Column3 「的を射る」と「的を得る」
今回は、「的を射る」と「的を得る」について取り上げようと思います。
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「的を射る」と「的を得る」について、皆さんはどのような考えをお持ちでしょうか。世間一般として多い意見は、「『的を射る』が正しく、『的を得る』は誤り」というものですが、実際にはどうなのでしょうか。
下記に辞書で調べたものを一覧にしてみました。
●「的を得る」は誤りとしている辞書(「本来は誤用」としているものも含む)
『明鏡国語辞典 第三版』『学研現代新国語辞典 改訂第六版』『大辞林4.0』
●「的を得る」を認めている辞書
『三省堂国語辞典 第八版』
●おそらく「的を得る」を誤りとしている辞書(⇒言及されていない・用例がないため)
『新明解国語辞典 第八版』『旺文社国語辞典 第十一版』『三省堂現代新国語辞典 第六版』『岩波国語辞典 第八版』『デジタル大辞泉』『精選版日本国語大辞典』
どうやら「『的を射る』が正しく、『的を得る』は誤り」としている辞書がほとんどのようです。辞書の傾向からみると、「的を射る」を使う方がよさそうですが、『三省堂国語辞典 第八版』だけは「的を得る」を認めていますね。
何故なのでしょうか。
『三省堂国語辞典 第八版』で「的を射る」「的を得る」について引いてみると、下記のように記されています。
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【的を射る】『三省堂国語辞典 第八版』
①うまく まとに当てる。
②大切なところを正確に指摘する。急所をつく。
【的を得る】『三省堂国語辞典 第八版』
「的を得た表現」
●「的を射る」「的を得る」とも、特に戦後広まった言い方。「得る」は「要領を得る」などと同様、「うまくとらえる」の意味。同義語「正鵠を<射る/得る>」も二通りの言い方がある。
*****
このように書いてあり、「的を射る」も「的を得る」も戦後に広まった使い方であり、「的を得る」というのは「的を射る」とはまた違ったニュアンスがあることが分かりますね。
今回引いた辞書の中で、唯一「的を得る」を認めている『三省堂国語辞典』ですが、実は「的を得る」を最初に誤用としたのもこの辞書なのです。
これはどういうことなのか。
2018年当時同志社大学の日本語日本文化学科の吉海 直人氏が書いた記事によると、1982年に発行された『三省堂国語辞典』の第三版であることが記されています。
その後、長い研究を経て第七版のときに「的を得る」も正しいことを改めたということ。
『三省堂国語辞典』は、ある意味「的を得る」を誤用として広げた一つだといえますが、人が作ったものですから、こういうことがあるのもやむを得ません。
当時の辞書編纂者がどのような調査をしたのかは分かりませんが、きっと色々調べたうえで「的を得る」が誤用としたのでしょう。
しかし、その後の研究や調査で誤っていたことを認められたということは、すごいことです。それは簡単なようでいて、本当に、本当に難しいことだと思います。
ちなみに、これらについて何故二通りの言い方が生まれたについて、吉海 直人氏は「中国から伝来した『正鵠を得る』や、『的を射る』に似た『当を得る』などと混同されたためだろう」と書いています。
また「正鵠を得る」についても、誤用として「正鵠を射る」が生じていると書いてあるのですが、これについては『明鏡国語辞典 第三版』『新明解国語辞典 第八版』『三省堂国語辞典 第八版』『新選国語辞典 第十版』『岩波国語辞典 第八版』で、「正鵠を射る」が許容されています。
これらを見て分かるのが、「○○を射る」「○○を得る」は混同されやすいということ。
それぞれをどのように使うのかについては、辞書の傾向を見極めつつ、作者さん自身が表現を選ばなければならないのかなとは思いますが、「『○○を射る』『○○を得る』は混同されやすい」ことを知っていると、自身が文章を書くときに手助けになるのかなと思います。
◇掲載場所◇
『NIHONGO』2022年―4月―Column4
【参考URL】
「的を得る」と「汚名挽回」─三省堂国語辞典の訂正をめぐって─
https://www.dwc.doshisha.ac.jp/research/faculty_column/2018-07-25-12-36
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