「け」

Column1 「逆鱗に触れる」という表現が使える相手ってどんな人?

 今回は、「逆鱗に触れる」について取り上げようと思います。


     ☆


「逆鱗に触れる」は、「人の機嫌をそこねて、怒らせること」という風に使われると思います。


 そのため、


 ――友人の逆鱗に触れた。

 ――上司の逆鱗に触れた。

 ――彼女の逆鱗に触れた


 ……と、使っている方もいるかもしれません。

 しかし「逆鱗に触れる」というのは、全ての人に使える表現ではないのです。


 どういうことなのか、説明していこうと思います。


「逆鱗に触れる」というのは、「韓非子*1 かんぴし説難*2 ぜいなん」に出てくる例え話が語源になっています。きっと内容を読んだ方が早いと思うので、『小学館 故事成語を知る辞典』より下記に引用いたします。


**********

 竜は、うまく手なずければ乗りこなすことだってできる。しかし、そののどの下には、逆さまに生えているうろこがある。もし、これに触ってしまうと、必ず龍に殺されてしまうのだ。同じように、君主にも逆鱗がある。もし、それに触れないように立ち回れるならば、君主の説得は成功したも同然だろう。

(『小学館 故事成語を知る辞典』より)

**********


 上記の引用から分かるように、君主に使える場合の心掛けをいたものですから、「目上の人を怒らせてしまった場合に用いる」のが本来の使い方です。


 しかし、最近では目上の人だけではなく、対等な相手でもひどく怒らせてしまったときにも使うようになってきているようです。


 この使い方について、辞書はどのように考えているのでしょうか。


 十冊の辞書*3を調べてみましたが、どれも「天子/目上の人/えらい人の怒りに使う」と記載がされていました。


 対等な相手に対しても使うようになってきてはいるものの、まだ辞書では認めていないことから、目上の人相手に使うのが無難であると考えます。


 ただし、冒頭の例文でも挙げたように「彼女の逆鱗に触れた」というような場合は、「彼氏の方が立場が弱い」という風にも取ることができるため、使いようによっては、「目上の人立場の怒りに触れる」という意味を活かすことができるかもしれません。参考までに。



◇掲載場所◇

『NIHONGO ‐Ⅱ‐』2022年―6月―Column11


【補足】

*1「韓非子」……中国、戦国時代の思想書。二〇巻五五編。韓非およびその学派の著作を主として集めたもの。編者不明。君主は法と賞罰によって支配することを政治の根本であるとし、秦に始まる官僚国家創建の理論的支柱となる。(『大辞林 4.0』より)


*2「説難」……『韓非子』の編名。自分の考えを人に説くことのむずかしさを論じたもの。(『角川新字源 改訂新版』より)


*3 調べた十冊の辞書は下記の通りです。

『明鏡国語辞典 第三版』『新明解国語辞典 第八版』『三省堂国語辞典 第八版』『新選国語辞典 第十一版』『三省堂 現代新国語辞典 第六版』『旺文社国語辞典 第十一版』『岩波国語辞典 第八版』『大辞林4.0』『デジタル大辞泉』『精選版 日本国語大辞典』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る