第3話 子供部屋から裏口入園
道中、高台にある道からは白いガードレール越しに遠く海が見える。
その海上に目をやれば、嫌が応でも見えてくる巨大な島影。
"異世界テーマパーク・キュリオシティ"
車道は今日も島へ行き来する車で長蛇の列が出来ている。
「もう夕方だってのにまだ渋滞してるな……」
「今や世界一の人気テーマパークだからな。今からだと、17時から閉園まで使えるトワイライトパスの客か、前乗りしてホテルに泊まる遠方の客じゃねぇか?」
車の列を横目に何となく呟いただけだったが、根が真面目なイケメンが丁寧に返事を返してくれた。
「そっか……」
気の無い返事を返して、ふと昔の風景を思い出す。
(ほんの数年前までは全然こんなじゃなかったんだけどな……)
夕暮れ時、赤く染まり始めた空と共に海の青がゆっくりと濃くなっていく。
海沿いの静かな道は車の音なんてほとんど聞こえず、代わりに波の音や海鳥の鳴き声が心地よく耳に届いた。
そんな海を眺めながら、俺と和、
いつもの三叉路で二人と別れ、家に着けば父さんと母さんも居て……
「――どうしたの、カナト! ボーっとして!」
リナリアが突然顔を近づけてきたので、驚いて思わず後ずさる。
「――何でもない! いや、この行列。よく何時間も並んでられるなぁと思ってさ」
「その点、カナトのお陰で私達は待ち時間ゼロだもんね!」
両手を後ろに組んだままヒョイっと縁石の上に乗って得意げに歩くリナリア。
「姫様、あんまりはしゃぐと怪我するぜ」
「そんなに運動神経悪くありませんよーっと」
そう言った矢先に縁石から落ちそうになったリナリアの手を引きつつ、三人で俺の家へと向かった。
◇◇◇
車の絶えない大通りを抜け小道を進む事十分程。
防風林の松林を抜けると我が家が見えてくる。
世間では『古き良き』とでもいうんだろうか。昭和の頃に建てられたあり触れた田舎の一軒家。これが住み慣れた我が家だ。
玄関を開け「ただいまー」と家の中に一声掛ける。
誰も居ないと分かっていても、無言で家の中に入るのは何となく俺は好きじゃない。
和も「お邪魔しまーす」と昔と変わらない様子で俺の後に続く。
一方のリナリアは少し戸惑った様子で玄関であたふたしている。
「……あ、カナト! これ、ここで靴脱ぐんだっけ!?」
「脱ぐんだよ。そういう事は廊下に上がる前に聞いてくれ」
俺に睨まれて、土足で廊下まで上がっていたリナリアが慌ててローファーを脱いで土間に置いた。
まぁ、外国人ならぬエルフのお姫様だからな。その辺は多めに見よう。
……
自室へ二人を招き入れると、押入れから荷物を取り出し二人の分をそれぞれに手渡す。
リナリアは荷物を受け取るなり「ちょっと下で着替えてくるから待っててね!」と一階へ駆け下りて行った。
そんな後ろ姿を見送りながらぼんやりと思った事が口をついて出る。
「……リナリア、思ったより元気そうでよかったな」
和がシャツのボタンを外す手を止めて答てくれた。
「だな。あれだけの事があったのにこうも前向きで居られるのは、正直凄いと思うぜ。信じてた家臣に裏切られて、挙句敵国に売り渡されそうになってたんだから」
改めて口に出して聞くと到底日本では考えられない出来事だ。
けれど、彼女にとっては紛れも無い事実。それがどれくらい彼女の心を傷つけたのかは、平和な現代日本の一高校生である俺には想像もつかない。
そんな事を考えながら着替えを終わらせた頃、リナリアも丁度階段を上がってきた。
部屋に入ってくるなり胸元を抑えてドレスの背中を指差しながら俺に詰め寄って来る。
「カナト、この紐、結んでくれる?」
肩から胸にかけて大きく開いた衣装は背中の方を紐で結ぶ作りになってるんだが、これが一人で着るには中々厄介だそうだ。
言われた通りに紐を結びながらも、白くほっそりとしたうなじに思わず目が行ってしまう。
「ごめんね、お城なら侍女がやってくれるんだけど……」
リナリアの声に驚いて慌ててうなじから目を逸らす。
「べ、別にいいよ。本当は“正面”から入れば着替えも一瞬なんだけどな」
「私達“裏口入園”だもんね」
紐を結び終わると、リナリアは鏡の前でクルッと回っり自分の姿を確認する。
「あ、これはもういいか」
そう言ってリナリアが首から下げていたペンダントを取り外すと、彼女の顔の辺りがふわりと光に包まれる。
直ぐに光が収まると、彼女の耳はエルフ独特のやや尖った形状へと戻っていた。
「"裏口"か。まぁ、でもあの行列に並ばなくても良いのは助かるよな。なにより"入園料"もタダだし」
和の方も最後に革のグローブを嵌めて着替えが終わったようだ。
「
「まぁ、そうでもないと企業勢でも政府勢でもない普通の高校生の俺たちがこう毎日"あっち"に行ける訳ないからな。――そんじゃま、今日も頼むぜ叶途!」
「オッケー。じゃ、いくぜ――“バックドア”!」
部屋の真ん中へ向け手をかざすと、窓から差す柔らかい光とは異なる激しい閃光が空間を満たし始めた。
光の中心で次第に形を成し姿を現したのは――一枚のドア。
「さあ――行こう!」
そう、俺の部屋は“異世界”に繋がっている。
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