Column4 「(小説の)さわり」はどこの部分?
今回は、「さわり」という言葉について取り上げようと思います。
☆
——あなたが書いている小説のさわりを教えてください。
——好きな小説のさわりを教えてください。
こんな風な質問をされたとき、皆さんは小説のどの部分を聞いた人に話すでしょうか。小説の冒頭? それとも真ん中あたり? それとも全体的なまとめ?
もしかすると「冒頭」を話す方もいらっしゃるかもしれませんが、それは「さわり」の本来の意味ではありません。
「小説のさわり」といったら「[演劇・劇・映画などで]全体のなかで、いちばん<聞かせたい/見せたい>部分(『三省堂国語辞典 第八版』より)」を答えるのが正解です。
「さわり」は元々、人形浄瑠璃の義太夫節の曲にある、一番の聞きどころとされる部分のことを指していました。それが転じて、「一つの話の中で最も感動的な(印象深い)場面を指す(『新明解国語辞典 第八版』より)」となったようです。
そのため、誰かに何かしらの作品の「さわり」を聞かれたら、「印象的な部分(聞かせどころ)」を答えるのが正しいのです。
しかし、「さわり」=「冒頭」と思っている方は意外に多くいらっしゃいます。
平成28年度に行った「国語に関する世論調査」では、「さわり」を本来の意味で捉えている人が36.1%、「冒頭」の意味で捉えている人が53.3%という結果が出ています。
ということは、十人に「小説のさわりを教えて」と質問したとき、五人は「冒頭」のことを答える可能性があるということです。
では、辞書は「さわり」=「冒頭」という捉え方について、どのように捉えているのでしょうか。下記に整理してみました。
●「さわり」を「冒頭」と捉えるのは誤りとしている辞書
『明鏡国語辞典 第三版』『三省堂現代新国語辞典 第六版』
●「さわり」=「冒頭」を、「俗語」や「最近の用法」などと記している辞書
『新明解国語辞典 第八版』『三省堂国語辞典 第八版』『新選国語辞典 第十版』『学研 現代新国語辞典 改訂第六版』『岩波国語辞典 第八版』
●おそらく「さわり」=「冒頭」を、認めていない辞書(⇒言及されていない・用例がないため)
『旺文社国語辞典 第十一版』『デジタル大辞泉』『精選版 日本国語大辞典』『大辞林4.0』
ここから察するに、「さわり」=「冒頭」を俗語として容認しているものもありますが、まだ正式な文章などでは使うのは避けた方がよいと考えられそうです。
ですが、「国語に関する世論調査」の結果からも分かる通り、多くの方の認識が「さわり」=「冒頭」であることを考えています。そのため、普段のコミュニケーションの中では、小説や映画などの「さわり」について尋ねられたら、印象的な部分を聞きたいのか、それとも冒頭なのかを一旦聞いてから答えたほうが良いのかなと思います。
◇掲載場所◇
『NIHONGO ‐Ⅱ‐』2022年―10月―Column5
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