち込んじゃダメなんだ」


 和はリナリアをなだめるように説得する。


「そもそも、本当は持ち出すことも持ち込むことも不可能なんですけど。お姫様は自分がどれだけ特殊な状況にあるか、少しは自覚を持ってください」


 事の成り行きを静かに見守っていた香奈ちゃんが、呆れた様子で口を開く。


「それは知ってるけど……いいじゃない、ちょっとくらい。カナトのケチ」


「ケチとかそういう話じゃねぇよ! 今や各国政府とか大企業が“こっち”から魔石の破片程度でもいいからどうにかして"あっち"に持ち出せないかって、こぞって裏工作しまくってるって話しただろ? 中にはヤバい人体実験までして持ち出そうとしてる国もあるって噂なんだぞ。そんな中でなんて知れたら――それこそ大騒ぎだ」


「しかも――」


 横目でリナリアを見る香奈ちゃん。


「魔石の破片どころか……“こっち”の人間を"あっち"に連れ出しちゃったなんて、バレたらホント大騒ぎじゃ済まないよ、お兄ちゃん。お姫様を"あっち"の世界でかくまうなんて、やっぱりもう一度よく考え直した方が良いんじゃない?」


 香奈ちゃんのじっとりとした目が今度は俺に向けられる。


「……ははは」


 香奈ちゃんは、俺とリナリアが一緒に居るのが相変わらず面白くないようだ。

 中学生の香奈ちゃんはただでも俺達と一緒に居られなくて不満だというのに……リナリアが同じクラスに転入してきたと知ったらこりゃまたご機嫌を損ねかねないぞ……。


 それはさておき。

 香奈ちゃんの言う通り、俺達が今この"異世界テーマパーク・キュリオシティ”においてとんでもない特異点となっている事は確かだ。


 魔物や魔法が当たり前のように存在するこの"異世界テーマパーク"だけれど、それはあくまでもこの島の中だけの話。

 島から一歩踏み出せばそれらは夢の出来事だったかのように消えてしまい、決して現実世界に持ち出す事は叶わない。


 そんな不動の掟がある中で……


『何の制限もなく"こっちの世界異世界"と"あっちの世界現実世界"を自由に行き来できる旅行者』


 それが今の俺達だ。

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