「う」

Column1 「蘊蓄をたれる(垂れる)/ひけらかす」?

 今回は「蘊蓄うんちくをたれる(れる)」、「蘊蓄をひけらかす」について取り上げようと思います。


     ☆


 皆さんは、「蘊蓄をたれる」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。


 よく、「何かの知識や学問のことばかり語ること」を「自慢する」とか「見せびらかす」という意味で使われることがありますが、それは誤用です。


 今回は、その理由について考えみようと思います。


 そもそも「蘊蓄」とは何なのでしょうか。

「蘊蓄」の「蘊(もしくは「薀」)」という漢字には、「たくわえる」という意味があります。つまり「蘊蓄」とは「学問や技芸の深い知識」や「十分研究を積んでたくわえた、学問・技芸の深い知識」のことを指すのです。


 次に「たれる」を考えてみましょう。

「たれる」は「垂れる」と書き、「『言う』をいやしめていう語」として使うことがあります。例文として「愚痴を垂れる」などが挙げられますが、その意味で「蘊蓄を垂れる」と使うと、つまりは「蘊蓄を言う」というような意味になります。


「蘊蓄を垂れやがって生意気だ!」という使い方を想定しているのであれば、単純に「学問などの知識を言いやがって生意気だ!」となります。文章の繋がり方としては間違っていないような感覚がありますが、「蘊蓄」には「十分研究を積んでたくわえた、学問・技芸の深い知識」なので、披露したからといって馬鹿にしたり嘲笑あざわらったりできるようなたぐいのものではない、ということでしょう。

 よって「蘊蓄をたれる」とするのは誤用なのです。


 それなら、「蘊蓄」はどういう風に使うのが適切なのでしょうか。


 複数の国語辞書を引いてみたところ、「蘊蓄をかたむける」という例文がありました。「蓄えた知識や深い学問を全て注ぎ込む」という意味です。これなら「蘊蓄」にぴったりな使い方ですよね。


 しかし、私の周囲の人たちを見ていると「蘊蓄をたれる」という風に使っている人が多く、「蘊蓄を傾ける」と使っている人は中々いません。それくらい「蘊蓄をたれる」が広まっているのかなと個人的には思います。


 ただ、今のところ新しい意味や使い方を積極的に取り入れている『三省堂国語辞典』でさえ、それらの例文の記載がないことから、一般的な使い方ではないと考えられそうです。

 もし誰かが知識の自慢をしてきたならば、「知識をひけらかす」とか「講釈をたれる」というのが無難なかなと思います。



講釈こうしゃくをたれる……細かいことについて、りくつをつけて説明すること。(『三省堂国語辞典 第八版』の「講釈」より引用)


◇掲載場所◇

『NIHONGO ‐Ⅱ‐』2022年―6月―Column7

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